大賢者と使用人

 家令は土いじりと言っていたが、実際におこなうのは菜園の管理である。古今東西から集めた、薬草や更新料が植えてあるのだ。種類が増えすぎて手狭になってしまったのがアルフォードの最近の悩みだ。


「他のモノはともかく、この菜園だけは死守しないといけない。——とはいえ魔法倉庫ストレージに入れられるものでは無いし、種だけ持ち運ぶにしても株分けでしか増えない品種も多いな。引っ越し先が決まったらいっそのこと、土地ごと転送してしまうのが一番楽か……」


 ——などとアルフォードはブツブツ独り言を言っていた。


「ん、御主人は、今日もここに来ているのだ?」


 振り返ると猫耳の獣人少女がそこにいた。元奴隷の獣人で、猫人と熊人の子どもで訳あって引き取って雇っているのだ。家禽や牛馬の世話をさせている。獣人少女は、猫人だけではなく熊人の血を引いているので力仕事も得意としている。そのため重労働とも言えるアヒルや馬の世話を任せているのだが苦も無く仕事をこなしていた。鼻がきき匂いでアルフォードを嗅ぎ分けよっくる。腐った食べ物に集まる蠅みたいなものかな——などとアルフォードは失礼なことを思いながら少女に声をかけた。


「エリザ、そこに居たのか」


「うん、ご主人様の匂いがしたから」


「仕事をサボってか?遊ぶのも良いが仕事を終わらせてからだぞ」


「仕事はちゃんと終わらせたの、家鴨が美味しそうだったけど我慢したのだ」


 エリザはクビをぶんぶん振った。ついでに尻尾もぶんぶん振っている。これは褒めて褒めてのポーズだ。感情が尻尾に出るので非常にわかり安い。何を考えているか全くよく分からない宮殿や前世の女性どもとは大違いである。


「偉いぞエリザ」


 アルフォードは、そう言いながら頭をなでた。しかし、中身はともかく実年齢は同じぐらいのはずだが獣人はこうされると嬉しいのだろうか。


「エリザは、幸せにゃ」


 エリザは油断すると獣人弁がでるのだった。なぜ幸せなのか分からないが幸せなら良いのだろうと思いながら頭をなでなでしていると不意に後ろから声がかかった。


「御主人様、そろそろ食事の時間です」


「ん、もうそんな時間か」


 アルフォードが振り返るとそこには小さいメイドがたっていた。カチュアと言う名前で清掃担当のメイドハウス・メイドだ。それがなぜ食事を呼びに来ているのかよく分からないが、何時の前にかアルフォードどころか直感にすぐれる獣人のエリザにす気取られずにアルフォードの真後ろに立っていた。カチュアは先程までエリザの頭に乗っていた手をつかんでいる。関節をキメているのかエリザに捕まれた手は微動だにしなくなった。


「相変わらず心臓に悪いですね。この女は」


 エリザが言う。カチュアはスラム街の出身で、そこで暗殺者ギルドに拾われ潜入工作員としてこの屋敷に送り込まれた経緯がある。潜入工作員とはターゲットとした家に数年、場合によっては十年以上前から住み込ませ屋敷の内部を記憶させ、いざ潜入をおこなう時の案内役と侵入工作を手伝う工作員である。わかり安く言うと鬼平犯科帳に出てくるアレである。例えがおっさんくさい?中身がおっさんだから仕方無いだろう。もっともその暗殺者ギルドは完全に潰されてしまい天涯孤独になってしまったのである。未成年であることもあり、暗殺者ギルドのこともよく知らなかったので、そのまま雇い続けているのだ。しかし本当の理由は、清掃担当のメイドハウス・メイドとして優秀だからに過ぎない。優秀なメイドを犯罪集団の手引きをしていたと言う理由でわざわざ手放す訳もない。しかも一通りの仕事と護身術をたたき込まれているようなので、将来的には隠れた護身役——つまり隠密——としても有望。これだけ優秀なメイドの卵を探すのは非常に大変なわけだ。その金の卵をむざむざ手放すほど俺はお人好しではない。しかし、最近カチュアはメイドのスキルより隠密スキルの方が向上している気がするのは気のせいだろうか。もしかすると指導を間違えたのだろうか?後で家令を問い詰めることにしようか。


