第四章 4



アルフレッド達がやって来たのはそんなヒロイン云々の会話が一段落した頃だ。

「邪魔するね、アリス」

というアルフレッドを筆頭にアッシュバルト、ギルバートが続く。

「えぇと、アッシュバルト様これは?」

ミリディアナの問いに、

「ああ女性同士の憩いの場を邪魔してすまない。こちらはナディル公国準公主ライオス殿だ。メイデン嬢、君とアルフレッドの婚約祝いにいらしたそうだ」

「え?」

「おお貴女が、セイラ妃殿下のメッセージを受け取りこの国を災厄から救ったというアリスティア様……!この度はアルフレッド王子殿下とのご婚約、心よりお祝い申し上げる」

恭しく手を取って跪かんばかりの様子に面食らう。

目でアルフレッドにどういう事か訊ねると、

「以前トラメキア絡みで話した事があったでしょ?“花嫁攫い”__ナディル公主、当時のナディル王国はその被害の代表国だよ」

「あぁ……」

そう言えば聞いたっけ、当時のトラメキアは花嫁攫いの国だったと。

「えぇ。王国最後の王女の亡骸はトラメキアの他の側室と共に葬られ、二度と祖国に戻る事叶わぬと当時のナディル公は嘆き哀しんでおられたと聞きます。それをセイラ妃殿下が思いがけず当時の皇帝に進言し取り戻して下さった。我が国はどれだけ救われた事か」

「そう、だったんですか……」

ほんとに信者多いな、セイラ妃殿下。

後世に名を残しすぎでは?

「他人の婚約者に近すぎだよ、ライオス殿」

アルフレッドが割って入る。

「!失礼した、お許しを。アルフレッド殿下、皆さまにも。ご令嬢がたの歓談を邪魔して申し訳ない」

「いいえ。ナディル王国の悲劇については聞き及んでおりますもの、お久しぶりですわねライオス準公主様」

「ご無沙汰しておりますシュタイン公爵令嬢、この度は学園のご卒業おめでとうございます」

「ありがとうございます。でも、卒業したのは私だけではありませんのよ?」

「これは……!一本取られましたな、流石は未来の国母たるお方にございますな」

如才なく笑うライオスに「なんだかなぁ…」という感想をアリスティアは抱く。


ナディルは王国を返上して公国を名乗って長い。

長い故に公主一族も庶民的だと習っていたが、受けた印象は”いかにも王族らしい“だ。

セイラ妃殿下信者なら、敵ではないんだろうけど。

それに、ライオスなる人物の背後に控えている従者らしい青年に目が行く。

端正な顔立ちで線も細いのに、佇まいは野生の獣のようだ。


アリスティアが感じた違和感はアルフレッドも感じたらしく、その後の執務室で、

「なーーんか、気にいらないなぁ」

とごちていた。

「……確かにな」

今度はアッシュバルトも頷く。

ライオスの目的が一つではなかったからだ。

彼が従者として連れてきたカイルという青年は彼の国での立場が微妙になりつつあるそうで、「彼の実力を見て、もし良ければこの国の騎士として取り立てて欲しい」と言ってきたのだ。

高貴な人物の落とし胤でありながら不遇を舐めているというのなら吝かではないが、強引すぎではないか?

