品評会

混沌加速装置

サービスエリア

 これは私と妻が去年の七月上旬、日本海に面した某県へ車で旅行をし、帰途に通りがかった内陸の海なし県で体験した話である。


 遅めの朝食を軽く済ませ、午前九時ごろに某県を出発した私たちは、二時間も車を走らせると海なし県の山道に入った。道の左右は深い森に覆われていたが、峠を越える際には眼下に見晴らしのよい景色が望めた。


 山道特有の急カーブを幾度となく曲がり、いくつもの峠を越えているうちに、代わり映えのない景色に私はわずかに眠気を感じ始めた。昨夜は充分に睡眠をとったはずだったが、早くも旅行の疲れが出たのかもしれない。何度も欠伸あくびを噛み殺し、頻繁に目を擦っていると、やがてそれを妻に見咎められ、どこかで少し休んではどうかと提案された。


 時刻は午後一時になろうかというところ。途中の展望台に車を駐めて仮眠するのでは妻に申し訳ない。彼女が言うには「SNSや動画で時間を潰すから気にしなくていい」とのことだったが、せっかく旅行に来ているというのにそれでは味気ないではないか。


 結局、昼食とまではいかなくとも、せめてコーヒーぐらいは飲めるような、自販機なり飲食店なりがある休憩所を探すことにした。


「こんな山の中に都合よくサービスエリアなんてあると思う?」


「あるかもしれないだろ? ちょっとググマで調べてくれよ」


 妻は「電波あるかなぁ」などと呟きながら、ポーチからスマホを取り出して操作しはじめた。すぐに「あ!」と声を上げると、「一キロくらい走ったところにあるっぽい」と続けた。


「どんな感じ? 写真とか載ってる?」


「ちょっと待って……んー、あるにはあるけど、なんか昭和って感じ」


「昭和だろうと江戸だろうと、やってる店があるならなんだっていいよ」


「でもりょうちゃん、寝るんでしょ?」


「そのつもりだけど、なにか軽く食べてからにしようかな」


 数分ほど走ると広い駐車場を有した横長の建物が見えてきた。外壁は薄汚れたコンクリートが剥き出しで、軒先には緑とオレンジの縞模様の色褪せたアーケードが張り出し、たしかに妻が言ったように、どこか昭和を感じさせる一昔前の建物という様相だ。


 山中のサービスエリアは展望台にもなるため、大抵は見晴らしのよい頂付近や峠などにあるものと思っていたのだが、それは山の中腹に位置しており、背後には深い林が暗幕のように広がっていた。


 ひとつ奇妙な点を挙げるとすれば、無機質なコンクリート造の建物の右隣に、民家を思わせる二階建ての大きな家屋が建っていることだ。立派な門のある高い塀が周りを囲み、屋根は灰色の瓦で葺かれ、田舎の農家にありがちな豪華な日本家屋といった風情である。


 サービスエリアを管理する者が住まいとして後から建てたのか、それとも元から民家として存在しているのか判然としないが、いずれにせよ異質な取り合わせに感じた。


「ねぇ、見て。あそこでなにかやってるのかな?」


 妻が指差すほうへ目を向けると、駐車場の一角に多くの人々の姿が確認できた。


「っぽいね。あれ? でも車なんて全然駐まってないけど……この辺に住んでる人たちか?」


 まったく駐まっていないわけではないものの、集まっている人数と比べても明らかに車の数が少ない。


「ちょっと覗いてみようよ。もしかしたら物産展とかかも」


「サービスエリアで? そもそも地域の名産品なら売店にあるはずだろ? 周辺の農家が野菜でも売りにきてるんじゃないか」


「採れたての新鮮な野菜なんて魅力的じゃない? とにかく行ってみようよ」


 適当な場所に車を駐めた私は、妻にわれるまま人だかりのほうへと足を向けた。


 近づいていくと、地面に敷かれたブルーシートの上に大きな花瓶や壺、階段箪笥や飾り棚といった、和家具を中心とした工芸品や美術品の数々が並べられていた。


「物産展じゃなくて骨董市みたいだな」


「なーんだ。残念」


 私たちのような若い世代はおらず、出品者も興味深そうに見て回っている人々も、白髪の目立つ年配の男女ばかりだ。


「これじゃあ見ていてもしょうがないな。中に入ってなにか食べ」


「あんたら、ユサンの人かい?」


 背後から唐突に声をかけられて思わず振り返ると、満面の笑みで顔をくしゃくしゃにした小柄な老人が杖を片手に立っていた。頭が見事なまでに禿げ上がっている反面、まるで仙人のような白くて長い顎髭を蓄えている。


「ユサン?」初めはわからなかったが、すぐに遊山ゆさんのことだと気づく。「ああ。ええ、そうです」


「めぼしい物はありましたかな?」


「いや、今ちょうど見始めたところでして……それになにか買おうと思っているわけでもなくて、興味本位でちょっと覗いているだけと言いますか」


 恐縮する必要はまったくないのにも関わらず、どういうわけか私は言い訳がましい返答をしていた。周りの真剣な表情の人々に対して、自分が冷やかしであることに気後れしていたのかもしれない。


「むこうの建物」老人が挙げた手の動きに釣られ、私たちもそちらへ顔を向けた。例の二階建ての日本家屋が視界に入る。「あっちには珍しいものがあるから、よかったらついでに見ていきなさいな」


「珍しいもの? なんですか?」老人に視線を戻して訊ねると、彼は口角を吊り上げて歯のほとんど失われた口内を覗かせた。残っている数少ない歯はすべて茶ばんでおり、粘ついた唾液が糸を引いている。


「あれって民家じゃないんですか?」


 返答がないので続けて訊ねてみると、老人は「あっちでは品評会をやってるんですよ」と質問とは関係のない答えを口にし、それ以上はなにも言わずに私たちのあいだを抜けてのろのろとした足取りで立ち去ってしまった。


「俺の声、聞こえてなかったのかな? なんだよ、珍しいものって」


「そんなの行けばわかるって。ね、行ってみよ」


 老人の言った『珍しいもの』に加え、こんな場所に家を建てて住んでいる人物にも幾許いくばくかの興味を抱いた私は、妻に誘われるまでもなく自然と家屋のほうへと足を向けていた。

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