第11幕 ドスケベ変態オブジえっちマン


「降ってんなぁ」


 とりあえずということで、今現在脚本の出来ているところまで、通しでの芝居をなんとかかんとか終えた。あそこからなんやかんやあってハッピーエンドらしい。頑張れ愛生さん。立派な缶詰になってくれ。


 演劇チームがこれを踏まえて、目についた演技の反省会やら批評やらをしている。発声やらポジションやら目線やら。俺も似たようなことで散々怒られた記憶がある。演劇の世界も大変みたいだ。

 俺は、帰っていいのか駄目なのか、微妙に判断が付かず、窓際で空模様を眺めていた。


 いつの間にやらしとしとと雨が降っている。天気予報では40%と書いてあったが、やはり信用するべき数字ではなかった。いけるかなと思ってしまったことを後悔している。


 雨は自転車通学組の天敵である。雨合羽という味方がいるにも関わらず、何故か頑なに着用しようとしない勢力がいる。人類の七不思議の一つだ。

 俺もご多分に漏れず雨合羽アンチ過激派なので、鞄には折りたたみ傘しかない。しかし、今日ばかりは雨合羽信者であるべきだったと心から後悔することになった。




「帰るよー」


「え、あ、はい」


 空を見つめるのにも飽きて、しばらくはトレーナーになってソシャゲをしていた。アヤベさんが一番好きだ。

 そんなときに呼ばれ、振り向くとみんなは既に帰る準備をしていた。慌てて荷物をまとめ、一緒に教室を出る。そのまま職員室へ行き、担任に終わりを報告し教室の鍵を返す。あとは下駄箱で靴を履き替え、一緒に校舎を出た。



 どうしてこうなった。



 流れのままに同行している。

 あの手持ち無沙汰な時間、もしや帰るが正解だったのだろうか。もう一回練習やり直したりするのかなと思って待ってたのが悪かったのか。


 こういう雨の日は、合羽無しに自転車に乗るわけにいかないので、自転車置き場に置きっぱなしにし、電車で帰ることにしている。

 だから、群れから離れるタイミングはとうに失われていた。


 つまり気まずい。


 田中、林道、奥入瀬、深山、俺で駅までの帰り道を歩く。前衛に三人、後衛に俺と深山の陣形で。ほとんどが話したことのないメンバーだ。せいぜい林道さんと練習前に少し話したくらいだ。だが、それっぽちの経験値で何になるというのか。タイマンと囲まれるじゃ話が違う。なんなら前衛が敵。


 ものすごくいたたまれない。居心地が悪い。最近同じような出来事があった気がするがその比ではない。馬鹿な男子三人と騒がしく歩いたことがこんなに懐かしく思えるとは。今はずっと無言で歩いている。それしか出来ない。傘はATフィールド。死になさい、シンジ君。


