第19話 龍との長い夢

「泣かないで、いつもそばにいるよ。

 寂しくないように、雨を降らせてあげる。」


「りんちゃんね、なきむし じゃないもん。ないてないもん。」


「凛 我慢しないで、泣いて いいんだよ。」


 雨音を子守唄に眠っていたのは、わたしだ。小さい頃のわたしだ。

 いつも、泣いていると優しく語り掛けてくれた…雨を降らせ、眠らせてくれた。あれは、誰なの。

 ずっと忘れていた。


 いつからだろうか雨が嫌いになったのは。

 夕方から、雨が降りだした。

 夕暮れ時は寂しすぎるのだ。

 刻々と暮れていくさまに訳もなく孤独を感じていた。

 だから夕方の雨は歓迎なのだ。すとんと夜が来る。

 雨音は耳に心地よく心を落ち着かせてくれた。


「凛。早く、大きくなってお嫁においで。」


「およめ たん?

 まっててね。」


「約束だよ。忘れないで。」



 あなたは、誰なの。



「凛、昨日より大きくなったね。そうして、どんどん可愛くなっていくんだね。」


「りんちゃん、かわいい?」


「もちろんさ。

 世界で一番、可愛いいよ。

 ほんとだよ。

 雨を降らせてあげるから、ぐっすりおやすみ。

 明日は、今日より大人になっているよ。

 さあ、おやすみ。」


「うん。

 りんちゃん、きょうは なかなかったよ。

 おやすみなさい。」


「凛。

 どうしたんだい。

 泣いているね。

 なにが、あったのか、話して。」


「りんちゃん わるい子?」


「誰かに、言われたんだね。

 凛。よく聞いて。

 凛は世界で一番可愛いくて、世界で一番良い子だよ。みんな凛の事が大好きさ。」


「りんちゃん、おとうさんとおかあさんといたかった。

 ふええぇん

 ふええぇん」


「泣いていいんだよ。いっぱい 泣いていいんだ。泣いたあとで、笑顔を見せておくれ。

 隣の部屋のおばあちゃんに、泣き声が聞こえないように、雨を降らせてあげるから。

 凛の大好きな おばあちゃんが心配しないように。」


 私の両親はわたしが三歳の時に、交通事故で亡くなった。過積載したトラックがスリップし、センターラインを越え わたし達家族の乗った車とぶつかったのだ。

 後部座席に居た わたしだけが、奇跡的に無傷で助かっていた。その時の記憶は全くないけれど、おばあちゃんがずっと抱っこしていてくれた事を、なんとなく思いだす時がある。

 わたしは、三歳の時からおばあちゃんとひっそりと二人で生きてきたと思っていた。

 わたしを励まし いつも雨を降らせていた、あなたは誰なの?



「だから、雨はもういらないの。

 雨のせいで、大切なお友だちがはなれていくの。

 わたしといると、雨がふるって。

 外であそべないんだから、雨はふらせないで。」


「凛・・・」


「もう、ほんとに雨は、いらないんだって。

 わたし、雨女って言われてるんだよ。

 家から出られないよ。」

 雨を目にしては、毒づいていた。その頃から、わたしを励まし続けてくれた声が聞こえなくなった。

 そして、わたしの記憶からも一切消えていった。

 それなのに、時折 龍は姿を現し激しく雨をもたらした。

 まるで、自分の存在を知らしめるかのように、悪い印象だけを残して。

 あれは、おそらく龍の声だったのだろう。

 励ましてくれていた。

 淋しさから、守ってくれていた。

 でも、どうして…わたしなんかを…



「凛 、思い出してくれたんだね。

 いつも、そばに居たんだよ。いつも、話し掛けていたんだよ。

 凛が感じてくれないと、言葉は届かない。

 どんな時も一人にしたことなんか、無かったよ。」


「あなたは、誰なんですか?

