第12幕 ショウユ・プリン・ガール

「ね、ちょっといい?」


 三時間目が終わった休み時間のことだった。たったっと深山がこちらにやって来た。

 こういうことは実は珍しい。遠慮してるのか、いや単に普通な感性なのかもしれないが、普段はいつメン女子三人できゃいきゃいじゃれている。俺に話しかけてくるのも大体昼休みか放課後にこそっとが多い。時たま、おうおうおうと三人こぞって絡んできたりもするが。怖い泣いちゃう。


 今、俺の席の周りには何故か大道具チームの面々が集まっていた。ソシャゲがどうとかお天気お姉さんが可愛いだとか、銀河一どうでもいいことを話し合っている。俺は気もそぞろ適当に頷いていた。こういう男子の集まりのときに話しかけられるの、大変居心地が悪い。別に悪いことしているわけじゃないからいいのだが。


「ほら、昨日のあれの話で。いいって約束だったよね」


 気を使っているのか細部をぼかして指示代名詞で話してくれている。そのせいで意味深さが滲んでいるが。

 駄弁りが止まる。男子三人の視線が俺に突き刺さる。ちょっとしたゲイボルグくらい突き刺さる。


「仕方ねえなぁ」


 当然自分の返答はぶっきらぼうになる。隙を見せたらやられる。そんな予感がした。


 こいつらはモテない。散々話を聞かされたので分かる。彼女いたことなけりゃ、告白されたこともない。そういう恋愛荒廃地帯ど真ん中の人間たちだ。それだけ荒れてりゃ心も荒む。恋愛に興味あるくせに恋愛と縁がない。ルサンチマンの化物だなぁというのが俺の感想である。


「じゃあ、お昼この人借りるね」


 そんな俺の綱渡りを無視するかのように深山は何故か大道具班に許可を取る。


「……嫌だ」


 首を降ったのは兼田だった。どうした兼田。許可を取る意味も分からないが拒否する理由はもっと分からないぞ。


「花籠は渡さない!」


「いやさ、渡す渡さないじゃなくて、深山とはちょっとした用があってさ」


「だとしても!だとしても、俺は花籠と飯が食いたい!」


 激昂して立ち上がる兼田。


「どうしたんだ兼田。今度でいいじゃないか」


 兼田の普段とは違う様子に、ジジョーも小南も殺気を忘れ、慌てて宥めにかかる。


「だって、これを許してしまうと、花籠が女子と二人きりでランチってことだろ?そんなの許せねえよ俺……!」


「深山、こいつ無視していいから」


 すこぶるつまらない理由だった。ルサンチマンめ。


「二人の逢瀬の邪魔をしようというの!?」


「深山、俺を無視するな」


 しまった、いつの間にか大阪ゾーンに入ってしまっていたのか。説明しよう。知っているのか雷電。大阪ゾーンとはギャグ時空のことでそこではあらゆる条理は蒸発しオチに辿り着かない限りネタに走らなければならない地獄のことである。逆にゾーンでもなんでもなくて本気だったらどうしよう。冗談だと言ってくれよ二人とも。


「ボクは他人の幸せだけは命を賭けても止めるって決めてるんだ」


「お前ホント最低な。頼む小南、止めてくれ」


「僕に任せて」


「違う、何故羽交い締めにして俺の動きを止める」


「リア充は爆破しろって家訓なんだ」


 さながらラディッツに組み付く悟空のように全身全霊で俺の背中を椅子ごと抱えてくる。振りほどこうと暴れてもなかなか剥がれない。それなりに力のある俺が何故負けている。火事場の馬鹿力を使う場所を間違えている。


「ジジョー助けてくれ!」


「任せろ。ひとおもいに楽にしてやる」


「終わりだよこのクラス」


 小南ごと机の上に組み伏せられてしまう。HA☆NA☆SE!!

 そんな俺を見て、深山はケラケラと楽しそうに笑う。推しじゃなかったのか助けてくれ。こういう時だけ推しだろと都合よく言うのが悪いのか。俺が悪かったから助けてくれ。必死に男三人を振りほどいて立ち上がり、そう叫ぶが届かない。


「じゃあよろしくねダーリン」


 と、言い残して自分の席へ帰っていった。自分の発言に血を口の端から流していたが。冗談に自分の命を賭けるな。


「ダーリン?へえ、確かそれって発破許可って意味だったよな」


「ボクの母国ではそうだね」


「血まみれロマンティックにしてやる」


 そして、俺の命も賭けるな。


 憎しみが込められた三人からの拳が降り止まない。しかし元凶はとっくに自席付近でいつメンガールズトークに興じている。なんなら目線がこちらな辺り確実にネタにされている。許せない。

 復讐を固く誓い、腹筋ガードで拳に抗い続けるのだった。硬気孔ってんだ覚えておけ。








 そして昼休み。諦めきれずに纏わりついてきた奴らを、れざあましおう!でコランによって引き剥がしてランチタイム。詳しくはからくりサーカス参照。二人連れ立って校内を散策し、いい感じに日陰で座ってお昼ご飯を食べられる場所を探した。開いてない屋上、直射日光の中庭、往来がそれなりにある非常階段を経ての結論は、体育館裏の扉の前の段差だった。


