第四章 5



自分はとある王家の血を引くが、同時に魔獣の血も引いている。

母が人と魔獣とのハーフだったからだ。

そのため内包する魔力も身体能力も人間とはケタ違いで、子供のうちこそ感心されるだけで済んだが、成長するにつれ危険視されるようになった。

父は一応必要な教育を施す手配はしたが、自分に興味がないことはわかっていた。

聴力も発達していたから聞かなくていいことまで良く聞こえて、やがてこんなものはただの雑音だ、風のに混ざる雑音だと断じて心を閉ざした。


成人して国を出て、旅先でライオスに出会った。

彼ら一行は野獣の群れに襲われ、あまりの数の多さに護衛が対応しきれていなかった。

目の前で死なれても寝覚めが悪いので助けたら、

「このまま護衛として国まで帯同してくれないか?」

と言ってきた。

「君も旅の途中なのだろう?報酬付きの行き先が増えたと思えばいい、おまけに路銀はこちら持ちだ、おトクだろう?」とも。

面白い男だと思った。

ヤツの祖国ナディルに着くと滞在を勧められ、そのまま自分の護衛官として仕える気はないかと言われた。

面白い男だが“こいつもどうせ自分の出自を知れば態度が変わるだろう“と行きがけの駄賃に洗いざらい祖国での事諸々をぶちまけるとライオスは一瞬眉根を寄せた後、

「ならば君は余計、私の側にいるべきだ」と言ってのけた。

「は?何言ってんだ、ちゃんと聞いてたか?俺は」

「母方から魔獣の血を受け継いだ王子様、だろう?」

「王子じゃない、ヤツは俺を息子だなんて思ってない」

「だが君の存在は公にされている。非嫡出子とはいえ王宮内で育てられていた期間があるわけだからね。この先君を担ぎ上げる者が一人もいない、と断言できるかい?」

「っ!それは、」

「いない筈がない、と僕が断言しよう。どんなアホでもカスでもブサイクでも、担ぎ上げようとする奴は必ずいる。おまけに君は腕が立つ上頭が切れて見目も良いときてる、見逃される筈がない」

「__っ、」

「もう一つ。担ぎ出されるだけならまだマシだ、もし戦争が起こり、王家が兵を出す事になったとしよう。兵を率いる大将は身分高い者ほど箔がつく。だが王家はそんな危険地帯に世継ぎを出したくないし自分が出るのも真っ平ごめんだと思っている。そんな時に白羽の矢が立つのは誰だ?」

「!!」

「だが、その時もし君が既に他国の軍に正式に籍を置いてたらどうだ?しかも王族にほど近い身分の者に仕えてると言ったら?奴らは、何も言えなくなる」

「…………」

「君に救ってもらった命だ、君も僕を思う存分利用するといい。__君が心を通じあえる誰かに出会えるまでね」

そうして、俺はライオスの従者になった。


ライオスはとにかく行動する男だった。そのライオスと共にいる自分もあちこちに旅をし、色々なものを見たし、色々な人間を見た。

だが、心を通じ合わせるような相手はいなかった。

そんな日々の中、カイルの出生地である国から何かゴタゴタでもあったのだろう、自分の帰国要請とレジェンディアに聖竜の乙女が出現したとの報がほぼ同時にナディルにもたらされた。

「チャンスだぞカイル!」

このしらせに、ライオスは叫んだ。

「は?何が?」

俺が胡乱げに返すと、

「レジェンディアに向かうぞカイル!」

と答えになっていない返しがきた。

「レジェンディア?」

「そうだ。お前の故郷も私たちがレジェンディアにいるとなれば手出しはできまい。それにな、聖竜の加護を持つ乙女ならばお前との相性も悪くないと思うぞ?一度会ってみるといい」

そう言われて来てはみたものの、レジェンディアの王子達の態度もとても好意的とは言えなかった。

その聖竜の乙女とやらにも会わせてもらえるかどうか___だがライオスも、「すまない、私は直ぐに帰国する。あの国と緊張状態になってるようだ。私の国が弱小であるがゆえにこれ以上お前を庇いきれるかがわからない。落ち着くまでお前はこの国に預けることにする。もちろん落ち着いた後どうするかはお前の自由だ」そう言って一人帰国してしまった。


だから、城の外れにいる時に声をかけられて驚いた。

気配を感じさせないのにも驚いたが、敵意も悪意も恐怖もない。

あの王子の婚約者、だよな?

最初見た時と随分イメージが違うが、この城にもライオスのような人間がいるのだと少しだけ安堵した。

それから、その金色の少女には何度か出会でくわしたがその度に屈託なく話しかけられ、少しずつ会話するようになった。




その日は城に預けられている間は“騎士団の訓練に出る以外は好きにしていい“と言われていたので街に出てみた。

「賑わってるものだな……」

ナディルとも自分の祖国とも違い、平和で幸福な街並み。

人の数も店の種類も桁違いに多い。

流石は大国といったところか……ついでに自分の容姿を奇異だと思う人間もいないようだ、ライオスがここに自分を寄越した理由が何となくわかった気がした。


気の向くまま、興味を惹かれるまま足を向けて散策している最中、ふいに不穏な気配を感じてそちらへ目をやる。


と、


目元以外はフードで覆った男と目が合った。

そいつは不意と目を逸らし、共にいた男たちに合図して早足でその場を去って行く。

ごく自然に街並みに溶け込んでいるように見えるがカイルには通じない、あれはプロの集団だ。

暗殺か 拉致か__、いずれにせよ剣呑な事を今から実行しようとしている。

そう確信するが自分は今この街の警護を任されているわけでも、この国の兵でもない、ただの騎士見習いだ。

ここで下手に騒ぎを起こして不穏分子扱いされたらたまったものではないし、下手に自分の能力を見せびらかすのも得策ではないと感じ見逃す事にした。

が、次に聞こえた悲鳴に凍り付く。

「きゃっ……」

一瞬だけ聞こえた声は自分以外捉えられなかったろう、直ぐに途切れた。

おそらくは口を布か何かで塞がれたか気を失わせるかされたのだろう__だが、あの声は。


あの、金色の娘だ……!


確信すると同時にカイルは走り出した。







裏通りには近付かず、人の多い表通りをお忍びで散策していたアリスティアはある店の軒先から伸びてきた手に一瞬で店内に引き摺り込まれた。

「っ……!」

これには流石にアリスティアも、少し離れて付いていた護衛も反応が遅れた。

まさか店一軒を丸ごと占拠して普通に開いている店を装って通りかかるのを待ち構えている輩がいるとは。

いきなり抱えこまれて驚いたが、相手は腕で覆うように口元を抑えるのを優先してたので、

手を縛ろうと近づいてきた男の手はピリ、と痛みが走り縄を取り落とし、「何やってやがる!」とがなった自分を拘束している男は次の瞬間目元に火花が散って、「ぐわぁ?!」と目を覆った。

当然アリスティアは解放されるが、周囲を五人の男が固めていた。

(全部で七人か……)

弱めに雷撃を放って二人を戦闘不能にしたアリスティアは、冷静に次はどうしようか考える。

が、ふいに目の前の男が吹っ飛んだ。

「っ?!」

次いで横の男が膝から崩れ落ちるように倒れ、反対側の男も__以下同文。

一瞬で全員が口から泡を吹いて倒れていた。

そしてその背後に立っていたのは、カイルだった。







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