第18話 龍の住む漆黒の石

 わたしは朝からイケメン辺境伯様から戴いたオニキスと、にらめっこしていた。

 この石には、龍が宿っている。

 にわかに信じられる事ではない。

 龍が入り込んだあの日から、全く龍の姿は見ていない。


「あなたは、わたしのなんなの…」


 わたしが願えば、この石から飛び出して雨を降らせると云う事なのだろうか。

 物心ついた頃には、すでに龍を見ていた。

 雨が嫌で嫌で仕方なかった時も、わたしの意に反して龍は現れた。

 龍がわたしの言う事を利いてくれるとは、到底思えない。


「さて、考えるのも疲れたもの、実戦あるのみ。」


 今のわたしは、あの頃のわたしではないのだ。

 オニキスを身につけ、城の外れの湖までやって来た。

 勿論、わたしひとりでだ。妙に落ち着いている自分が頼もしくもあり、不思議でもある。

 目標は、石から龍を出陣させ、小一時間かけ雨を降らせる。

 龍に指示し、雨をコントロールするのだ。

 直球でいくか。

 わたしは、大きく息を吸い込み、全てを吐き出した。


「龍よ。

 出でよ。

 雨を降らせるのだ。」


 ・ ・ ・


「雨降らしの龍よ。

 雨を降らせておくれ。」


 ・ ・ ・


「龍様。

 雨を降らせて下さいませ。」


 ・ ・ ・


「ダメかぁ」

 天を見上げたわたしに、一粒の雨が当たった。ポツポツと雨は降りだした。しかし龍は現れない。


「これは、いつものヤツ。」


 まあ 初日はこんなものだろう。

 雨足は強くなっていく。湖に雨が降り注ぐ、この間も思ったのだけれど、この様子を眺めるのがわたしは好きなようだ。時を忘れるほどに。今日の実験も迷わず、この場所を選んだ。

 落ち着く。湖面の振動がわたしの心音と同期する。

 なんだろう…

 雨音が変わった。

 耳を澄ませていると、突風が黒髪をかき上げた。


 龍は、そこにいた。


 静かに、こちらを見ていた。

 湖面を波立たせるも、風をはらみ音も無く静止している。幼い時分から、毎度見慣れた龍だ。

 けれど、これほど間近で これほど静かな龍を見るのは初めてなのだ。


「あなたが、オニキスに住み着いた龍なのね。」


 言うや否や、龍の姿は音も無く湖に滑り込んでいった。水しぶき ひとつ立てずに。

 わたしはあっけに取られたまま、湖面を見つめていた。


 その後、どうやって帰って来たのか、まったく覚えていない。

 そしてその夜、長い夢をみた。

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