 そんな俺に気を使ったのか、四人で姦しく話をしていた隣の深山が、話を切り上げてこちらに話を振ってくる。



「ねえねえ、そういえば自転車通学じゃなかった?」


「なんだって?」


 雨が傘にぶつかる音がうるさくてよく聴き取れない。決して難聴系ラブコメ主人公ではない。一歩距離を縮める。傘と傘がぶつかっては離れるを繰り返す。


「自転車通学じゃありませんでした?」


「雨だし、電車で帰るよ」


「とか言って。女の子祭りを堪能したかったんじゃないの?」


「堪能できてたまるか。深山がいなかったら肩身狭くて死んでる」


「あらあら、じゃあたまには死ぬ側の気持ちも味わってもらうためにポジションチェンジしちゃおっかな〜」


「待て行くな、ずっと隣にいろ」


「ひでぶっ」


 深山がこめかみから血を吹き出してよろめいた。いつものやつね。今回は悪気はなかったのだが言い方が悪かったか。何回こいつを殺さなければいけないんだ。

 前を歩いていた林道さんがそれに気づき慌てて抱き止める。


「え、ちょっと、大丈夫?血出てるよ救急車呼ぶ?」


「いや大丈夫。今はこの喜び噛み締めて一歩一歩共に歩き共に笑っていきたい」


「この子大丈夫?」


「残念ながら手遅れです」


 本人越しの質問に返答する。具体的に言うと頭に異常ありです。


「あ、こっちも麗しい。両手に華や……」


 女にモテる林道さんに抱かれていることに気づいた深山は、背中からも血を吹き出しそのまま息を引き取った。

 突然の奇行に林道さんはついて行けず狼狽え続けている。

 それに気付いた残りの二人が、こちらの話題に乗っかってくる。


「よく分かんないけど仲良いよね二人。みふみんもあたしたちと喋んのと感じ違うし」


 奥入瀬さんが質問をぶっこんできた。仲良いと認めると思うつぼだし、断ると角が立つ。兎角この世は難しい。分かるよ、兼好。


「などと世間では騒がれていますが、実際のところどうなのでしょうか、現場の深山さん」


 こういうときはパス。

 殺人現場の死体役な深山さんは、林道さんに引きずられながらも、右手のサムズアップで返事をする。


「とのことです」


「意味分からんわ」


 納得いかなそうな顔を奥入瀬さんはしているが、それに気付いていないふりをする。でも幸せならOKですのやつじゃん。幸せなのはお前の頭だよ。


「それならそれなら、私、前からずっと気になっていたんですけれど、お二人は付き合ってますの?」


 ところで、こっちの悪すぎる質問は田中友子。そんな勇気凛々直球勝負で聞くことあるか?今の会話をただ悪化させただけではないか。


「ねー、気になるよねー」


 我が意を得たりとばかりに、奥入瀬さんも増長し追撃を仕掛けてくる。


「付き合ってないしそういうの、本人いるところで聞きます?あまりにも気まずいんですけど」


「死んだんじゃないの?」


 サイコパスみたいなことを言ってのけるコックオイラセさん。添加物いっぱい入ってるから多分深山は死なない。


「いやただのネタだから。ほら起きろ」


 頬を優しくビンタすると、ありがとうございますと言いながら目を開ける深山。猪木のビンタじゃねえんだぞ。こいつはもうどうしようもなくMを生きてる。


「もう、そこはキスで起こしてあげませんと」


「それは白雪姫でしょうが」


 田中さんの茶々入れにわざとズレたツッコミをする。まともに相手してられん。先から際どいというか、ライン際なんて軽やかに飛び越えようとする球ばかり皆で投げてきていないか。


 なんて最悪の流れだ。女子バージョンの恋話が突如始まってしまった。こういうときネタにされるのは男子と相場は決まっている。ちなみに反論反撃をするとセクハラにされる。


「実際どうなの?」


「推しではあるけど付き合うとかそういうのは出来ませんししません。弁えてますので。やめてください」


 横から勝手に深山が答えてくれた。

 ありがたいけど、だからって推しとか言うな。クラスメイトに面と向かってそんなこと言うやついないだろ。あとそれダメージ食らうからやめてくれないかな。ちょっと期待してた過去の自分を殴りたい。でも仕方ないじゃん。沈んでるときに優しくされると嬉しくなっちゃうよ。人間だもの。


「変なの」


「奇遇だな林道さん、俺もそう思う」


「いやあんたもだから」








 四方八方からのイジりをのらりくらりと躱し続け十分ちょっと、待望の駅に到着。命からがらとはこのことだ。二学期になってから消費カロリーが急激に増えた気がする。文化祭が嫌いになりそうだ。


「じゃあ俺こっちなので」


 改札を抜けた先で北側と南側で別れる。こちら側は二人。


「お幸せに〜」


「そういうのじゃないんでマジでやめてください」


 女はこれだから、などと口に出そうものなら叩かれるような感想をため息にして吐き出す。なしてこんなに恋愛話好きなのかね。



 そんな深山と二人きり。


 エスカレーターで運ばれ二階ホームへ辿り着く。そこでタイミングよく停車していた各停の電車に乗り込む。空いていた二人がけのクロスシートに隣り合って座る。深く考えずに座ってしまったが、距離が近い。こんなことなら吊り革持ってでも立っておけばよかった。隣が嫌とかではないのだが。


