第2章 安居院一族

第1話 スパイ活動


「貴ちゃん、一体何やらかしたんだよ? 聞いたぜ? 剣道部1ヶ月謹慎だって」

 千葉は良く喋るし、コイツの情報網じょうほうもうはどうなっているのか。

 寮に帰ってきた途端、ついさっき言い渡された謹慎を既に千葉が知っていた。

「早いな、誰から聞いたんだ?」

「そりゃ女子に決まってるじゃん? 剣道部にも女子がいるだろう? その娘たちから」

 油断も隙もありゃしない。

 女っていうのは、どうしてこうも先に口が動く。

 しかもよりによって千葉に教えるとは、剣道部に所属している女共は、相当口が軽いと言える。

 だが、仕方がないのか。

 高身長、顔立ちも良い、性格も裏表がない千葉には何でも話してしまうだろう。  

 特に女は。

「で? 何やらかしたんだよ?」

「お前に教えて何の得がある?」

「いや、ヘコんでいるのかなぁ~、って。だから元気づけてやろうと思って」

 千葉の目は節穴ふしあなか?

 俺がヘコむ様に見えるか?

 どこにその要素がある?

 全くよく分からん男だ。

「ヘコむ訳ないだろう」

「それじゃ、何やらかしたか教えろよ」

「しつこいぞ」

「何だ、つまらない」

 千葉は呆れる様な素振りを見せ、そのまま自分の椅子に座った。

 やらかしたと思ってもいないし、必然的に起こしたまで。全て俺の手中に、事は運んでいる。

衰山すいざん』を食らった佐々木はおそらく暫くは竹刀を持てないだろう。

 ついでに『恐怖心』も奴に捻じ込んでやった。

 剣道では気合を入れて、立ち合い、もしくは試合をするが日輪無神流にそんなものは存在しない。


 何故か。


 意味が無いからだ。

 日輪無神流は、如何いかに敵を素早く倒すか。

 この一点のみ。


 だから必中必殺なのだ。

 無駄を無くし、ただ敵を一撃で倒す事が必要とされる。

 それを剣道に活かしたまでだ。

 日輪無神流は、敗北は許されない。

 敗北するという事は、それは『死』を意味する。

 俺はそうやって教えられ、ここまできたのだ。

 負ける訳にはいかない。

 いや、負ける訳がない。

 歴史に名立たる剣豪たちも、日輪無神流の前では敵ではない。

 それがかの有名な『宮本武蔵』であろうと。

 俺はそう信じている。

 だから二十代目まで一子相伝いっしそうでんが続いているのだろう。

 まぁ、あくまで想像に過ぎないのだが。

「そういえばさぁ」

 俺が椅子に腰かけスポーツ飲料水を飲んでいると、千葉が思い出したように、

「全国中学校剣道大会っていうの? それで貴ちゃん、有名人になったんだって?」

 俺は思わず吹き出しそうになった。

「女子から聞いたぜ? ド派手にプロレス技掛けまくって、大立ち回りしたっていうじゃない。剣道もいけるし、プロレスも出来んのか?」

 こいつ、女共から根掘り葉掘り、聞き出していやがる。

 それにプロレス技じゃない。あれは組手甲冑術くみてかっちゅうじゅつだ。

 思わず言い返そうとしたが、そんなくだらない話題に付き合っても仕方がない。

 そこまで知り尽くすとはこいつ、千葉は抜け目のない奴だ。

 どれだけ、人の情報を知っているというのだ。


 いや、待てよ。


 抜け目がないというのなら、それを逆手に取る事も出来るかもしれない。

「千葉、あれはプロレス技じゃない。それに去年の話だ。もう覚えてもいない」

「じゃあ、暴れ倒したのは本当なんだ?」

「あぁ」

 千葉とはルームメイトとして、仲良くしておいた方が得策かもしれない。

 これは俺の直感だ。

