第25話 西の大陸での魔導製品展開

 しばらくすると、ムーンレイク王国の使者と商業都市コルトレイクで会合を開き、かつてブレイズ王国の商業都市カサンドラで行った説明をすることになったので、じぃじとばぁばと共にコルトレイクに赴くと、商業ギルドの広間に案内され、そこで会合が開かれた。

 以前と同様、魔石を用いない魔導製品に限定し、魔導浄水装置やトイレに設置する魔導浄化装置、魔導排ガス処理装置、それから井戸に設置する魔導ポンプや水道の配管といった生活インフラのほか、魔導レンジや魔導冷蔵庫、魔導生ごみ処理機など、生活を豊かにする魔導製品を紹介すると、一様に好印象を得られた。少しでも商売に触れたことがあるものが随行していれば、魔導製品がもたらす恩恵と経済効果を理解するのは難しいことではなかったのだ。

 そのままスムーズに話が進むと思ったら、どうしても気になることがあるのか、使者の人が思い切ったようにして話を切り出した。


「北のエルフの方々とは交流がおありなのでしょうか」


 一通りの説明を受けた後、やはり気になるのか北のエルフとの関係について問われた。この間、若い男性エルフと会っただけでどう答えたものか考えていると、じぃじが答えた。


「北のエルフとは友好関係を結ぶ使者を送って了解を得ておる。魔導製品の提供による発展でなにか問われたら、東のフィスリールは綺麗好きと申すが良い。それで通じるわい」


 そんなじぃじの言葉に、いつの間にそんな根回しをしていたのか不思議に思ったけど、きっと気を利かせてくれたのだわ。

 それを聞いて安心したのか、具体的な受け渡しの場所の話に移った。


 東と西の大陸間に点在する島々を拠点として、拠点の間を結ぶ魔導運搬ドローンを使った物流基盤を構築したことを説明し、こちらの要望として港町ボルンに荷物を下ろす離発着地点を設けさせて欲しいと話した。魔導ドローンを一機、この場で一メートル四方の箱を持って離陸させて自動で運搬する様を見せると、使者の人たちは興奮しているようだった。


「無人で一年中運搬できるなど考えられない」

「この魔導ドローンを購入することはできないのでしょうか」


 ドローンの提供は特殊技術につき難しいことを話すと残念そうにしていたが、特に強い要望の声は出なかった。北のエルフではないにせよ、恐れを抱いているのだろう。

 場所の話に戻し、できれば港がいいと伝えた。将来的に人間同士での大型船を用いた直接取引が行われるようになることを見越して、港の新設が望ましいわ。


「しかし、新しい港を作るには時間と予算が……」


 場所さえ許可が得られればこちらで専用の港を作ることを伝えると、現在の港街に隣接する北側の土地を使う許可が得られた。思ったより広い敷地をもらえてしまったので、単なる離発着の広場としてだけでなく、拠点の島のように組み立て式の建物を建てられそうだわ。

 最後に、西の大陸の視察の話に移り、魔導運搬ドローン四機で2〜3人なら、こちらの港町ボルンと東の大陸の魔導都市キースの間で送迎できることを話すと、送迎の日時を一ヶ月後と決めて現地の人間と調整を約束した。


 ◇


 会合の後に指定された東の港町の北側の土地に来ると、さっそく魔導建機で土地を慣らしつつ、土の精霊にお願いして港湾に相応しい水深まで水面下の地面を直角に凹ませ、代わりに船着場となる波止場はとばとする部分を上昇させた。

 その後、上昇させた場所を魔導建機でたいらにし、新しい港の造成地を作りあげる。


「建物はあとでドローンを使って運搬した機材で建てるとして、今日はここまでね」


 船が行き来するのはずっと先のことだから、土地をたいらにするだけで、港まで作る必要はなかったんじゃと言われて後から気がついたけど、まあ、やってしまったものは仕方ないわよね!


「街の外壁っているのかしら」

「まあ、あるに越したことはなかろうの」


 人間の街じゃからの。そう付け加えたじぃじの言葉に、盗難の可能性を思い付いたけど、まあ、ほぼ無料で提供するわけだし、盗まれても魔導製品を使ってくれるなら、最終的に普及することに変わりないわ。そう思って、土の精霊に頼んで、一キロ四方の土地を申し訳程度に三メートル程度の土壁で囲いをたてた。


「今の私の土の精霊だと、これが限度だわ」


 そうして西の大陸の拠点となる土地の造成を終えると、島の拠点に戻っていった。限度といっても人間が一日でできる範囲を超越していたので、北側に突如出現した新しい港や土壁に、騒然となったと言う。


 ◇


 島にもある居住可能な建物と製品の格納庫ガレージを建て終わると、約束の一ヶ月後まで時間があったので、折角だからガーデニングでもしようかしらと、広場中央に魔導ポンプで噴水をたて、そこから花壇を設置して魔導スプリンクラーで水をやれるようにし、周りの土壁には蔦を這わせ、若い木々を植えて精霊により緑化促進を促した結果、ちょっとした庭園が出来上がっていた。