 その際に「私がお隣なんかに失礼してよろしいのでしょうか」と随分卑屈な許可の取り方を深山がしてきた。

 ファンだということを俺に知られて以来、こういうやり取りが増えた。非常に面倒くさい。


「疲れた……」


「練習に付き合ってもらって大変申し訳ない」


「それじゃないやつな」


 気疲れな。普段話すことがあまりなかったからか、怒涛の質問攻めだった。根掘り葉掘り土掘りすぎる。なんで初恋の人まで答えさせようとするんだ。

 どいつもこいつも男子も女子も頭の中に恋愛しか詰まってない。学生なら勉強詰め込め。


「一緒に帰るの初めてだね」


「普段チャリだし、部活もやってないからなぁ」


 帰る手段も時間帯も全部違う。そもそも高校生になってから誰かと一緒に帰ったことがない。やだ、私のコミュ力低すぎ?


「部活やらないの?」


「今さらっていうのも」


「新体操とかどう?」


「男いんの?」


「いないよ?やったね」


「やってねえよやらねえよ、肩身狭いでしょうが」


「楽しいのに」


「さっきまでの俺見てました?」


 女子しかおらず、レオタードに囲まれて、まともな精神で楽しめる健全な男子はいるのだろうか。いや、いない。


「なんで新体操部入ったんだ?」


「笑わない?」


「笑わない」


「怒らない?」


「ブチギレる」


「やったぜ」


「金輪際お前にキレたりしないからな」


「そんなぁ…」


 電車のブレーキで揃って前につんのめる。途中の駅で電車が止まった。発車を待つ間に深山は乗り降りする客を眺めている。


「部活で一番サーカスっぽかったから」


 深山は、車内アナウンスに混ぜるようにそっと、そう答えた。

 呆れた顔で隣を見やると縮こまった深山が、ひんっと情けなく怯える。小さくため息をつく。キレないって宣言したのに。

 サーカスを好きな分には自由だ。古巣だしありがたいなと思う。ただ俺個人としては苦虫噛み潰した顔にならざるを得ないというだけで。


「好きなぁ、サーカス」


 動き出した電車の窓に打ち付ける雨粒でも数えながら、なんとかそう口にした。


「……好きだよ。サーカス、ずっと憧れてたんだから」


「新体操やってみてどうだったの」


「サーカスと全然違うし身体も全然柔らかくならないししんどいしがっくし……」


「だろうなぁ」


 ちょっと笑う。バカだなぁ。

 こういうファンばかりならよかったのに。

 電車は再び発車する。


「まあでも新体操は知らんが、体操の経験者そこそこいるし間違ってはないぞ」


「そうなの?」


「結局柔軟性と体幹と筋肉と根性みたいなとこあるし。体操やってるだけ全然いいよ。昔、大学の体操部に募集かけたことあるし」


 未経験者は最初のうちは筋肉痛との戦いなんだよなぁ。変なとこ痛いってずっと叫んでたのを見て笑っていたことを思い出す。



「いいなあ。私もサーカスしたいなぁ」


「入ればいいだろ、オススメしないけど」


 安いわ危ないわしんどいわのブラック職場だよ。何回逃げ出そうとしたことか。専業学生という身分は天国だね。


「だってさぁ。学校やめてサーカス入れてくださいなんて覚悟、あるわけじゃないし度胸もないしよく分からないし」


「別にバイトでもいってみればいいだろ。じゃ、俺ここで降りるから。お疲れさまでスター」


 自分の最寄り駅に着いた。田舎すぎるというわけではないが大した何かがあるわけないが小綺麗にしようとしている微妙な駅。

 隣の深山に指で星を描きながら別れを告げて立ち上がる。蟹歩きで目の前を失礼する。


「お疲れさま。……え、あっ、じゃ、え、待ってバイト!?今何て言った?」


 後ろでに手を振りながら、電車から降りホームに立つ。

 と、そんな俺の隣に、何故かまた深山が立っている。立つというか膝に手をついて息を整えている。


「へー、深山もこの駅なんだな」


「快速でもう一個向こうだけども!」


「なに、まさか俺の家を特定するつもりか」