「それはエリザが呆けているからですよね」


 カチュアが無い胸をはり言う。一触即発と言う状況だろうがアルフォードは敢えて無視した。


「はは、二人とも仲が良いな」


「「ありません」」


 見事にハモる。やはり仲良しだ。この年頃はやはり同世代の友人が必要だなとアルフォードは現実逃避することにした。


「そういえば聞きました。使用人全員にいとまを出すそうですね」


 カチュアが言う。


「それは魔法省を辞任したので給与が出せなくなるからでしょうか?」


 どうやら家令は使用人に罷免ではなく自ら辞任したと使えているようである。そんな些事など取り繕う必要なの無いのだが。


「しかし、私は御主人様に恩を受けた身。例え無給でも働かせていただく所存です」


 こいつ誰が育てたのか——などとアルフォードは考えた。そもそもタダより高いモノは無いのである。無償労働などお断りである。労働に等しい対価を与えるからビジネスライクの関係が維持出来るのである。そこに感情が絡むと酷く面倒なことになるのだ。前世はそれで苦労せられている記憶があるアルフォードは労使関係はあくまでドライであるべきと言う考えを持っていた。


「屋敷も国のものだから、屋敷ごと退去するから雇うことは出来ないぞ。さらに俺は辺境の小屋に隠居する積もりだから使用人など必要ない」


 それに金銭の管理は家令に任せてあるから当面金に困ることは無い。辺境でスローライフをしながら自堕落に研究を続けるのが目的だから使用人など必要ないのだ、むしろ居ると自堕落に生活出来ないから困るのだ。


「養う無ければ、この身で稼いで御主人様を養ってあげます」


 ——それってヒモとか言わない?流石にヒモになる気は無いし、金が無い訳でもないのだが……。しかし、カチュアは暴走すると止まらない性格をどうにかしない大成しそうにないな。こういう性格だから暗殺者ギルドから送り込まれたのもすぐに分かって敢えて泳がしていたのだ。もっともこの話は、本人には言っていないからまだ気づいていないだろう。


「駄目です。私がお世話します。奴隷から解放して頂いた恩義は一生かけても返せるモノではありません」


 そこにエリザが割って入ってくる。そもそも辺境に引きこもるのに使用人二人も抱えてどうしろと言うのだ。壮大な引きこもり計画が台無しになるでは無いか。これは算数の話だ。使用人を二人雇えば食費が3倍に増える。例え無償で働かせてもだ。いや無償で働かせているからこそ衣食住や体調の管理が必要になる。無償労働者と言うのは言い替えると主人の財産だ。逆説的に負債だ。したがって、容易に財産を毀損出来るヤツの性格は理解出来ない。つまり奴隷を買うとその主人には奴隷の衣食住と体調管理の仕事が増える。それだけならまだしも奴隷と言うのは働かせられていると言う意識が強いから生産性が著しく低い。それより働かせてもらっていると考える市井の人を雇った方が安上がりなのだ、必要があるときだけ雇えば良く、衣食住と体調管理は本人の責任になる。更に言えば奴隷は容易に処分出来ない。不要になった奴隷を殺したりや遺棄したり、生活の術を与えず解放する行為は、この世界では犯罪になる。それというのもその手の事件があまりに多いので禁止されたのである。奴隷を一度買ったら死ぬまで養い続けなければならないのと言うのと同義だ。働き盛りの時に転売すれば利益が出るかも知れないがそれをするのは奴隷商の仕事である。奴隷は決して安くないのだ。つまりトータルで考えると奴隷は資産と言うより負債だ。そのためアルフォードは、この国の金持ち貴族が奴隷を買うのは単なるステータスによるものだと考えている。奴隷と言う負債を抱えているより損切りした方が良いと言う合理的理由で奴隷から解放しただけである。エリザも奴隷から解放して自由意志で働いてもらっているためモチベーションも高く覚えも早い。いわゆる転生者は奴隷に対して人道的な考えをもちたがるが単純に経済理論で考えると全国民が働かない奴隷である共産国家と自由意志で働いている資本主義国家どちらが反映しているかは一目瞭然なのだ。その考えを実践しているに過ぎない。恩義と言われることは何もしていないのだが……エリザの評価がやたら高いの気になった。


 要するに無償でこの二人がついてくると計画が台無しになる。そのため説得を試みることにした。——結果から言えば失敗である。親や故郷があるだろうと言えば、「御主人様が、親代わりです」「御主人が居るところが故郷なのだ」などと返されるわけだ。そういえばこの二人は親と故郷に捨てられたのだからこの選択肢は俺のミスでもあるのだが、「今より良い職場を用意する」と言っても頑として首を縦に振らないのだ。「今より良い職場など有り得ません」の一点張りなのだ。そんなものは行ってみないと分からないと思うのだ。そのような凝り固まったモノの見方をしているとこの二人の将来が思いやられる。そのうち悪い男に騙されるかもしれない。俺は使用人教育を失敗したのだろうか?——ならば多元的な物の見方が身につくため教育しないかぎり二人がこのまま負債としてついてくるのだろう。そう考えると頭が重い。


「今日はつかれたからもう休む」


 アルフォードはそう言い残すと夕食を食べずに寝室に転がりこんだ。


「しかし、非情に切り捨てれば良いものも結局連れて行くんですよね。御主人も甘いと言うか、お人好しと言うか……」


 その話を聞いた家令が言った。

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