日本家屋

「すごい門だね。どこかのお城って感じ。てか、インターホンとかないけど、勝手に開けて入っていいのかな?」


 切妻きりづま屋根が乗った棟門むなもんは、白木しらき造りの門扉もんぴが固く閉ざされており、最近誰かが出入りしたような形跡もない。


「違う違う。こういうのは隣の潜り戸を使うんだって」


 大門の右隣に設けられた小門の扉を押し開きつつ、身を屈めて中へと足を踏み入れた。品評会が催されているというわりに、小綺麗に手入れされた広い庭には、人の姿どころか品評の対象であるはずの『珍しいもの』すら見当たらない。


「なにもないし、誰もいないじゃん。どういうこと?」


 不服そうに口を尖らせる妻に、「珍しいものって言うくらいだから、もしかしたら防犯や品質保持のために家の中でやってるんじゃないかな」と思いついたことを言ってみた。


 言いながら家屋のほうへ目をやると、引き戸となっている玄関脇の白壁に『品評会会場☞』と書かれた半紙が貼られていた。描かれた指は開いた戸の中へ向けられている。


「ほら、あれ」


「え? あ、ホントだ」


 玄関から中を覗く。物音ひとつ聞こえてこない。土間には一足も履物がなく、代わりに奥へと伸びる廊下に新聞紙が敷かれている。どうやら土足で上がっていいらしい。


「まるで人の気配がしないけど……」


「んー……きっと奥のほうの閉め切った部屋とかでやってるんじゃないかな?」


 そうは言ったものの、敷かれた新聞紙に乱れた様子がないのを奇妙に感じてもいた。ひょっとして私たちが最初の観覧者なのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれでなんだか気まずい。


「とりあえず入ってみよっか? お邪魔しまーす」


 土足のまま躊躇なく上がり込んだ妻は、「探検、探検」と歌うように口ずさみながら、廊下の奥に向かって一人でずんずんと進んでいってしまった。


「ちょ、杏奈あんな


 ところどころ雨戸が閉められているのか、屋内は水底に沈んでいるかのように薄暗い。しかし、窓や雨戸が閉められているにしては湿気や暑さが感じられず、空調の効いた会議室のごとくひんやりとしている。


「ねぇねぇ、階段があるよ」


 先を歩く妻が廊下の突き当たりを左へ折れるなり声を上げた。


「そりゃあるだろうさ。二階建てなんだし。それともなにか? 階段の代わりにエレベーターでもあると思っ」


「じゃなくて、下へ行く階段」


「は?」


「あとなんか変なニオイがする」


 彼女の後を追って廊下を左に折れると、そこには確かに真っ暗な階下へと続く階段があった。二階へ上がる階段はない。それに妻の言うように、病院で嗅いだことのある薬品や消毒液のような刺激臭に混じり、動物特有の獣臭らしきなまぐささも感じる。


くさっ! なんだこれ」


「会場、この下っぽいよ」


「そんなわけな」


 妻の背後の壁に貼られた『品評会会場☞』と書かれた半紙を目にして言葉を呑んだ。


「マジか……」


 照明こそ点灯していないが、階段には廊下と同じように新聞紙が敷かれている。


「ひとれるなら明かりくらい点けとけっての」ぼやきつつも取り出したスマホのライトで階段を照らし、一段目に足を下ろす。


「行くの?」


「だって気になるだろ? ちょっと覗いてみて、たいしたものじゃなかったらすぐに出ればいいし」


 妻に代わり、先に立って階段を下り切ると、狭い廊下が闇に向かって伸びていた。左右の壁に照明のスイッチを探すも見つからない。ライトを天井へ向けてみたところ、そもそも電灯自体が設置されていなかった。


「なんだよ」


「なに?」


「この廊下、元から照明ないっぽい」


「地下なのに?」


 外光が射し込まない地下だとわかっているのに、照明がないのは確かにおかしい。明かりを点けられない理由でもあるのだろうか。


 会場の場所を示す半紙を探し、せわしなくライトを振り回しながら廊下を進む。徐々に異臭も強まっている。奥まで行くと、民家には珍しい両開きの扉に突き当たった。左の扉に『品評会会場』と筆書きされた半紙がある。


「ここが会場だってさ」


「すごい! 稜ちゃんの言った通りじゃん。てか、すんごい静かだけど、ホントにやってるのかなぁ……あとやっぱめっちゃ臭い」


「気密性が高い部屋なんだろ。それ、中ではやるなよ」鼻をつまむ妻をたしなめる。「確かにすごいニオイではあるけれど……この中で料理でもしてるのかな?」


「こんな臭い料理ありえない。食べろって言われても、わたし絶対無理」


「郷土料理とかかもな。ニオイは酷くても味は絶品ってのはよくあるし」


「じゃあもし勧められたら、稜ちゃん、わたしのぶんも食べていいよ」


「はいはい。とにかく入ってみるか」

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