「だから私はどこにでもいるごく普通の良識的な一ファンだって」


「じゃあ何故降りたし」


「だって、え、バイト?バイトって何?ホール?キッチン?」


「ファミレスかよ。まあ、ある意味飲食だけど」


「詳しく!!」


「いや、パフォーマーはともかく、売り子に設営に事務とかなんとか色々。いつでも募集で大歓迎だぞ。人手なんかいつでも全く足りてないんだから。マジでな、マジで足りないんだよ。何でステージに立つ十分前にポップコーン売ってんだよおかしいって……」


 人手が足りない愚痴なら一生吐き出せる。


「知らなかった……」


「ホームページとかネットで掲載とかしてるんだけどなぁ……」


 何故来てくれないんだろうな……。そんなにサーカスって怖い?別に自動人形とか戦えとか言わないよ?友達に勝手に応募されて来ちゃいましたとかないの?


「売り子さんでも、うちは興味あるって言ってたバイトの人をステージに立たせてみたりしてたよ」


「なんで早く教えてくれないの!!!!」


「声でっか。だからぁ、サーカスの話題とか俺はあんまりしたくねーの」


「ちょっとくらいいいじゃん!」


「ちょっとくらいならググれよ」


「本職の人の話が一番でしょ!」


「元だから。ほらさっさと帰れ」


「待って!待って!いつにもまして冷たくない?」


「今日六時から見たい配信あるから。じゃ」


 小南が勝手にユーチューブでこれ面白いよとか一生オススメしてくるものだから、気付けば自主的に見るようになっていた。このままじゃオタクにされてしまう。


「待って、お願い待って聞かせてお願い!」


「はいはい明日また学校でな」


 さっさと改札に向かおうとするが、全体重かけて腕に縋り付いてくる深山。ホームで揉める学生の図。修羅場かよ。周りの目を考えなさいよ。


「待ってホント待って!なんでもするから!なんでもするから」


 では手を合わせて。

 天の恵み、あまねく生命に感謝を。


「いただきます」


 パシッと音がする。伸ばした手が弾かれていた。ほう、良い反射神経じゃないか。


「なんで?」


 何故かこの手は道半ばで掴まれ止められている。おかしいこともあるもんだ。力を入れてみようとするが、不思議なことに動かない。神よ、これが試練というのですか。


「え、なんで?なんでノータイムで触ろうとした?」


「だって今何でもするって言ったもん」


「もんじゃねえよ躊躇えよアホ」


 口調怖い。声低い。初めてファンの目じゃない深山を見たかもしれない。ついでに、こんなに周りの目が気になったのも初めてかもしれない。辺り一面白い目だらけだ。ホームでやっていいやり取りじゃなかった。普通に痴漢だった。ひと目を気にしないなんて人のこと言えない。くそ、二人きりならいけたかもしれないのに。


「いや、その、あれだよ、気が変わらないうちにと思って」


「へえ。いっつも女子なんか興味ないみたいな顔してるくせに……。ドスケベ変態オブジえっちマンなんだ」


「はあ?ド真面目健全ザ普通マンだが?別にそんなもの興味ないね」


「とか言ってるくせに身体を要求してくるんだ。がっかりだなぁ、推しがこんな性欲えろえろダルマだなんて」


 よくもまあ言ってくれる。

 家族同然に一緒に育った女に、それはもうありえないくらい念入りにしつこく洗脳されたのだから、この俺が非紳士的な行動を取るわけがなかろうて。クマ吉君もそう言ってます。

 ファンに手を出したら、躊躇なく心臓突き刺すからと釘を刺されているのだ。今になって冷や汗が止まらない。今いるらしい北海道から肉切り包丁とか飛んできたらどうしよう。


「誰も見返り求めてないでしょうが。ちょっと付いてた埃を取ってあげようとしただけなのに、悲しいわ俺」


「じゃあ見返り無しということで。ありがとうございます、先生」


「……あれ?」

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