 一ヶ月後、港町ボルン北側に到着した視察団は、いつの間にかできていた港と庭園の様子に驚いていた。整然と舗装された道の両側には綺麗な花壇が設置されており、自動散水機スプリンクラーによって適量の水が撒かれては太陽の光を反射して虹を形成していた。

 そんな庭園を横目に十分くらい歩いて波止場の方に到着すると、せわしなく離発着するドローンの姿が見えた。海の沖合から一メートル四方の箱を格納庫ガレージに運び込んでは、箱を下ろして身軽になり再び海の沖合に向かって飛んでいくドローンの様子を見ると視察団の三人は絶句した。


「ありえない……」


 この時代、人ではなく機械的な何かが自動的に荷物を運搬して格納していく様は、オーバーテクノロジーに過ぎた。

 呆然としている査察団に気がついたのか、エルフの少女が話しかけてきた。


「中継点となる島まで数時間かかるので、トイレとか済ませますか?」


 頷いて庭園奥に建てられた建物に入ると、トイレの使い方を教えてくれた。尿は純水に分解され、糞は熱処理されて無臭の状態に処理されるそうだ。そして用が住んだ後は、洗面所に設置された蛇口を捻ると水が出て手を洗うことができ、排水は同様に純水まで分解されるとか。


「聞いたときは半信半疑でしたけど、実際に見ると凄まじいですね」


 聞くところによると、今から向かう東の大陸の魔導都市キースでは、人間の街でも普通に普及していると言う。

 覚悟を新たにして波止場の方に戻ると、下にいかだとなる木をつけた三メートル四方の箱状の荷台に、四方にドローンが浮かばせた乗り物に案内された。


「低空飛行で運びますので、もし落ちても海上に浮かびます」


 荷物は何度も運んでいるけど人間を運ぶのは初めてなので念のため、少女とその祖父母も並んで飛ぶそうだ。


「道中、手持ちぶたさでしょうから、魔導冷蔵庫に入れたウイスキーやワインなどどうぞ」


 同じように魔導レンジを使えば海産物を焼いたりして酒のさかなにできるそうだ。


「ウイスキーはドワーフさん用に作ったものなので、私や人間さんが飲むときは水で割るようにしてくださいね」


 その後、一通りのレクチャーを受けた後に海の沖合へと飛び立った。


「うめぇ! なんだこの果実酒ワインは!」

「なんの、このウイスキーも凄いぞ!」


 用意された酒は、ただただうまかった。しかも火を使わずに酒のさかなを熱して調理できる。東の大陸のエルフは我らの国の北に住むエルフとは別方向でやばかった。技術や文化の水準が違いすぎたのだ。

 その後、余裕を見て島を三ヶ所ほど経由した後、東の大陸の内陸に入り、山間部にある魔導都市キースに到着した査察団は、驚くほど発展した街並みに驚嘆していた。


「こんにちは。領主さん!」


 手を振るエルフの少女に、領主自らが、と言うより市民全体に歓迎されるように声を掛ける姿に、東の大陸では西の大陸のエルフと人間の関係とは全く別次元の交流があることを悟った。

 その後、街の住宅や宿屋、立ち並ぶ商会を見せてもらい、少女が言うように人間の街にも魔導製品が行き届いている様を視察した。山間部にあるとは思えぬ発展ぶりと、糞尿の匂いなどカケラもしない清潔な街並みに驚愕した。そして、水道インフラや付近の全く汚染されていない自然環境を見せられた。最後に、道中でも堪能したウイスキーの酒蔵も見せてもらい、大麦で作る酒も人間に研修を受けてもらうことで、人間自身の手で作れるようになったと説明を受けた。


「西の大陸の人間の国でも、こういう風な環境に優しい文明を築いてほしいの」


 さもないと……そこで一旦言葉を区切り、こちらに振り向くエルフの少女。そう遠くない未来で、西の大陸の人間の国は、東の大陸の人間の国に、圧倒的な国力差を背景に滅ぼされてしまうわ——


 続けて語られる、魔導製品を採用した東の大陸のブレイズ王国と、断ったガンドゥム王国の闘争の歴史とその成り行きに査察団は絶句する。


「私たちがもたらした魔導製品で、平穏に暮らしていた他の大陸の人間が機会チャンスを平等に与えられなかったというだけで、同じ人間に蹂躙されるのを見るのはしのびないの」


 真剣な目をして告げたエルフの少女の言葉に、査察団は自らの使命の大きさを悟った。


 ◇


 査察団の面々は査察で見聞きした内容を余すことなく宰相に報告した。そして、エルフの少女から聞いた東の大陸の歴史と顛末を合わせて報告した。


「凄まじいとしか言い様がない自らの語彙力ごいりょくのなさを恥じるばかりです」


 報告を受けた宰相は王に上奏し、後日、ムーンレイク王国の総力を上げて魔導製品の普及に取り組むことが決定されたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る