第24話 西の大陸の分析と今後の方針

 あのあと市場を回ったフィスリールは、東の大陸と比べて流通している品物にほとんど差がないことに気が付いた。動植物も気候もほぼ同じで言葉すら同じ近い大陸。

 多分、少し前まで地続きだったんだわ。でないと、言葉が同じことが説明できない。なまりすらほとんど感じられないのは、東の大陸と同じく長い時を生きるエルフの言語だから、大陸が二つに別れてもそれほど代を重ねていないと推測できる。


「同じ起源ルーツを持つのなら、仲良くしていけるのではないかしら」

「仲良くはできるじゃろうが、窓口も定かではない以上、拠点が必要じゃの」


 対話なくして融和無し。でも拠点が必要といっても森一帯は西の大陸のエルフの領域でしょう。ということは、人間の街に商会の拠点でも設けるしかないのかしら。そう思って回りを見回すと、私たちを遠巻きにする人間たちの目に気が付く。


「どうも、人間さんたちは私たちを怖がっているように感じるのだけど気のせいかしら」

「気のせいではないわね。精霊が人間の恐怖を伝えてくるわ」


 ばぁばが即答して続けた。多分、こちらの大陸でも東の大陸のように数百年周期でエルフの子供に手を出したに違いないと。そうなると、人間の街で商店を開くのは難しいのかしら。怖いエルフが営む店に来ようとは思わないわよね。


「こちらの国でも上意下達じょういげだつが望ましいじゃろう」


 つまり国の王に使者を出して魔道製品をトップダウンで普及させるということだ。色よい返答がくれば、以前と同様に商業都市などで説明をして受け渡し場所を用意させればよいし、拒否するなら現王朝が滅びて次の王朝が立つまで先延ばしでよい。

 これなら、西の大陸のエルフとの対話の進捗に関わらず、人間との交渉を並列して進めることができる。そして、


「東の大陸の王国から共同で使者を立ててもよかろう」


 西の大陸のエルフの評判が悪くても東の大陸はそうではないのだ。実体験を交えて普及を推奨する親書を送ってもらうように働きかけることは可能だろう。

 そう結論付けると、西の大陸への初訪問を終えた。


 ◇


 西の大陸の人間の国に使者を送るため、カイルは長老会でかの地の様子を報告していた。西の大陸までの到達経路と、その中継地点にある島での魔導運搬ドローンの物流能力を口頭で説明した後、現地の異なる言語体系を記録するつもりでたまたま撮影していた記録映像を流しながら、東の大陸と言語も同じで似通った文化であることを話していた。


 <「私たちは海を超えた別の大陸から来たんだけど、この大陸のエルフと争うつもりはないから、仲良くしてね」>

 <「わ、わかった。超仲良くする」>


 そんな人間の港町で、フィスリールが仲良くしてくれるよう、現地の若いエルフに話す様子が流れていた。


「ほう……超、仲良くしてくれるんかい」

「これは西の大陸のエルフの長老どもに送っておくべきじゃのぅ」


 冗談ならともかく、エルフは一度約束したことをそう簡単には違えない。なぜなら、長い年月を生きるエルフにとって、約束を違えることは心のしこりとして想像もつかないほど長く残る事を経験則で知っているからだ。

 例えば数百歳の時に約束を違えたことを数千年経っても覚えている以上、その数千年の間、たった一度違えた約束のことを気に病み続ける。そんなのは御免だった。

 ひるがえって、こんな幼い者同士の口約束であっても……いや、幼い者同士でしか交わせない裏表なき約束を、長じたエルフが見たとしたら——


「まともな老エルフなら未熟な者に遠い未来まで残るしこりを残せまい」

「しかしカイルよ、こちらも西の大陸のエルフとは争えなくなったぞい」


 そんな言葉にカイルは、元々、争うつもりもないし、同じ言葉と価値観を持つ者同士で痛くもない腹を何千年も探り合うよりは建設的だと話した。何より、孫娘が交わした約束であれば是非もなし。