 ここまで色々と俺にまつわる情報を、たった1日で知ったのだ。

 それなら逆に、剣道部の情報を謹慎中であっても聞き出せる。

 女共に人気があるであろう千葉だ。

 剣道部の連中、もしくは部員の友人関係から、ここ、河口高校剣道部の歴史を聞き出せる、そう直感したのだ。

 人間の心理とは不思議なもので、気心の知れた間柄あいだがらになってしまうと、相手の情報を誰かに漏らすという事が出来なくなる。

 つまり、何が言いたいかというと、俺と千葉の関係性を、ルームメイトから友人関係まで持っていく。

 気心が知れる様になれば、互いに如何なる理由にせよ、勝手に互いの情報を口外が出来なくなる。

 そこまで関係性を築き上げれば、千葉は謂わば『スパイ』の様な役割をしてくれる、という訳だ。

 謹慎中は、何も剣道部の情報は入ってこない。

 ならばこの心理を千葉に突いて、千葉には情報を探ってもらおう。

 そのためにはまず、俺と千葉の関係性を良好に保っていかなければならない。

 これもひとつの戦略。

 俺は少しずつ、千葉との距離を縮める事から始めた。

 幸い千葉は天然、、が付くほどの警戒心のない、誰であろうと平等に見る男だ。

 距離を縮める事に、時間など掛かるはずがない。


              ※※※※※


「いやー、結構話してくれるもんだなぁ。女子剣道の娘たちは。貴ちゃんが知りたい事、何でも教えてくれるよ」

 逆手に取るのに、三日も掛からなかった。

 天性の人懐っこさ、と言うべきか。

 ここまで打ち解ける奴を見たことがない。

 改めて千葉という男に驚かされる。

「おう、どうだった?」

「外部顧問が来る前から、剣道部自体は強かったらしい。だけど結局は、インターハイ前の県大会止まりだったらしい。強かった事には変わりはないらしいんだけど、県大会でくすぶっていたみたいだよ」

 なるほどな。

 千葉という男はこれだけ俺に情報を伝えておきながら、俺の名前を一切出さないというのだから、やはり舐めてはいけない。

 千葉との良好関係を、こうも簡単に築き上げたのは、俺も驚きを隠せないが、それは千葉の人懐っこさも働いているのだろう。

 そして付け加えるのならば、良好関係だからこその秘密保持。

 千葉は口が軽いかもしれない、と疑った俺が馬鹿だった。

 千葉は、やはり千葉だった。

 余計な事は口外しない、誰に聞かれたと言われてもはぐらかす、そういう意味では天才だ。

 最初に頼んだ時に本当に信用に足りる男なのか? バレない様に千葉を尾行したのだが、そんな事をしなくても意味が無かった。

 一切俺の名前を出さずに、見事に聞き出していた。

 そういう男だった。

「ところが五年前ぐらい前から、外部顧問を採用したって。それが貴ちゃんが言う、山本っていう元県警のお巡りさん。この人が来てから、河口高校の剣道部、男子も女子もインターハイの常連になったそうだよ」

「元々の顧問は?」

「あー、それね。女子たちが言うには、この山本って人が来てから、どうも……」

 千葉が口ごもる。

 何かあったんだな?

 あの県警崩れに何かされたのか?

「どうも、ってその続きは? 言いにくい事でも聞いたのか?」

「いや、あくまでこれは噂だぜ? 俺もこればっかりは信じ難いんだけどさ」

「勿体ぶらないで、早く言えって」

「その元お巡りさんに追い出されたっていう噂なんだ、信じられるか?」


 追い出された?


「外部顧問としてやって来た人間が顧問教師を追い出すなんて。ちょっとヤバくね? しかも本当に教師を辞めたっていうんだ。さすがにこれを聞いた時は、俺も身震いというか何というか」