 どうして、そんなにわたしを気に掛けてくれるんですか?」


「それは、凛が凛に生まれる前の話しになるから、長い話になるけど、大丈夫かい。」


 どう云う事なの。ますます 分かんないよ。怖すぎるよぅ〜。


「凛は忘れるのが、凄く得意だからとても心配なんだ。」


「湖で、会いましたよね。あの時 どうして何も言わず、消えてしまったのですか。聞きたい事がいっぱいあったのに。わたしの問には、答えていない。」


「あの時は、少しばかり 照れてしまって‥ほら 凛から 面と向かって話し掛けられたのが あまりにも久しかったのでね。嬉しすぎて 居ても立っても居られなかったんだよ。ごめんよ。

 だけど、その後 僕がお姫様抱っこしてお城まで連れ帰ったじゃないか。」


「・・・まさかぁ・・

 そんな筈 ありません。

 やっぱり おかしいわよ。あなたは、龍の姿をしているわ。

 どうやって、わたしをお姫様抱っこするんですか。」


「僕にとって、器はすでに用意されているんだよ。

 ほら。一瞬でラウル国王殿になれるんだから。」


 突然、国王陛下様が振り返った姿が 眼の前に現れた。


 わたしは、あまりの驚きに、ベッドから飛び起きてしまったのだ。

 わたしは、部屋をぐるぐる回りながら自分に言い聞かせた。

「これは夢よ。

 これは悪い夢だから。夢だからね。

 夢よ。夢よ。夢よ。

 そうだ、国王陛下様に会えば、分かる筈。」

 わたしは、時間も気にせず国王陛下様のところに向かった。


「国王陛下様、国王陛下様、起きて下さい。」


「凛、どうしたのだ。」


「国王陛下様は国王陛下様でしょ。

 国王陛下様よね。」


「・・・

 凛、落ち着いて初めから話すのだ。

 なにがあったのだ。」


 ああ、よかった。

 この感じは間違いない。国王陛下様だ。

 わたしは、よく知っている。あれはやっぱり、悪い夢だったのだ。



「凛、悪い夢でも見たのか。」


「見ました。

 すっごく、悪い夢を見てしまいました。」


「凛よ。

 先日、そなたを湖から連れ帰った時も、様子が変であったが、すぐに眠ってしまったゆえ 何も聞けず仕舞いであったのだ。」


「えええぇぇぇ・・・」

 もう、分かんなくなったょー。

 あなたは、龍の化身ですかあぁぁ? それとも、陛下様のなりすまし ですかぁ?

 聞くのが、こわい。

 きけないよー。

「国王陛下様

 一旦、持ち帰りさせて頂きます。

 それでは、ごきげんよう。」


 わたしは、無理やり叩き起こした陛下様を後に 全速力でロイドさんの所に向かった。

 ロイドさんは、祭壇の前で夜明け前の実務をしている筈だ。

 わたしはロイドさんに事のすべてを話し、少し 落ち着きを取り戻した。

 ロイドさんは全てを聞き終えると、おもむろに…

「りん様。

 事は重大です。

 私、一旦持ち帰りさせて頂きます。

 暫しの猶予を、整理してからの見解でよろしいでしょうか。」


 ロイドさんですら、難解なのであった。

 そうだ。事は国王陛下様がらみなのだから。


 部屋に戻ると、置き手紙がテーブルに残されていた。

 さっき叩き起こして、そのまま放置してきてしまった陛下様が心配して部屋まで来ていたのだ。

 本当に申し訳ないけれど、今は会えない。

 陛下様に 問いただされたなら、隠し通すことは 出来ないからだ。

 ロイドさんの見解を聞くまでは、なんとか陛下様から逃げ仰せなければならないのだ。

 今日はあそこに居よう。陛下様が絶対 来ない所だ。

 早速、そこに向かう。

 そこは城の北側にある洗濯場続きの繕い物をする部屋だ。

 そこは、女の人しか出入りしない場所なのだ。わたしは、ガールズトークしたくなるとそこのお針子さん達の所によく行っていた。

 お陰で、繕い物が出来るようになっていたくらいだ。今日一日中ガールズトークしながら、繕い物仕事を手伝っていれば 楽勝に陛下様から逃げ仰せる。

 あとはロイドさんと約束した場所で落ち合い見解を聞いて、今後の方針を考えよう。


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