第四章 6
「なんで王子の婚約者が、一人でふらふらしてるんだ?」
「許可は得てたし護衛も付いてたんだけど__まさか元々ある店を占拠して店員とすり替わって待ち構えてるとは思わなかったの」
「……ふーん?で、その護衛はどうした?」
カイルの言葉と同時に、
「姫様!ご無事ですかっ?!」
護衛の二人が飛び込んできた。
「二人だけか?」
「誰だ貴様はっ?!」
「この国の騎士見習いだ」
「見習いだと……?」
眉根を寄せた護衛は室内を見渡す。
全員綺麗に昏倒してるのを見て、
「これはお前が?この腕で騎士見習いだと……?」
「うち二人はこっちのお姫様だ」
「えっ……」
護衛騎士はさらに仰天するが、
「?(こいつが戦えるのを)知ってるから護衛が二人(だけ)なんじゃないのか?」
「何を言ってるのだ貴様はっ!姫様の護衛が二人だけなわけがなかろうっ!あと二人は裏にまわっておるのだ!」
「あぁ、それで気配がうろちょろしてるのか」
まるで目の前にみえているかのように裏手に視線をやるカイルに只ならぬものを感じたのだろう、
「き、貴様さては騎士見習いなどでなく他国の間諜の類であろうっ!」
「彼はナディル準公主様から殿下に預けられている方なの」
アリスティアがごく自然に割って入る。
「なんと?!誠ですか姫様……?」
「えぇ。殿下からお聞きしているわ、立場は騎士見習いだけれど護衛候補だそうよ」
「そ、そうでしたか……まことに失礼した。姫様を助けていただき感謝申し上げる」
護衛は剣を納め、カイルに頭を下げた。
同時に〝伝魔法〟でそれを伝えていたらしく他の護衛達も合流した。
「ナディルの方でしたか!これだけ腕のある方を寄越してくださるとは……!」
「心強い事ですな、姫様の護衛はこの先益々増強されてゆく事でしょうし」
賊たちを拘束しながら護衛たちはカイルに朗らかに話しかける。
当のカイルは“ナディル出身”という
「……こいつらはあんたが戦えるってこと知らないのか」
小声で話し掛けた。
「……公に出来ない事情があるのよ」
アリスティアも同じく小さな声で答え、一向は城へと戻った。
この報告を受けたアルフレッドは「そうか、わかった」とだけ答え、報告した侍従が帰って行くと「あ〜もう!面白くないっ!!」と盛大に喚いた。
腕が立つのは認める。
心根も悪い奴ではないのだろう。
見映えもするし、どちらかといえば王宮近衛やドラゴン騎士団向けの容姿だろう___なのに、能力が実戦向きで、おまけにアリスティアと相性が良い。
ここ最近の報告で、城の中庭や外れで時折会話したり日向ぼっこをしていると上がってきていた。
話すといってもそれほど長くはないし、常に周囲に誰かがいるのだから二人きりではないが、「____腹立つ」自分と距離を縮めるのにあれだけ時間がかかったアリスティアとあっという間に距離を縮めた事にも、このままいけば護衛として正式に取り立てる事になるだろう青年がやけに容姿端麗なのも。
それから、
「
ライオスの思惑が読み切れない事にも、アルフレッドは苛立っていた。
一方、「危ないから当分外出禁止」を言い渡されたアリスティアも少々ご機嫌斜めだった。
「じゃあ実家に戻ります」
と言えば、
「それだとメイデン領を危険に晒す事になるけどいいの?」
と返され、ジュリアの家でも同様に巻き込んでしまうかもしれない事を考えれば出て行く事も出来ず、〝伝魔法〟でジュリアに愚痴っていた。
ジュリアはすぐさま反応し、「お城まで会いに行くわ」と言ってくれた。
それに気を良くしたものの「近日新たな護衛を選任するので私にも立ち会ってほしい」とのメッセージを受け取りまた気分が下がった。
そこへ、
「浮かない顔だな」
とカイルが顔を出した。
「……ちょっとね。護衛を付けてくれるのはありがたいんだけど……」
「だろうな」
すぐ通じるのが有り難い。
「なら、ちょっと散歩しないか?」