 千葉がわざとらしく震え上がる素振そぶりを見せる。

「都市伝説みたいなのを信じる訳じゃないけど、そんな事が本当に起きていたら…って想像すると、この学校、ヤバくね? って思うよな?」

 まさか……いや、県警上がりならやり兼ねない。


 いや。


 待て待て待て。


 真面まともに考えてみても、噂に過ぎないと俺は思った。

 そこまでの権限を越してしまったら、外部顧問としての信用はガタ落ちだ。

 これは剣道部員たちがでっち上げた、ただの噂に違いない。

 もしくは元顧問の評判がよほど悪かったのか。

 顧問としても教師としても。

 そこに横槍の様に、山本という外部が入ってきた。

 山本の指導が部員たちを鼓舞させるものであったのなら、元顧問の立場は無くなるのと同じだ。

 そう考えると元顧問は相当な自信家、だが指導者としては向いていなかった。

 それは教師としても。

「その元顧問って、若かったのか?」

「さぁ? そこまでは。いや、待てよ。女子の一人が言っていたな。嫌われていたって。剣道部だけじゃなくて、他の生徒にも相当嫌われていたって」

 どちらにせよ、生徒から信用されていない教師だった、という訳か。

「あながち、山本に追い出されたっていう噂。嘘じゃないかもしれないな」

「えっ? 何でよ?」

「教えてほしいか?」

 千葉は、まるで子供のように、何度もうなずく。

「でっち上げだって事さ、その噂は」

「でっち上げ?」

「その元顧問は、既に生徒たちから嫌われていた訳だろう? どの様にして嫌われていったのか、その経緯は分からないが嫌われていた。だというのなら、生徒たちの心理はうかがえる。授業も受けたくない、指図もされたくない、寧ろ口も聞きたくないってなる。極端かもしれないけどな」

 うんうん、と千葉は何度も頷く。

「だいたい嫌われる教師っていうのは、何かしらの理由がない限りそこまで嫌われるはずがない。例えば、授業が淡々としていてつまらない、生徒の意見も聞かず、頭ごなしに指導する。これを女子生徒に置き換えてみよう。もっと尾鰭おひれはひれが付く。事実が誇張される。ここまで言えば、千葉にも分かるよな?」

 千葉は手をパンッ! と叩いて、

「誇張された話は、次第に噂となって飛び交う!」

 得意げに言い放つ。

「そういう事だ」

 俺は頷いた。

 続けて、

「だから外部顧問の山本が追い出した、っていう噂。これは噂でしかないのに、それがあたかも真実めいた噂になるって事だ。俺が思うに元顧問教師は、プライドが高かったに違いない。それも超が付くほどな。自分の指導が正しい、と信じて疑わなかった痛い教師だった。しかし横槍で山本という外部顧問が入ってきた事で、自分の指導が間違っていた事に気付いたんじゃないか? だが、それでもまだ認めたくはない。認めたくはないが、その噂が元顧問教師の耳に入れば、もう一発だ。自身のプライドは音を立てて崩れたに違いないよ」

 休みなくそこまで言うと、千葉は俺の目をジッと見つめ始めた。

「何だよ」

「貴ちゃんってスゲーな。俺が聞いてきた事だけで、そこまで推理出来るなんて。まるで探偵みたいじゃん。貴ちゃん、やっぱ、アンタ、スゲーよ!」

 俺の肩をバンバン叩く千葉。

 しかも目をキラキラと輝かせて。

 俺は千葉とのやり取りの中で、不思議な感覚を持ち始めた。


 ジジイの様になりたくない。


 そう思っていた俺はひょっとしたら、既にジジイの様になっていたのかもしれないと。

 部活動謹慎中という身であり、千葉を最初は手駒の様に扱っていたが、この短期間で手駒ではなく、普通に千葉とコミュニケーションが取れている。

 ジジイの様になりたくないがため、


「俺の周りは敵だ」


 と思っていたのだが、千葉のおかげでバカバカしく思えてきた。

 そういう意味では千葉に、感謝しなければならない。

 これが俺自身の、新しい強みへと変化していけば、俺の計画は間違いなく成功する。

 なおさら、そう実感してきたのは事実だった。

「んで、千葉はどうなんだ? バスケの方は?」

「あぁ、俺の方はねぇ……」

 他愛も無い話は無駄だ、と考えていたが俺に欠けていたのはこれだった。

 千葉を通じて失っている何かを、俺自身が見つけられるかもしれない。

 俺はまたひとつ、強くなったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る