大賢者と魔法使い


 翌朝、アルフォードは喉の渇きを覚えて目を覚ました。夜はまだ明け切っておらず、薄らとしていた。水差しからコップに水を注ぐとクイッと飲み干した。そういえば昨日は何も食べていなかったことを思い出すと空腹を感じた。何か食べるものは無いかと食堂へ向かった。朝早くから活動している使用人はいないがいくらかは既に働いていた。厨房も既に火が入ってお、り既に食事の準備を始めていた。使用人に用意する食事の量は人数が増えればそれだけ準備に時間がかかるものだ。


 食堂で無造作にパンをつかみ取るとパンをちぎりながら貪り茶で流し込むと、部屋に戻りベッドに潜り込んだ。アルフォードは考え事は後回しで取りあえず二度寝することにした。昨日の話は既に伝わっていたのか使用人達はなんとなく距離を空けている気もするが、それよりも二度寝する方が優先だ。


 再び目が覚めると、既に昼近くになっていた。意外に隠れ疲労があったようだ——などと考えていると使用人の一人が慌てて部屋に入ってきた。


「外に伯爵の使いと名乗るものが御主人に会わせろと暴れていますがどうしましょうか?」


 既に使用人にはいとまを出しているし、一部は退去するために荷造りを始めていた。その邪魔をするのも野暮だと思い、アルフォードが自ら屋敷を出ると魔法使いとその従者がわめいていた。ほぼ間違い無く伯爵一派の魔法使いごろつきだろう。


「早く門をあけろよ!欠陥大賢者」


 魔法使い達は、アルフォードを見ると嗤いながら言った。


「この程度の魔法もつかえないんだろう?」


 魔法使いの一人が指先を起ち上げ、呪文を唱える。


「食らえよ、火の矢ファイアアロー


 火の矢が門を越えて、アルフォードの左頬を掠めた。アルフォードの左頬はくすんで煙を上げている。


「……御主人様になんてことを……。暗殺してもよろしいでしょうか」


 後ろの方で物騒なことを呟いている少女がいた。振り返るとそこにはカチュアがいた。アルフォードはその場に留まる用に後ろ手に命令した。


「しかし、動かない的に当てても面白くねぇな。ほら早く中に入れろよ」


 先程、魔法を詠唱した魔法使いが言う。


「王法によりこの屋敷は退去後一月の間、封印することになっている。中に入りたいならその後にしてもらおうか」


「なに、もう一発食らいたいのか?」


 魔法使いは腕を上げて再び詠唱を始める。それを見た仲間達が流石にヤバイと思い腕を止めた。


「こんな欠陥品の為に無駄に魔法をつかうな。衛兵が来たら伯爵様にも迷惑がかかるだろ。それにだな……」


「そうだ、こんなへたれの為に打つ魔法を使うなどもったいないぞ」


「ま、この程度にしてやろうか。また明日来るからな。ちゃんと物を用意しとけよ」


 そういいながら門を蹴り上げると魔法使いの一向は去って行った。


「なんて、やつらでしょう……」


 カチュアがアルフォードの側にかけよってくる。


「それよりお怪我は大丈夫でしょうか?」


「ああ、これはそのように見せているだけだからね。あいつらは俺が無駄あがきするのみたいだけだろうし」


 アルフォードが頬をこすると何ごとも無かったように綺麗な肌を見せた。


「いつ、そのような仕掛けを?」


「ん、魔法を直前で解呪ディスペルして、頬の一部に光属性の変容メタモルフォーゼを使っただけだよ。火の矢ファイアアローより簡単に発動できるからね。直撃を食らったと思っているだろうね。多くの人は自分の望む現実しか信じようとしないからこんな単純な仕掛けにすら騙されるね」


 この話を聞いた魔法使いが仮にいれば、この大賢者は何を訳の分からないことを言ってやがるのだと思うだろう。解呪ディスペルは一工程だが中級魔法に分類される。そして、少なくとも相手の倍以上の技量が無いと成功しないのだ。光属性の変容メタモルフォーゼは下級魔法に分類され一工程で発動出来る火の矢ファイアアローとは違い、上級魔法に分類されており、少なくとも三工程を必要としているのだ。この二つの魔法をほぼ同時にしかも無詠唱で発動させていたのである。無詠唱の二重がけなど人間に出来るはずがないと思っているから魔法使い達はこの仕掛けに簡単に騙されるのだ。


