西の大陸の関係構築

第26話 需給バランスの崩壊

 西の大陸の港町に拠点を得られたことで魔導製品が供給できるようになり、こちらの国でも持続可能な文明が築けると喜んだのも束の間、フィスリールは東の大陸で魔導製品を開発した当初と同じ問題に突き当たっていた。


「そんなに一杯つくれないわよ……」


 ドワーフさんたちに筐体などの外郭部品を発注して分業化したとしても、コアとなる魔導ユニットはエルフにしか作れない。東の大陸の二倍の面積を持つ西の大陸でいつかは向き合わなければならない問題だったのだが、ムーンレイク王国が思っていた以上に魔導製品の普及に協力的であったため、需要に供給が追い付かなくなっていたのだ。

 そして、それを解決する方法も昔と同じであった。つまり、


「西の大陸のエルフに手伝ってもらうしかないのぅ」


 魔導製品の普及が、ここ港町ボルンや王都などの一部を除いて遅々として進まない状況を打開するには、地産地消、つまり西の大陸で消費するものは西の大陸のエルフやドワーフや人間で作っていくべきだということよ!


「じぃじ、西の大陸のエルフと友好関係が結べたって本当なの?」

「結んだ本人が言う台詞セリフではないのう」


 じぃじは、たまたま現地の言葉や文化を記録するために撮影していた私とグレイルさんのやり取りの一部始終を、友好関係を結んだ約定の証として、親書と共に西の大陸のエルフに送り付けたらしい。


「え~! そんなので大丈夫なの?」

「大丈夫じゃろ。それにわしの予想が確かなら」


 じぃじは庭園から港町ボルンに続く門口を見て一度言葉を区切ってつづけた。


「そろそろ、ここに来る頃じゃろうて——」


 ◇


 人間の街で魔導具の普及により急激な変化が起きている。その一報を聞いた長老衆は、何か良からぬことを企み始めたのかの確認にムーンレイク王国に使者を遣わし問い質したところ、東のフィスリールは綺麗好きと答えたという。


「未成年の女子おなごを里の外に出すなど普通ではないと思っておったが、これが、かの女子おなごの望みということかの」


 人里どころか、わざわざ海を越えてやってきているのだ。大人のエルフが幼子にそのような危険を冒すことを良しとするはずがない。つまり、幼子に強請ねだられて来たと想像するのは難しいことではなかった。


「しかし、人間の街に魔導具を普及させてどうするというのじゃ?」


 普及が遅々として進まない現時点では、視察団のように完成形を見ていない長老衆には全体像がつかめなかった。


「わっちが行って直接聞いてこようかの」


 かの女子おなごは港町ボルンの北側に拠点を構えて魔導具を卸しているという。であるならば、女子おなご為人ひととなりをより詳しく知るために様子を見てくるのも一興だろう。そういうコルティール婆に長老の一人が懸念を伝える。


「しかし、保護する者に警戒されんか?」

「警戒などされんわ! わざわざ、東のフィスリールは綺麗好きと伝えて誘っておるんじゃ!」


 そう、コルティール婆は笑いながら言い放った。人間が北にいるエルフから問い質されることを想定して伝えさせたのだ。当然、そこにはメッセージが含まれていた。


「なるほど、大体読めたわ」


 どうやら東のエルフは西のエルフにも幼子の手伝いをさせたいらしい。そして、直接要請しないからには、その判断は此方こちらに任せるということだ。

 だが、乗ってこないとは思っておるまい。大人のエルフならともかく、未成年のエルフの計画の穴を埋めてやるのも長じたエルフの務めじゃて。

 それに、乗ってこなかったとしても構わないのだろう。人間の発展が年経たエルフの時間間隔で多少遅れ、我らが幼子の印象をプラスに傾かせる機会チャンスを失うだけの話だ。つまり、


仲良すると言った手前、協力せんわけにもいかんわな」


 そう結論付けると長老衆は会合を閉じた。


 ◇


「これはどういうことじゃ?」


 久方ぶりに港町ボルンを訪れたコルティール婆は街の清潔さに驚いていた。

 エルフの鋭敏な嗅覚をもってしても、糞尿や生ごみなどの異臭を全く感じさせない。遠巻きに此方こちらを伺う人間も、以前とは違って親しみを感じさせる。人間がエルフの報復を記憶していようがいまいが、親しみなど向けてきたことなどコルティール婆の長いエルフ生でも一度もなかった。

