第2話 塚原、負のスパイラルに堕ちる

 昼休み、1-A廊下前。

 僕は窓を開けて、校舎の中庭を覗いていた。

 人工芝ではなく天然の芝生で、生徒各々が昼食を食べていたりベンチに座って談話していたり、ただ僕は呆けたように覗き込んでいた。

 あれからもう一週間以上経った。安居院は授業には普通に出ているが、まだ部活動は謹慎中。

 先生の道場での出来事が、まるで無かったかのように毎日が過ぎていく。

 あの日、安居院は道場を飛び出していった。引き止めようとしたのだが、細川先生がそれを許してくれなかった。


「もう安居院とは関わってはいけない」


 そう言われたけどよくよく考えてみたら、上手いこと先生にダシに使われた気もする。

 あれほど先生が一子相伝といわれる流派『日輪無神流』にこだわっていて、その使い手がまさか河口高校に入学していたなんて思わないだろう。

 それを僕が何も知らずに先生に教えてしまった。

 言い方が悪いかもしれないが、ご老体である細川先生の拘り、興味、執着というものに火をつけてしまったのはこの僕だ。

 そして僕は細川先生に上手いように使われてしまった。


 本当にこれで良かったのだろうか?


 考えれば考えるほど悩んでしまう。

「おい、また中庭観察してんのか? それとも可愛い女子でもいたか?」

 僕の肩を軽く叩く中山。

「それにしても塚原、最近様子がおかしくないか? 何だかボケーッとしているみたいで、人の話も聞いているんだかいないんだか。何か悩みでもあるのか?」

 口外法度。

 僕の頭にぐるぐると纏わりつく言葉。

「部活も身が入っていないっていうかさぁ…」

 言えない。

 言えるわけがない。

 目の前で起きたあの出来事。あれは常軌じょうきいっしている。

 細川先生は『立ち合い』だと言った。

 だけどあんなものを見せられたら……。

『立ち合い』とは名ばかりの…『命の取り合い』

 考えただけで身震いしてくる。僕はそうとも知らずに安居院に立ち向かおうとしていたのか。

 馬鹿げている。自分自身身の程を知れ。何度も何度もそうやって言い聞かせている。

 しかし。

 それが出来ない。

 おかしな話だがあの立ち合いを見て恐怖に駆られながらも、不思議と高揚感が溢れる自分にも気が付いてしまった。

 自分の実力は一体どこまであるのだろう。

「おーい」

 ダシに使われようが僕だって……。

「塚原ー」

 もし僕が、あの域まで達する事が出来れば……。

「おい、聞いてんのか!」

 中山に強く背中を叩かれて、やっと我に返る。

「お前、本当にどうしたんだ? 全然人の話聞いていないだろ?」

「あ。ご、ごめん」

 中山の表情はいぶかしげになっている。僕が何に悩んで思い耽っているか、中山なりに心配してくれているのだろう。

 安居院の事か? と言われたが僕はシラを切った。

「そういえば安居院、最近女子剣道部の娘と一緒だっていうの、お前知ってた?」

「いや」

 本当は知っている。

 あの一件の後に直ぐ分かった。

 女子剣道部所属、円城寺岬。

 噂では最近、顧問の山本先生に退部をうながされたというが。

 山本先生の発言がキッカケで、円城寺岬は安居院に関わったのだろうか。

 でも退部を促されても、女子剣道部の練習には出ている様だし。

「何だ、知らなかったのか。結構噂になっているぞ。っていうか俺、この間の日曜日に二人でいるの見てるし」

「えっ?」

 思わず声が出てしまった。

「最初のうちはデートか? なんて思ったんだけどさ。それとはまた違う感じがしたんだよなぁ」

「どういう事だよ?」

「何だ、聞きたいのか? ついさっきまで上の空だったくせに」

「それは悪かったって。だけどデートじゃないのか?」

「あぁ、違うね」

 中山はキッパリと断言した。

「だって俺が目撃した場所、どこだと思う?」

「どこって…そんなの分かる訳……。ちょっと待て。勿体ぶらないで教えてくれよ」

 すると中山は大きく身体を捻る素振りをした。

「バッティングセンターだよ」

「バッティングセンター?」

「あぁ、しかも安居院がバッティングしていると思いきやその逆。その女子がずっとバッティングしていたんだ」

 何だ、それ。

「中山、そういうお前は何でそこにいたんだよ」

「別に。友達と遊んでいて、たまたまバッティングセンターに行ったら、そこに安居院とその例の女子がいた、っていうだけだよ」

 どうも変だ。何かがおかしい気がした。

 あの時も円城寺岬は細川道場にいた。安居院に付いてきた、というのが正しいかもしれない。

 そもそも一子相伝というのであれば、安居院貴久は円城寺岬に自身の流派の技などを教えるはずがない。

 というか理由が見つからない。

 安居院は言っていた。

 自身の代で終わらせる。

 そう言ったかと思うと、バッティングセンター? 辻褄が合わなさ過ぎて頭がパンクしそうになる。

「でも笑っちゃうのがさ」

「なんだよ、まだ何かあるのか?」

「いやいやその女子、安居院の前で何度もホームランをかましているんだよね。しかも140キロ打席でさ」

 剣道じゃなくてソフトボール部にでも入部すればいいのにな、と中山は付け足したがこれはおかしくもなにもない。


 動体視力。


 女子は身体が柔らかい。その柔軟性と認知機能を統一させることで球速140キロでも打ち返せるのだろう。

 しかしそんなのを短期間で出来る訳がない。

 安居院が教えようが誰が教えようが、そう簡単に身に付くものではない。

 だとしたら……。

 円城寺岬の実力?

 まさか……な。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣道ブレイカー・クロニクル 葛原詩賦 @Shihikuzuhara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