22.「殺人博士号」

「メイベルよ、旅しながら魔術探求家やってるわ」

「カレンです。王都で賞金稼ぎをやってます」

「賞金稼ぎ? 可愛い顔して結構な仕事やってるわね」

「可愛いなんてそんな……勘弁して下さい」


 新たにカレンを迎えた茶の席。女三人寄れば姦しいとは言うが、二人でも十分に姦しかった。何やら盛り上がっているようだが、あなたはすっかり蚊帳の外だ。女性同士のコミュニケーション力と言うか、そういった力には驚かされる。きっと先天的な物だろう。


「……にしても賞金稼ぎねぇ。実際、どんな事してんの?」

「文字通り、賞金が掛かった人に対処する仕事です。大抵は生け捕りを望まれますが、やっぱり上手くいかない時もありますね」

「ぶっ殺すってわけ?」

「ぶっ殺すって……まあ、不可抗力的にですが」


 オープンサンドとコーヒーを胃袋に収めたあなたは、二杯目の紅茶を注文しつつ二人の会話に耳を傾けた。


 何やら物騒な単語が飛び交っているが……カレンも一端の仕事人になったらしい。身に纏う革鎧に刻まれた大小の傷からもそう窺える。それは仕事上では良いことなのだろうが、何処か悲しさがあった。カレンが持つ一種の清らかさが失われたような、そんな感じがしたのだ。そんなものは所詮、あなたが抱いていた勝手なイメージでしかないのだが。


「メイベルさんは魔術探求家なんですよね。でしたら、多少なりとも賞金稼ぎと接点があるのでは?」

「無いわよ。私は健康優良魔術探求家なんだから」


 健康はともかく優良……? 


「は?」


 あなたが訝しんでいると、思わず声に出てしまっていたようだ。メイベルに睨まれ、思わず目を逸らす。おおよそ優良とは思えないが、まあそういう事にしておこう。


「いや、マジで私は健康で優良だから。むやみやたらに人殺しとかしないし」

「珍しいですね。魔術書の取引とかどうしてるんですか?」

「普通に交渉するに決まってるでしょ」

「あなたみたいな人が多ければ楽なんですが……仕事がなくなっちゃいますね」


 魔術書の存在は、あなたもメイベルと旅をする中で何度か目にしていた。手の込んだ装丁や年季の入り方からして容易に手に入るものではないだろうと思っていたが、まさかそこまで血生臭いものだったとは。


 ウェイストランドでも本は貴重品だったが、命を懸けて奪い合いはしなかった。単に暖を取る為の薪でしかなかったからだ。


 共有するは無理にしても、印刷や転写でどうにかならないのか。


「低位の魔術書ならそれでもいいけど、高位のはそれじゃ駄目。魔術書ってのは極論ただの文字の集まりだけど、そこには著者の魔力が込められてる。私達が欲しいのは込められた中身。書かれた文字よりも、それが何を意味するかの方が重要なのよ……共有は論外ね。身勝手な連中が多いから」


 図書館で仲良くお勉強とはいかないらしい。熱い紅茶に息を吹きながらそう思っていると、カレンがあなたを見ている事に気付いた。どうしたのだろう、顔に返り血でも付いていたか。


「ずっと思ってたんですが、その大きな帽子はどうしたんですか。ひょっとして魔術に目覚めました?」


 あなたはカウボーイハットに近いと認識していたが、カレンには魔術師の帽子に見えるらしい。魔術に目覚めた訳でも眼が黄色くなった訳でも無く、ただ日差しから逃れる為なのだ。エイリアンなど、存在する筈がないだろう。


「はあ、日除けですか……メイベルさんは帽子被らないんですか?」

「被らないわよ。絵本の魔女じゃあるまいし」


 あなたは絵本も魔女も知らないが、どうやら帽子を被るものらしい。


 いよいよ話についていけなくなり、話す事もなくなったので短剣を弄んでいると、ふとカレンが話しかけてきた。心なしか眼が輝いているが……どうしたのだろう。


「ところで、お二人はどういったご関係で?」

「関係? 雇ってるだけよ」

「……なんだ、そうなんですか」

「何よ、不服そうね」

「いえいえ、ちょっと面白い話が聞けないかと思っただけですよ」


 何を期待していたかは知らないが、面白い話は色々ある。


 この街に辿り着くまでに、壮大なスペクタクルを潜り抜けてきたのだ。高次元暗黒の話は無しにしても、きっと血生臭い賞金稼ぎにも満足頂けるはず。


「本当にいいんですよ、旅人さん」


 そう言ってカレンは紅茶を一口飲み、少し考える様子を見せた。ややあって、思い付いたように口を開く。


「メイベルさん、旅人さんとの契約はいつまでですか?」

「もう切れてるわ。仕事の度に契約してるだけだから」

「少々お借りしても?」

「足がこれだから仕事の予定はないけど……」メイベルは足のギブスに触れ、あなたを見た。「本人次第でしょ」


 今一話が飲み込めないが、要は雇いたいのか。詳しく聞きたい所だ。


「私は今一人で活動しているんですけどね、少々厄介な仕事も増えてきまして。腕の立つ助手を探してるんですよ」


 なるほど、その観点から見ればあなたは適任と言えるだろう。あなたの得意科目はハンティングであるが、中でもマンハントには特段の自信がある。殺人の博士課程を持っていると言っても良い。


「それで、もしよろしければなんですが……どうです、少しの間一緒に活動するのは」


 あなたは別に構わない。どうせ暇を持て余していた事だし、趣味と実益を兼ねるのだから歓迎だ。


「本当ですか! よかった、じゃあ明日この地図の場所、朝九時に集合で」


 カレンは喜色満面でそう言うと、温くなった紅茶を一気に飲み干した。


「それでは、私はここで失礼します。メイベルさんもどうぞお大事に」

「そりゃどうも。あんたも気を付けて」

「ええ! お金はここに置いていきますから、会計をお願いします」

「あ、ちょっと!」


 カレンは全員分の飲食代を置いて、店の外へと飛び出していった。

 えらく急な展開だったが、余程嬉しかったのだろうか。


「ああもう、明らかに支払いより多いじゃない……お釣り返すのあんたの役目だからね」


 貰っておけば良いではないか、置いていったのだから。


「こんな所で変に借りを作りたくないの。分かるでしょ」


 メイベルらしいと言えばらしいか。


 まあいい、大した手間でもないし、あなたが返しておくとしよう。あとどれだけ滞在するかは知らないが、もう少し居るようなら会計が終わるまであなたも待っていなければ。


「私ももう行くわ、けど……一つ忠告しとく」


 机に立てかけていた松葉杖を手に取ると、メイベルはあなたの眼を正面から捉えた。


「あんたが何処で何しようと勝手だけど、目立ち過ぎないようにしなさい。王都はただでさえキナ臭い街よ。あんたみたいなのが目立てば、すぐロクでもないことに巻き込まれるわ」


 分かっている。いつだって、トラブルは向こうからやって来るのだから。

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