 門番にフィスリールに会いに来たと告げ場所を聞くと、街の北側の区画に拠点を設けているそうだ。


 北に設置された門をくぐると、そこには花咲く庭園が広がっていた。綺麗に舗装された道の両脇に精霊たちがいこう花壇が設けられ、自動噴水機で適度な水が撒かれて虹を描いている。

 その奥に穏やかな精霊が宿る木々が等間隔で植えられ木漏れ日が差していた。中央に進むと水の精霊が躍る噴水が設置されており、魔石を利用して精霊を使役して実現していることが感じ取れる。


「よい趣味をしておるの」


 ふと海側を向くと、沖合から飛翔体がガレージに荷を運んでいるのが遠くに見えた。魔力を飛ばすと定常状態にある魔石の反響が感じとれるところをみると、あれらも魔石を利用した魔導具のたぐいということが窺い知れた。自動離発着して荷物を運ぶ様は、コルティール婆をして驚かせるものである。


「ありえんわ」


 あれほど精巧な金属のからくり、ドワーフにしか作れまい。それが数多あまた飛んでいるのだ。つまり、かの女子おなごはドワーフとも密な親交を持っているということだ。

 さらに道を奥にいくと簡素な建物が見え、その前に金髪碧眼のエルフの男女に守られるように碧眼紫銀の少女が佇み、こちらに手を振っているのが見えた。


 ◇


「はじめましてかの。わしはカイル、こちらが嫁のファール、そして孫娘のフィスリールじゃ」

「わっちは北の森の里に住むコルティールじゃ! よしなにの」


 じぃじと挨拶するコルティールさんは、なんだかじぃじと同じ雰囲気を感じさせた。きっと、かなりの先達エルフなのだろう。

 そう思い、ばぁばに続けて私は親しみを込めた挨拶をした。


「こんにちは! コルティールお婆ちゃん!」

「ぐっ……」


 変なうめき声が聞こえたけど、一人で来られて疲れたのかもしれないわ。そう思って、家の中に案内してお茶とクッキーを勧めた。


「春一番に摘んだファーストフラッシュのお茶と先ほど焼いたクッキーです!」


 旅の疲れが取れると嬉しいです、そう言って自分もお茶とクッキーを食べて見せる。若葉のようにみずみずしい風味とクッキーのほろ甘い味が口に広がった。


「ありがとよ、うまかった」


 そんなコルティールお婆ちゃんの言葉に私は微笑んだ。


 ◇


 お婆ちゃん、かい。気立てがよく、その人柄は庭園の隅々まで行き渡る穏やかな精霊たちが全身で証明している。こりゃグレイルが一発でおちるのも無理はない。

 それにしても、と、隣に控えるカイルという老エルフに目を向けると、碧眼の瞳の奥に老成した叡智を感じさせた。なるほど、こりゃ手強い。ここにわっちが来るまで全て想定の範囲内かい。それでいて……


「じぃじ! 美味しいって!」


 喜ぶ孫娘の頭を撫でるその姿は、好々爺のじじいそのものだった。となれば、腹の探り合いは時間の無駄か。

 そう判断したコルティール婆は、


「で、わっちらに何を手伝って欲しいんだい?」


 と、自分と同じ目を持つカイル直截ちょくさいに切り出した。


 ◇


(期待通り——いや、期待以上に切れる婆さんだ)


 カイルは、コルティールの思考を正確に読み取って舌を巻いていた。話が早くて助かるが、先方同様、ここで腹の探り合いをしても時間の無駄というもの。であれば、


「孫娘が、この星に住まう全ての者の持続的繁栄を望んでおってのぅ。その為には、森林資源を伐採したり石炭を燃やすことで得るエネルギーを魔石や魔素エネルギーで代替させたり、人間の人口爆発による海や河川の水質汚濁や、需要増によるドワーフの鉱工業による大気汚染も、魔素を利用した魔導具で除去させる持続サイクルに誘導する必要があるそうじゃ」


 そう一息に説明し、魔導人工衛星で得られた世界地図を婆さんに渡した。


「本気、いや正気かい?」


 間を置かず問い質すコルティールさんに、本気じゃなければ、短命種であるが故に愚かなままの人間に大気や水を浄化する魔導製品を開発して提供したりせんじゃろうし、四十の歳でドワーフ向けのウイスキーを二十年もかけてまで鉱毒汚染を翻意させようとせんじゃろうし、ましてや未成年でありながら世界地図を作って海を越えて別の大陸の人間にまで広めようとせんじゃろ、と過去の凡例を一つずつ挙げていき、


「わしらの孫娘は優しいからのぅ」


 最後にそう締め括り、カイルは自分と同じ目を持つコルティール婆を静かに見返した。

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