読書友達

「素晴らしすぎる……」 

 感嘆してしまう。

 最上階の十階から五階まで下りた私だが、既に十冊抱えている状態だ。

 過去に三か月かけて本を探す旅に出た時、求める本は見つからなかった。ある大都市の本祭りに参加するために歩きまくったわけだが、徒労だった。古書が好きで売ってないかと見たものの、絶版で売ってなかった。また、高価すぎて手も足も出なかったのだ。

 それが今日、値段は分からないが手に入る!


 喜びすぎて小躍りしたぐらいだ。エルフさんに見られていたら、かなり恥ずかしい。

 とにかく、私は浮かれていた。コツコツ貯めていたお金を持ってくるぐらいには正気を失っていた。

「君、大丈夫かい?」

「わっ、エルフさん」

 後ろに彼が立っていた。びっくりして腰を抜かす。

「喜んでくれてるのは嬉しいんだけど、また来れるよ」

「え、そうなんですか?」

 また来れるだと……。この幻の書店に? そんなおいしい話があるのだろうか。

「うん、次からは予約制だよ。会計する時にカードをあげるんだけど、そこに日にちと場所と名前を書いてくれたら、いつでも駆けつけるよ。ブルーシエルだからね」

 そんな飛行船のような芸当ができるこの店は、やっぱりおかしいんじゃないかと思い始めた。幻の店じゃないの?

「よく言われるんだけど、経営が成り立ってるのはお得意様たちがいるからで、幻の店でもそれなりに繁盛してるんだ。あと、この建物自体が曰く付きでね、家賃とかいらないんだ。そもそも、毎日移動してるし取り立てしようがないらしい」

 家賃が無いとは羨ましいが、ますます謎が深まる。モノクルをキラッと輝かせながら、彼は話を続ける。

「この建物は気に入った人しか入れない代物らしくて、前の住民は追い出されたらしいんだ。僕もいつ追い出されるか分かんないけど、逃げられないように本をたくさん置いとこうと思って、本屋を始めたんだよ」

 逃げられないように本を置いた彼もなかなか怖いが、なんだか物語に出てくる古代遺物みたいだ。時々、掘り起こされる貴重な宝物らしいが、大体意思があったり、強い力があったりとなんとなく特徴と一致する。私の考えすぎかもしれないけど。

「なんか凄いですね。語彙がなくてあれなんですけど、物語に出てきそうです」

 またしても、彼はドヤ顔した。褒められたらそういう顔をしてしまう人なのかもしれない。

「君は良い客人だ。その欲しい本を僕に渡してくれ。カウンターに置いておこう」

「えっ、良いんですか?」

 彼はにっこりと笑みを浮かべた。

「うん。君とは読書話に花を咲かせられそうだからね」

 本を渡すと、彼は霧のように消え去った。

 喜んでもらえるのは嬉しいが、私は口下手だ。読書話だなんて、上手く話せるだろうか。


 

 『ウェンティスの推理』、『輝ける剣』、『地理誌〜メリウェスの大地〜』、『探偵ニーナ・ヴェルグの奇譚探し』、『ユースフェンの崩壊と真相』、『これは繰り返す運命』、『理解しやすい歴史学』、『冒険家リュカのその後』。最後に『アルーサ伝』。

 カウンターまで帰ってきた私は、合計九冊買うことになった。恐らく財布がすっからかんになるだろう。

 そう思い財布からお金を出すと、彼から待ったをかけられた。

「会計なんだけど、お金はいらないんだ」

「こんなに状態も良くて素晴らしい本がですか!? もったいないです」

 どうぞどうぞとお金を渡すと、うーんと唸られた。

「さっき、お得意様がいるから経営が成り立ってるって言ったけど、僕ってお金がなくても生きられるんだよ。家賃払わなくていいしね」

 お金は生きていくために必要ではと思ったが、もしかして……。

「エルフはね、基本木の実とか、果物を食べれば生きられるんだ。だから、森に引きこもる奴らが多いんだけど、僕はそれだけじゃ性に合わなくてね。こうやって本屋を開いているんだ」

「でも、ここまで本を集めるのにもかなりかかるんじゃ——」

「かかるけど、そこは副業してるからね。これはまぁ趣味みたいな感じだよ。長く生きてると人恋しくて、読書好きな人と出会いたくなってね」

 出会いたいだなんて、積極的だ。でも、好ましく思える。本について感想を共有したり、おすすめしあえたら、とても楽しいだろう。


「だから、代金はないんだ。その代わり、今まで君が学んだ知識や人生について聞きたい。道楽と思えるかもしれないけど、いいかな」

「もちろんです!」







 私と彼は朝まで語り明かした。これは百年経った今でも鮮明にも覚えている。

 酒を飲むと彼はいつもこう言うのだ。

「本は人生を形作るものだ。だから、もっとみんなに本を読んで欲しい」

 彼の、本で語りたいという欲はいつしか、本屋を大図書館にした。建物がその想いに応えたのだろう。以前とは違い、夜限定一日一人ではなく、一日十人に制限が緩くなった。

 お互いしわが増えた顔で、今日も本について語り続ける。

 願わくば、どうかこの読書友達という関係がいつまでも続きますように。











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エルフさんの本屋 三日月黎 @ruelkuroneko

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