21.「再会」

 あれから二週間が経ち、あなたは退院した。


 主治医曰く、凡そ人間とは思えない回復力だったそうだ。あなたは曖昧な笑みを浮かべ、適当に話を合わせた。人間でないのは事実である。


 やるべきことは山積していた。まずは新しいコートの調達。次にナイフか短剣が必要だ。ブラスターガンの残弾もそう多くはないし、使い慣れた大型の戦闘用ナイフは何処かで落としてしまったらしい。あれだけ派手に暴れたのだから不思議はないが。


 あと、眼を隠す何かしらの道具も手に入れなければ。先程から怪訝な目線を頻繁に感じるのは、きっと気の所為ではない筈だ。


 確かメイベルが言っていた――普通じゃない奴は嫌われる、だったか。気を張っておくとしよう。


 幸い、当面の資金はある。まあ、ゆるりと行こうではないか。


◇ ◇ ◇


街頭販売で買った簡易的な地図を頼りに、あなたは眼鏡屋に向かった。


 ガラス屋に併設されている小さな店で、規模を見るにガラスが本業なのだろう。展示されている眼鏡を手に取り、値札を見た。高いが、余裕である。


 ややあって、店奥から店主と思しき男が現れた。眼鏡を掛けた、痩せぎすの老人だ。


「どうしたね。何かお探しかな」


 見た目通り、柔和な対応の老人だったが、あなたの眼を見るや否や表情を険しくした。


「人間でないのなら、帰りなさい。今なら憲兵を呼ばんよ」


 誤解である。誤解ではないが、誤解である。


 あなたはこれまでの経験で培った能力――つまり舌先三寸を駆使し、この場を切り抜けようとした。


 これは質の悪い病気なのだ。しかし特にこれといって害はないので、安心して欲しい。そう言った。効果は覿面だった。


「すまない、不快な思いをさせたね。それで……必要なのは、視力矯正かな?」


 視力は悪くない。ただ、眼を隠したいだけである。そこでサングラスについて尋ねたのだが、どうにも要領を得ない。


「曇りガラスか……作れなくもないだろうが、時間が掛かる。それに上手くいく保証もない。つばの広い帽子でも買った方がいいんじゃないかね」


 あなたは多少の落胆を覚えたが、仕方がないと割り切った。よく考えれば、防弾性能もないガラスを眼の前に掛けるなんて、末恐ろしい行為ではないか。仕事柄戦いは避けられない。人より回復は早いが、ガラスの破片が眼に飛び込むなんて御免だし、痛い物は痛い。


 それに服屋でコートと帽子が同時に手に入る可能性を考慮すれば、そう悪いことでもない。


 あなたは眼鏡屋を出て、その足で服屋に向かった。


 行きかう人々と肩を擦れさせながら路地を進む。道幅はそう狭くない筈なのだが、人が多すぎて真っ直ぐ歩くのも難しい。目的の方向にどうにか流されているといった状況だ。一体何処からこれだけの人が沸いてきているのか。


 おまけに臭いも酷い。何処かで下水管でもぶっ壊れているのか……そもそも垂れ流しなのか。人々の多くは香水を纏っているようだったが、それが状況をより悪化させていた。


 灰色の荒野に住まうウェイストランダーにとって、この街は都会すぎる。あなたが許容できるのはアルハンスクまでだと、今思い知った。


 あなたなりに人の波に乗っていると、大きな広場に辿り着いた。目的地への経路だったので正しいのだが、奇妙な場所だった。


 一際多くの人が集い、眩暈がする程の狂騒とむせ返るような熱気が満ちていたのだ。周囲を建物に囲まれているからか、歩いている時には気付かなかったが。


 何故か広場の人々は立ち止まり、同じ方向を向いていた。歩くのは楽になったが、場の熱狂にはそぐわない光景だ。


 あなたも同じ方向を向いて、それを見た。


 木で組まれた十字架と、括り付けられた焦げた物体。その足元で小さく燃える炎。執行後の火刑だ。漂っている焦げ臭さは、街を覆う悪臭の一因だろうか。


 処刑された人間が何をしでかしたかは定かでなかったが、見せしめを兼ねた火刑は、大抵重罪人に執り行われる処刑だ。王都を名乗るにしては、いささか野蛮に過ぎるのではと感じた。


 ウェイストランドにも火刑はあった。タイヤを胴体に重ね、それに火を付けるタイヤネックレスだ。しかし、殆どの場合で燃やされる者は火を付けられる前に殺された。それは世界に残された一握りの慈悲であり、次に立場が逆転した時の保険だったのだ。


「見事な光景だな」


 右から男の声。振り向くと、一人の青年が立っていた。


「王都の処刑人は火刑が上手い。火が強すぎると直ぐに死んでしまい、弱すぎると流れ落ちる体液で火が消えてしまう。彼らは火力を見事に調節し、火力と苦痛を両立させる。ゆっくりと確実に、悲鳴を上げさせて殺すのさ」