「それが出来るのは流石に御主人様だけだと思います」


 近くで見ていた使用人が独り言をつぶやいていた。

 


 この調子の嫌がらせが続くだろうと考えると気が重くアルフォードは屋敷から出る日付を繰り上げる事にした。そして屋敷の引き渡しの日には使用人達は二名を残して全員退去し、屋敷の中はがらんとしている。家令は王都内の新しい拠点に引っ越したし、手元にあるのは鞄一つだけだ。これで身軽のはずなのだが、なぜか目の前で二人の少女がいがみ合っている。


「御主人様と居るのはこのカチュアです。誰が食事を食べさせると思うのですか?飼育しか出来ないエリザは、田舎でアヒルの世話でもしてやがれです」


「カチュアこそスラム街の掃除をしている方がお似合いなのだ。御主人は育ち盛りですし、肉をたっぷり食べさせてあげないと行けないのだ」


 なぜかこちらまで巻き込まれている気がする。転生前も含めて独身時代が長いし、そもそも食事ぐらいは作れる。そもそもカチュアを厨房に置くと道具を破壊したあげく名状しがたきものしか作れない。そのため掃除しか任せていないのだ。


「——あのな、二人とも仲良くしないと置いていくぞ。そうだなちょうど教会が大聖堂の使用人を募集していたな。カチュアには向いている仕事だな。それからとある伯爵家が牧場管理者を探していたなエリザに向いている仕事だと思うな」


「エリザとは仲良しですよ。ねぇエリザ」


「そうですにゃ。カチュア」


 ホント、二人仲良しだなぁ。アルフォードは思わず目を背けた。もう少しすると検査官が来るはずである。検査官は、屋敷の物品目録を検品したあと、屋敷を封印する。封印の理由は前の屋敷の主が備品を持ち出していないか確認するのと次の居住者が来る前に泥棒に入られられない用にするためだ。しばらくすると数人の検査官がやってきて、テキパキと屋敷の中を確認している。そして「問題ありません」と言うと屋敷を封印した。


「ところで、御主人様、鞄一つだけで大丈夫なのですか?」


 カチュアが聞いてくる。


「荷物は、魔法倉庫ストレージに入れるから問題ないけど」


 空間属性上位魔法魔法倉庫ストレージは空間を拡張し、実空間の数倍から数十倍の収納を可能にする魔法である。それを更に改良して大幅に拡張しているのは秘密。アルフォードの魔法倉庫ストレージは、城の一つ二つぐらいは簡単に格納できる。なぜなら、錬金術に必要な素材を格納していくと倉庫がすぐに一杯になってしまうからだ。そのためかなり大きめに拡張している。その代償としてに膨大な魔力を供給し続ける必要がある。それをもってしても気がかりなのは菜園である。菜園で育ている薬草類の一部は非常に繊細な扱いが必要で、魔法倉庫ストレージなどに格納してしまうと枯れてしまうのだ。俺は持っていないのだがギフトの一種に亜空間収納以外に時間の動きも止めてしまうアイテム・ボックスと言うものが存在するのだが、それをもってしても繊細な薬草には致命的なダメージを与えてしまう。原理は不明だが時間を止めると言う効果そのものが薬草を枯らしてしまう。そのため菜園は魔法倉庫ストレージに格納するのを諦め別の手段で移転させることにした。


「本とかも置いてきたけど大丈夫なのか?」


 エリザが聞いてきた。


「あそこに必要な本は無いからな」


「御主人様の頭の中に入っているからですね」


「いやそんなもの頭の中に入っていないぞ」


 アルフォードは余計なものは覚えない主義だ。必要不可欠な情報を情報属性極級魔法情報倉庫データバンクで記憶させれば十分だからだ。この情報倉庫データバンクは転生前のデータベースの様に扱える代物で、情報蓄積だけでなく分析まですることが出来る優れものである。そのためか上級ではなく極級に分類できる。


 実際のところアルフォードが、発動工程アルゴリズムから一から作った固有魔法オリジナルなので、この分類が適切かは不明だ。

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