護衛はもうカイルの事を知っているので、
「少し外を歩いて来る、城外には出ない」
とのカイルの言に頷くだけで出してくれたので連れ立って庭園に向かった。
カイルは既に護衛同様に認識されているようだ。
周囲に姿は認識できても声は聞こえない範囲まで来てカイルは切り出した。
「あんたに話しておきたい事があるんだ」
と。
「俺は、魔獣の血を引いてる。母さんがハーフだったんだ。魔獣と、人との」
魔獣には人型をとる者もいるから、時折人間と情を交わす事もある事は知っている。
「そうなんですか___あ」
「は?」
てっきり引くと思ってたのに、軽く流された上に妙な声を発したアリスティアにカイルも頓狂な声を上げる。
「もしかして、異常に目や耳がいいのってそのせいですか?」
「そうだけど?」
「なるほど……前々から気になってたんですよね、魔法を発動してる気配がないのになんでだろうって」
「気にするとこはそこなのか……?」
「え?えーーと、お母様はどんな方だったのかお聞きしても?」
「……普通、“どんな魔獣だったか”て聞くもんなんだけどな」
「人間とのハーフって魔獣とは言わないと思いますけど?」
「ははっ……、」
ここでカイルが屈託なく笑ったのでアリスティアは驚く。
まるで少年のようだ。
「カイルって、何才なんですか?」
「二十四だ。あんたは?」
「十六です」
「その年でほんとに肝が据わってるなあんた。言うの躊躇ってたこっちが馬鹿みたいだ」
「ナディル準公主はご存知なんでしょう?」
「ああ、俺を雇いたいって言ってきた時に話した。確かに俺は身体能力が高いがそれは魔獣の血が混じってるせいだ。言っておかないとフェアじゃないと思ってな」
「潔いですね」
「いいや?これを教えれば雇うおうなんて気無くすと思ったんだけどな。ライオスは、あいつはほんとに変わってる」
出自を知ったうえで“存分に利用しろ”なんて言ってくるとは。
「では、何故私に?」
「あんたには、言っておきたくなったからだ。__あと、母親の事は覚えてない。俺を産んで数年で亡くなった。覚えてるのは、」
「覚えてるのは?」
そう促すアリスティアをカイルはじっと見つめる。
「あんたにならいいか」
「?…っ、わっ…?!」
音もなく至近距離に迫ったカイルにふわりと抱き上げられたかと思うと、次の瞬間には目の前に森が広がっていた。
「え」
(転移した……?!)
固まるアリスティアに、
「転移した訳じゃない、これが俺が母親から受け継いだ能力、“神速”だ。“神より速く番いの元に馳せ参じる”、そんな想いが込められてるらしい」
「瞬足移動って、事ですか?お母様は一体……」
「母の父は“虎”系の魔獣だったらしい。俺も詳しくは知らないが……」
「情の深い方だったんですね」
「…………」
目を見張るカイルに何か不味い事を言ったかと目で問えば、
「いや。……いちいち驚いてるのが馬鹿らしくなってきたな と思って。そうだ、虎の魔獣は情が深い。番いを見つけたら離さない」
それはちょっと怖いが見つけた“番い”を何より大事にするのは良い事だと思う。
あれ?そういえば、
「ここ、どこですか?」
「ああ、城の裏手に広がっている森だ。あんたは好きかと思って」
「城内にこんな所があったんですか……」
アリスティアは改めて広大な森を見渡す。
木々が勝手に伸びていて、城内にしては人の手が入っていない。
というより、半ば放置されている?
「でかい城ってのはほんと無駄なスペースが多いよな。そのせいで目が行き届かない忘れられた場所が多過ぎる。ここも大方その一つだろ」
「いいや?ここは忘れられた場所なんかじゃない、
突如割って入った声は聞き慣れたものだったが、声音が恐ろしく低かった。
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