 微妙に距離を開け、二人並んで腰をかける。人通りがなく死角になっており、意味もなく落ち着かない。


「だからといって何故そこまでキョドる」


「二人っきりだね……」


「キッッッショ」


「キショはひどくない!!」


「ごめん流石に酷いな。でも堪えきれなくてよ……」


 とりあえず休み時間の鬱憤を晴らす。俺の腹筋はボロボロだ。並の人間なら耐えられずに腹を穿かれていた。俺は鍛えてますから。


「こんなに可愛いのに」


「その可愛さを活かせる人間になろうな」


「素材殺してる?」


「プリンに醤油かけるような暴挙」


「ウニだそれ」


 まあそんなに可愛くないことは百も承知ですけどと、最後にボソリと自虐する深山。ツッコミづらい。可愛くないとは言ってないんだがな。女子特有のそんなことないよ可愛いよフォロー待ちか?

 とはいえ可愛いと面と向かって言うとまた殺人犯になるから言わない。いい加減人を殺すのも面倒くさい。そういうところが素材を殺しているのだ。


「何の話だっけ」


「そのお弁当って誰が作ってるのって話」


「普通にお母さんだけど?自分で作る女子なんているわけないじゃん」


「いるもん……」


 朝五時から早起きして指に絆創膏貼りながら頑張ってお弁当作る女子、いるもん!メイ見たもん!


「食べてみる?お母さん《じょし》の手作り」


「オススメは?」


「この冷凍のささみチーズフライ美味しいよ」


「女子の手作りとは」


 眼前に弁当を差し出してくる。グレーの四角いお弁当箱、茶色多めでブロッコリーとプチトマトで彩りを加えている、そんな普通っぽいお弁当。うちのばあちゃんのとあまり変わらないお弁当。

 箸で一つつまんで口の中に放り込む。水を吸ってふにゃっとした衣と淡白な肉とやけに濃いチーズ、だが悪くないむしろそれがいい。デリシャスマイル。日曜日起きると絶妙にいい時間にプリキュアやってて見てしまうんだよな。


「なかなか美味い」


「ふふん、すごいでしょ」


「すごいのは深山ママだしなんなら深山ママじゃなくてニチレイフーズの企業努力だからな」


 釈然としない。深山ママには悪いがこんなの望んじゃいない。どこが女子の手作り弁当だ。これをそう呼んでしまうともはや食品表示法違反だろ。もしくは誇大広告だ消費者庁コラボだ。


「まあ文句言ってばっかりもあれだし、一応お返しにこれやるよ」


「豚の生姜焼き?」


「ポークジンジャーソテーだ」


「何それ」


「イマドキ女子ばあちゃん流の生姜焼きだな……」


 女子高生が分からない言葉を習得しているとは、うちのばあちゃんは女子高生よりイマドキなのかもしれない。そのせいで時代の先取りしすぎて家の時計が7分早いもん。それくらいが早く準備出来て丁度ええって直させてくれない。


「ほら口開けろ」


「え、なに」


「休み時間に兼田たちをけしかけた罰だ」


「いやご褒美すぎてムリなんだけど」


「いいから食えマイハニー」


 全力で拒否するその顔に、無理矢理生姜焼きを近づける。1分程の膠着状態の後。根気負けした深山は、目を瞑って口を開ける。そして倒れる。まだ何もしてない……。

 しかしあーっと、240度くらい倒れかけたところでなんとか持ち直した。


「この幸せ、逃しはせん」


 試合続行です。なめらかにするっと体勢を立て直していた。身体柔らかいな。ポケットティッシュで鼻血を拭いてやる。その仕草で次は300度倒れ起き上がる。自分の鳩尾を殴りつけて意識を保とうとしている。そろそろ慣れればいいのに。正直反応が面白くてわざとやっている。


「いただきます」


 食べた。あーんで頬を赤く染めるなんて都市伝説だ。赤く染まっているのは血走った眼球と鼻だ。ガンぎまり。


「どう?」


「……血の味がする」


 だろうな。鼻血が逆流してんだよ。うちのばあちゃんのせいじゃない。


 あんまり虐めてもあれなのでこの辺にして各自作ってもらった自分のお弁当に手を付け始めた。自分の箸を暫し見つめて逡巡している間、夏のせいかやけにいつもより暑く感じた。



「で、サーカスの話なんだけど」


「忘れてなかったか」


「どうすればいいの?」


「丸投げかよ」


「タウンワーク読んでみたけど載ってなかった」


「ネットでホームページ探せ」


 深山はスマホで高速スマスマする。女子高生のフリック速度速い……。


「ホントだ。でも今帯広って書いてるよ」


「おい何故ウチのホームページを見る」


「一番好きだから……」


「北海道までバイト行く気か貴様」


「海鮮食べたい」


 俺だって食べたい。クスーシャが毎日食べたものの写真を送ってきやがるのでブチギレているんだ。カニと一緒にピースしやがって。拳の絵文字を送っておいた。俺はグーを出したぞ。なんで負けたか次までに考えておいてください。負けてるのは俺なんだよなぁ。いくら食べたい。


