閑話 岬の想い

 あの時の私は『身長が低いから弱い』と、勝手に思っていた。

 中学校から始めた剣道だったけど、どんなに弱くても、やっぱり剣道が好きだった。

 高校も敢えて、剣道の強豪校を選んだ。

 両親から凄く反対されたけど、何とか説得した。

 そこで少しでもいいから、私の剣道、、、、をやってみたかった。

 あの『安居院貴久』のように。

 噂でしか聞いていなくて、どんな人なのかも知らなかった。

 だけど友達から動画サイトで見せてもらった時に、全中の試合でのあの横暴っぷりが何でか分からないけど、私の心をくすぶり始めた。

 高校に進学し剣道部に入部したら、まさかあの人が、この高校にいるだなんて思いもしなかった。

 しかも新歓で、いきなり部活動謹慎。男子と女子は別々の練習道場だから、何が起こったのか、その時は分からなかった。

 ただ、男子部員たちから流れてきた噂が、また私の心をくすぶる。

 防具も着けないで、インターハイでも成績を残している部長を、いとも簡単に叩きのめした、と。

 突きであろうが、払い抜きであろうが何だろうが、かすりもしなかったという。

 その部員の名前は、安居院貴久。

 それからだった。

 私はこの人に『強くなるにはどうしたらいいのか?』という問いを、教えて欲しかった。

 だから私は安居院貴久にまつわる噂を、何でもいいから聞き逃さないようにした。

 すると彼は入寮していて、今はそこで大人しく謹慎中だという。

 認めたくはないけど、私がやっている事はストーカーと一緒だ。

 彼のクラスだったり、寮では誰と仲が良いのか、とか何でもいいから情報が欲しかった。

 そうこうしているうちに、部活練習中に私は、顧問の山本先生に呼ばれた。


「お前には才能が無い。ずっと補欠でいたいのならいいが、嫌なら辞めた方がいい」


 そう言われた。

 信じられなかった。

 いや、私が甘かったのかもしれない。

 強豪校で自分の剣道をやりたいと思ったのが、そもそもの間違いだったんだと思う。

 落ち込んで、しばらく立ち直れなかった。

 それでもやっぱり剣道が好きだから、部活には出ていた。

 ある日、女子剣道部に、寄り道をする男子生徒がいた。

 彼の名前は千葉亘。

 背が非常に高く、聞けばバスケットボール部だという。


 何でわざわざ女子剣道部に寄り道して、女子部員から色々と話をしているんだろう?


 というのが私には疑問でならなかった。

 しばらくして、私は身勝手な閃きに辿り着いた。


 もしかしたら、この千葉って人は、安居院貴久のルームメイトなんじゃないか? 


 そう考えたら、もう勝手に身体は動いていた。

 千葉くんに、正直に聞いてみた。

 すると、

「そうだよ」

 と答えた。

 それを聞いた途端に、心の奥で僅かな高揚感が生まれた。

 安居院貴久に会わせて欲しい事を千葉くんに伝えた。

 すると彼は意外にも二つ返事で、安居院貴久本人に会わせてくれた。

 私の第一印象は、全中で暴れ回った様な感じにも見えず、新歓で部長から一本取った様な感じにも見えず。

 つまり何が言いたいかって言うと、横柄で粗暴な印象が強かったけれど、実際はそんな風には見えなかった。

 その代わり美しいほどのホワイトシルバーの髪色、そして目つきだけは鋭かった。

 私の安居院貴久との、ファーストコンタクトはこんなものだった。

 それから私は、彼に弟子入り覚悟で、教えを乞うのだった。

 どうやったら勝てるのか、どうすれば自分の剣道が出来るのか。

 彼は、

「部活が休みの時に教えてやる」

 と、言ってくれた。

 しかも、その後に続けて言った言葉を、今でも忘れない。

「背が低かろうが高かろうが、勝ち方なんて幾らでもある。あとは岬さんの心構え。心が成っていなければ、必ずスキが生まれる。自分のコンプレックスを、逆手に取ってみろ」

 これが私と安居院貴久の出会いであり、その後を左右する、とてつもない計画が待ち受けているのだった。

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