 突然現れ、聞いてもいない蘊蓄を披露する男。あなたはこの類が嫌いだった。


 しかし、男の声には妙な力があった。低く響く、ごく普通の男の声だが説得力があり、喧騒の中でも自然に耳に届く。根拠はないが、戦場の真っただ中にあっても聞こえる気がした。


「公開処刑は人々の娯楽だ。大人から子供まで、皆見てる。娯楽に乏しい訳でも無いのにな。酒場に行けば酒があり、劇場に行けば音楽や劇が、家から出なくても本が読める。だが、人々は揃いも揃って処刑を見たがる。何故だろうね?」


 問いを投げ掛けられた。

 あなたの答えは決まっていた。どうでもいい、だ。


 優雅を装う街にしては野蛮だと思うが、そこに住まう人々に関してはさして関心が無い。だから、どうでもいい。


「……いいね。気に入った、気に入ったよ」


 そう言って、男は口元を僅かに動かした。あなたがそれを微笑みだと理解するのに、少々の時間を要した。


「ところで、そこで炭になってる死体だが……人間じゃなかったらしくてね。といっても、ごく薄い混血と言った様子だが」


 男が横目であなたをちらと見た。視線が交わる。


「君も気を付けろ。探し物が終わったら、不用意に出歩かない事だ」


 あなたは横目で男を見た。男は消えていた。


◇ ◇ ◇


 あなたは少しだけ男を探したが、すぐに諦めた。ふらりと現れ、煙のように消える。きっとあれは白昼夢みたいな存在なのだ。二度会いたいと思えるような男では無かったので、その方が都合が良い。 


 目的の品は無事に入手した。


 革製のコートは手に入れたが、戦場のど真ん中を闊歩するには向いていなさそうだ。だが質は良いので、あなたが自ら改造することにした。カスタムこそウェイストランダーの嗜みである。


 帽子は撥水性のあるつば広の物を。短剣は鍛冶屋で高級品を買った。両刃で重心ばっちり、切れ味も最高だ。


 そんな訳で買い物を済ませたあなたは、メイベルを訊ねていた。


 地図に記されていた喫茶店の扉を開け、店内をざっと見渡す。眼を凝らすまでもなく、メイベルはすぐに見つかった。


 四人掛けテーブルに山と積まれた書物。その真ん中で熱心に書き物をしている。かなり迷惑な気がするが、ランチタイムの客数や立地を見るに場末の店なのだろうか。言っては悪いが。


 遅れて来た店員にコーヒーを注文し、メイベルの向かいに腰掛けた。


「……なんだ、あんたか。座るなら声掛けなさいよ」


 きろりと睨まれた。それはあなたが悪い。

 ところで暇だから顔を出したのだが、何か暇を潰せる物は無いのだろうか。


「積んでる本でも読んだら? 意味分かんなくても文字は読めるでしょ」


 言われるがまま、あなたは一冊の本を手に取った。タイトルに『現実破壊強度と必要な魔力量の考察――初級』と記されている。


 一ページの冒頭に目を通し、そっと本を置いた。何一つ分からない。専門用語を専門用語で解説している。これが初級なのか。


 あなたは本を諦め、コーヒーを飲んで一息つく。丁度メイベルもペンを置き、背筋を伸ばしているところだった。


 あなたはすっと視線を下げ、罫線付きの紙に記されたメイベルの文を読んだ。小難しい単語がつらつらと並び、所々が二重線で修正されている。ひょっとして本を書いているのか。


「そうよ。本を書くのが魔術師の使命なんだから。どんなに優れた魔術も、後世に継承しなきゃ意味ないのよ」


 継承も果たせて、おまけに印税で食っていけるかも知れない。あなたは印税が何なのか詳しくは知らないが、聞いた話によると何もしなくても金が貰えるそうだ。


「出版しないわ。製本したら図書館に寄贈して、有用なら何処かの誰かが複製する。金に目が眩んだら魔術師終わりよ」


 魔術師というのは厄介な生き物らしい。その割にユニコーンの角に執着していたようだが……あなたはそう思ったが、余計な発言はしないと決めた。口喧嘩してもどうせ勝てないし、多分殴られる。


 メイベルが追加の紅茶を頼もうとしたので、あなたも何か軽食を食べようとメニューを探すが、見当たらない。店員に、メニューは入り口上の木札に書いてあると教えられた。


 オープンサンド、ブリヌィ、チェブレキ……あなたが迷っていると、入り口の扉が開いた。無意識に視線が下がり、入って来た人物を捉えた。


 実際それは一瞬のことだったが、何故か心にしこりが残った。何か、見覚えのあるような。


 相手もまた、あなたを見ていた。視線と視線が交錯する。

 先に動いたのは相手だった。笑みを浮かべ、あなたの元へ駆け寄る。


「旅人さん、お久しぶりです!」


 ベレズニキの田舎娘、カレンとの再開であった。

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