「では、“約定に基づき西の大陸のエルフと東の大陸のエルフは友好関係を結ぶものとする“といった堅苦しい親書とともに映像記録の写しを送るとしようかの」


 人が悪い、いやエルフが悪いやつじゃと含み笑う長老衆だった。


「それはいいとして、向こうの人間の国に使者を送る際にブレイズ王国から使者を出させるよりは、向こうの人間にこちらの人間の都市を見せた方が早いのではないか?」

「論より証拠じゃな。確かに、その方が説得力はあろう」

「では、西の大陸の人間の国に送る親書の内容はそれで行こうかの」


 そう、結論付けると、長老衆は会合を閉じた。


 ◇


 しばらくして、西の大陸のムーンレイク王国に東の大陸のエルフから親書が届いた。エルフから人間に対して、魔導製品による大気や水の浄化や生活環境改善の手助けを申し出ようという内容に疑心暗鬼になっていた。

 なんでもエルフィール商会として商業ギルドに登録したので、商業都市で一通り説明することも可能だとか。また、製品が広く普及した西の大陸の人間の暮らしぶりを視察してはどうかともあった。


「宰相、どう思うか?」


 ムーンレイク王国の国王、データム3世が問うと、


「どうやら北のエルフとは関係がないようですし、先方の大陸の人間の都市も視察できるのであれば、ここは受諾するのが得策かと」


 宰相のアムールが答えた。ただでさえ優れた種族であるエルフが、海上を飛行して横断できる技術で以ってムーンレイクを訪れているのだ。わざわざ人間を相手に策をろうするような真似はすまい。


「そうだな。だとすればプラスでしかないのだから、基本的に申し出を受け入れる方向で宰相に一任する」

「はっ! かしこまりました。」


 宰相は商業都市での会合の日取りと場所を使者に伝え、合わせて、それに関わる許可証の類を渡した。また、基本的に申し出を受け入れる方向で、視察の段取りを合わせて使者に依頼した。


「これでエルフと友好関係が築けるのであれば安いものよ」


 ムーンレイク王国では、いまだ同胞を害された場合のエルフの苛烈な報復の記憶が消えていなかった。


 ◇


 同じ頃、北のエルフの里にも東の大陸に住むエルフの使者が訪れていた。エルフの使者は長老会に宛てた親書と共に魔導映像再生機一式を渡し、再生機の使い方を教えると去っていったという。

 再生機の魔道具に驚きながらも、その内容の方に長老会の面々は頭を抱えた。


 <「私たちは海を超えた別の大陸から来たんだけど、この大陸のエルフと争うつもりはないから、仲良くしてね」>

 <「わ、わかった。超仲良くする」>


「なにが仲良くするじゃ……スカタンめ」

「まあそう言うなコルティ、ほれ、これを見てみよ」


 <「私が作ったクッキーなの、よかったら食べてね!」>

 <「あ、ありがとう」>


 少し戻した映像の中で、リボンで包装された可愛らしい包みを、手を取りながら渡す美しい少女に、真っ赤になってどもるグレイルの姿が映し出された。


「な、こんなの仲良くするしかないじゃろ」

「それにしても、このグレイルの余裕のなさよ」

「確かにテイルの教えを真面目に聞いておくべきじゃったな!」


 そういってワッハッハッと笑う西の大陸のエルフの長老衆。

 未成年の少女のけがれなき真心と優しさに振り回される成人したばかりの若い男子など、どこのエルフの恋物語フィクションだ。この果報者め。


「“約定に基づき西の大陸のエルフと東の大陸のエルフは友好関係を結ぶものとする“、か。全くもって東の大陸のエルフの長老たちは機知ウィットに富んでおるわい」

内容えいぞうがこれではの。笑うしかあるまい」


 しかし……と、映像に映し出される碧眼の瞳に紫銀の髪の少女が浮かべる花がほころぶような笑顔を見てこぼす。


「約定の価値は十分以上」


 西の大陸のエルフの長老衆はそう結論付けて会合を閉じた。

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