「ど〜考えても、婚約祝いが名目でこっちが本命って気がするね。勿論腕が立って信用できる人物なら護衛に欲しいとこだけど」

メイデン領にもアリスティア本人にも大量に護衛を割く必要がある。

出し惜しみをする気はないが、使える人材は限られる。

「まぁ、とにかく様子を見る事にするか。ライオス本人は直ぐに帰るっていうし、使えないと判断したら送り返してくれたらいいとも言ってるからね」

「……そうだな。ギルバート、くれぐれも彼から目を離さないように」

「ティアに危害を加えそうになったら問答無用で斬り捨てちゃっていいから」

淡々と命令を降す王子二人にギルバートは、

「御意」

とだけ騎士の礼で答えた。


そんな会話を当のカイルは聴くともなしに聴いていた。

風音や鳥の羽搏きと同じように。

城中の外れも外れ、人気はないが陽当たりの良い場所で鳥やリスが自分の肩や腕に止まったりよじ登ってくるままにしながら広大な城を見上げる。

「ここも、同じか……」

声音にはやや落胆が感じられるものの表情には全く出ていない。

そこへ、「大丈夫ですか?」と背後から声が掛かった。

「っ!」

凄い勢いで振り返ったカイルの体から動物達が一斉に飛び立ち、それには声をかけたアリスティアが驚く。

この場面で咄嗟に従者の仮面を被れなかったカイルは、

「あんた、確かあの王子の許婚の……」

うっかり素の口調で喋ってしまった。


が、相手はそれが気にならないようで、

「私はアリスティア・メイデンと申します」

と挨拶してきた。

咄嗟に名前が出ない無礼も気にならないらしい。

相手が名乗った以上、自分も名乗らないわけにもいかず、

「……カイルだ」

とぶっきらぼうに告げる。

「ナディル準公主の従者の方ですよね?」

「そうだ。今はここの王子預かりだがな」

「そう、なのですか……?」

アルフレッドから事情を聞かされていないアリスティアには訳がわからず曖昧に頷くが、今度はカイルの方から質問が飛んだ。

「あんた、何者なんだ」

「はい?」

「近寄ってくる気配が全然しなかった」

(あ、つい いつもの癖で“同化”発動させながら近づいちゃった……だから一瞬殺気放たれたのか)

「……沢山の動物に囲まれてましたので、刺激しないように近付いた方が良いかと思ったのですが。すみません、結局皆飛び立っちゃいましたね?」

あまりに動物にされるままになってるので、具合が悪くなって動けなくなってるんじゃないかと思って声を掛けたのだが、ただ戯れてただけだったらしい。

申し訳ないことをした。

「それはあんたのせいじゃない、俺が急に殺気を放ったからだ」

一瞬ではあるが確かに放ったのだ、殺気を。

なのに目の前の少女が全く気にしてないらしい事にカイルは困惑する。

おまけに、

「動物、好きなんですね?」

などと恐れげなく質問してくる。

なんなんだこいつは?

ここの王子の婚約者ってことはこの女もどこかのお姫様なんだろうに。

「別に。寄ってくるからほっといてるだけだ。__人間より楽だからな」

暗に「だからもう行け」と促したつもりの言葉に、

「モフモフしてますしね」

と真顔で返され、今度こそ「は?」と思い切り柄の悪い輩の声音に戻ってしまった。

せっかくライオスの従者になってからは抑えてきたというのに。


そんなカイルの葛藤を歯牙にもかけず、アリスティアは会話を続ける。

なんだか楽しくなってきてしまったのだ、この猫を被った野性味溢れる青年との会話が。

これがこの人の素なのだろうから気にはならない。

アリスティアはその人がその他人ひとらしくない、或いはいられないという状態が嫌いだ。

__他人でも、自分でも。

「動物はモフモフして可愛いけど人間__特に敵意や悪意を背負った人間なんて可愛さ皆無な上鬱陶しくて仕方ないですもんね?」

「…………あんた、お姫様だろ?」

「いいえ?王子の婚約者ではありますけど、ただの伯爵令嬢です。その伯爵家も男爵から陞爵されたばかりで、おまけに私は庶子です」

「そう、なのか?俺はてっきり……」

「てっきり?」

「生まれつきのお姫様かと思ってた」

まあ、生まれつきのヒロインではありますが。

「俺と同じだな」

「同じ?」

「俺も庶子だ。故郷にいられなくてライオスに保護されて取り立ててもらって、今はここの王子に預けられてる。わかるか?お家事情ってヤツだ」

「わかります。私も、九歳で引き取られるまで父の名前すら知りませんでしたから」

「そうか……」

そこへアリスティアを探す声が風に混ざって聴こえてきた為、

「城の連中があんたを探してるみたいだ、じゃあな」

カイルは音もなく立ち上がり、その場を去ってしまう。

残されたアリスティアは「探す、声……?」と不思議そうに呟いた。

自分には、何も聞こえない。

いつもなら相手より自分が先に気付く筈なのに。

彼特有の魔法か何かだろうか?発動の気配はしなかったが。

首を傾げつつ、アリスティアは城へと戻って行った。



「ヘンな、女だったな……」

九歳まで庶子だったと言っていたが、育ちが粗野だったと思えるところは微塵もなく、所作の一つひとつに育ちの良さが窺えた。

加えて爪先まで手入れの行き届いた肌に陽を浴びて光り輝く金色の髪。

「あれでお姫様じゃないとか、見た目詐欺すぎるだろ」

そうごちた顔はいつになく楽しそうで、口元には知らず笑みを浮かべていた。

最初は警戒していたのに、殺気も放ったというのに__あの女は脅えることも態度を変える事もなく、おまけに敬語を使われなくても気にしない。

むしろこちらに合わせてくる。

「王族の婚約者で、あんな女もいるんだな……」


彼女なら、自分の出自を知っても、もしかしたら変わらないかもしれない。


少しだけ、そう思った。





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