「うちはそれ終わっても次名古屋って言ってたから無理だ。他のとこ探すぞ」


「うーーーーい」


 とりあえず知っているサーカスの名前を片っ端から検索かけてホームページをチェックする。サーカスじゃない店やイベントの名前にサーカスって妙に付けてる奴らがいるせいで地味に邪魔だ。


「お。ナイスタイミング」


「どれどれ」


 近い。日程も深山の顔も。腕を目一杯伸ばしスマホを深山の方へ差し出す。自分はベンチの端に少しだけ逃げる。


「シーウェルサーカス」


「中央公園って思いっきり近所だな」


「すごい」


「シーウェルってことは桃さんがいるとこか」


「知り合いいるの!?」


「元うちの団員だな」


「なんでシーウェルに?」


「シーウェルの女性に惚れて移籍してな……。結構揉めたんだよなぁ」


「そういうのあるんだ」


「そんなんばっかだよ。サーカスの連中は愛に生きてやがる」


「そうなんだ……」


大変だったなぁ、あの時。桃さんが退団するために全員と相撲取ったんだよな……。涙の秋場所事件として語り継がれている。


「で、バイトだけど、設営か、売り子とかもぎりとかの二種類くらいあるけどどっちがいい?」


「なにそれ」


「設営はテント立てる。売り子は営業日に売店でポップコーン売ったりチケットもぎったり他に雑用したり」


「ほえー」


「日取りは設営が数週間後、公演開始は来月からか。ちゃんとバイトも募集してるな。どうする?」


「どうするって?」


「やるならどっちがいい?」


「テント立ててみたい!あんなにでっかいテント自分たちで立てるのすごち!」


「とか言ってみたものの、設営はやめておいたほうがいい」


「なんで?」


「マッスル仕事だからだ」


 深山が袖を少し捲って、ふんにゅと力こぶを作る動きを見せる。全く力こぶ出てないが。とりあえず二頭がいいねチョモランマとコールしておく。


「……無理?」


「3,40kgを持てるならまあ」


「無理かぁ」


「まあレディーでもやれる仕事もあるとは思うから、そっちの人手も欲しいなら雇ってくれると思うけどどうだろなぁ」


「ほえー。まあ売り子とかで全然いい。サーカス見てみたい」


「じゃあ電話するか」


「いやいやいやそんな美容院みたいに気軽に電話出来ないって。せめてホットペッパービューティーください」


 俺は美容院の方が怖いけどなぁ。髪今まで父さんに切られてたから。


「時間を、時間をください」


「別に好きにすればいいと思うけど」


「明日!明日電話するから……」


「そうか、頑張れよ」


「隣で見守っててください」


「やだ」


「お願いします。隣で優しく手を握るか後ろから力強く抱きしめて見守っててください」


「通報するか?」


「ノーサンキュー。嘘です。隣にいてくれるだけでいいので、ほんと、あの、申し訳ないのですが、どうか、マジでなんとかお願い出来ない?」


「何でもは?」


「しない」


「しないか……」


 しないか……。


「しょうがねえなあ」


「ありがとうございますほんとありがとうございます」


「頑張れよ」


「はい。こちら感謝の気持ちのファイヤーエッグでございます」


「それは卵焼きって呼ぶんだぞ」


「理不尽な……」






 翌日、同じ場所同じ時間にて。


「アルバイトの募集を見て電話させてもらったんですけど。はい。高校生なんですけど。はい。顔合わせ、はい、面接ということで?はい。あの、一人というか、もう一人一緒に行きたいと言う人がいまして。連れて行っても?ありがとうございます。はい。はい。深山といいます。はい」


 手も握らずハグもせず隣で見守っているが、今の俺の目はとても白いのだろう。途中で割って入ることもできず、ただ全身から圧を出す。

 やり取りを終え電話を切った深山は、光速で頭を深々と下げてみせた。


「隣にいるだけでって言ったよな」


「……今日だけとは言っていない」


 目を合わせようとしないヘタレ女の脳天に、男女の垣根を超えた固い拳をグリグリと叩きつける。

 情けない泣き声を漏らすと、ようやく顔を上げた。確かに涙を滲ませ申し訳なさそうな顔をしており、あまり怒るのも躊躇われた。


「こちら一生のお願いのフライドポテトです」


 弁当箱からフライドポテトを差し出してくる。報酬にしては安すぎる。

 だがまあ、今まで貰ってきた飴とかいろいろなものを思い返すと、仕方ないかという気持ちにもなるのだった。

 溜め息を吐きながら、そのフライドポテトを受け取って口に放り込んだ。


「……はぁ。これはお芋さんって言うんだよ」


「なんで?」


「知らん」


 婆ちゃん、何故か頑なに芋類だけは全部お芋さんって呼ぶんだよなぁ。

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