エルフさんの本屋

三日月黎

本屋との遭遇

 辺りが真っ暗になった後、私は本屋に来ていた。特段、遅い時間というわけではないけど、人々の往来は少ない。

 そんな中、本屋に来た私はある目的があった。理由が無ければ、こんな時間に外出しない。

 

 ブルーシエル書店。私の目の前にある本屋のことだ。実はこの本屋、秘密がある。夜限定、お一人様のみが入ることができる店なのだ。しかも、毎日毎日店の場所が変わる。見つけることも困難で、見つけたとしても入店できるとは限らない。だから、幻の店と呼ばれている。

 これはまことしやかに囁かれている噂だ。私自身は今日やっと見つけることができて、とてもドキドキしている。夢か現実か分からなくなって、眼鏡をかけたり外したりしているぐらいにだ。本当は信じていなかったが、内緒にしてほしい。

 

 でも、こんなに緊張して入って、もう誰かが入店していたら恥ずかしい。気を引き締めて、入ることにした。

 重厚な扉を開けて入る。

 

 中に入ると、まるで夜空をそのまま部屋に閉じ込めたような印象を受けた。天体観測ができそうなくらいに美しい空がそこにはあった。

 その部屋に浮世離れした白髪の青年がカウンターの席に座っていた。耳が長い。たぶん、エルフでここの店主なのだろう。

「迷える御嬢さん、こんな夜に読書かい」

 意外と低い声だ。偏見だが、エルフは竪琴を弾くような声を出す印象があったので驚いた。私は彼の言葉に応える。

「はい。ブルーシエル書店で本を買いたいんです」

「いいね。ゆっくりしていくといい。夜は長いのだから」

 微笑んだ彼はそう言って、着ていたローブからカンテラを出した。火が点きっぱなしだ。引火していないところを見れば、特殊な仕様なのかもしれない。視線が気になったのか、彼は話し始めた。

「このカンテラが気になるのかい。これは特別なカンテラでね、燃やしてはいけないものを見分けているんだ。自我があるらしいよ。まぁ、貰い物だから詳しくは分からないけど……」

 とりあえず、凄いカンテラらしい。彼も言った通り、私も分からないが凄いことは分かった。

「とにかく、部屋は灯りがあっても暗いから、これで照らしてみるといい。色によって意味もあるのだけど、試しに見てみる?」

「はい、見たいです」

「では、行こうか」

 

 カンテラを持った彼の後ろをついて行く。ローブを羽織っていても分かるぐらいに細い。エルフはそもそも華奢な人が多いので、少し憧れてしまう。私は小人なので、すらっとした体型は無理だ。何をしても小さい。とほほと内心思いながら、彼を追う。

「少しばかり歩いたけど、大丈夫かな」

「だ、大丈夫です」

 ほんの少し息をきらした。読書でこもりすぎて、運動不足なのだ。ゆっくり歩いてもらった彼には申し訳ない。

「運ぼうか?」

 助かる提案ではあるが、お断りする。もしも、重かったらどうするんだ。小人なのに、とはなりたくない。首を横に振る。

「分かった。もう少し歩くけど、頑張ってね」

「はい」

 長い螺旋階段を上る。最初に緊張して店の前に立ちつくしていたことが懐かしいぐらいに長かった。また、本も多くあり、もはや図書館レベルといっても過言ではない。

「着いたよ」

 ようやく階段を上り終わった。へとへとだ。

 周りを見渡すと、部屋が陥没しないか不安になるほどの本があった。壁一面に本が並んでいる。

「す、凄い——」

「ふふん。世界中を探して見つけた本たちだからね。ここが最上階なんだ。だから、帰る時は一階ずつ下っていってカウンターまで来ればいいよ。本を探す時もその要領で行けば疲れないと思うし」

 要は本を探しながらカウンターまで戻ると良いらしい。確かに一階から本を探しながら上れば、本は重そうだしかなり疲れる。下りはその点楽だ。本は重いかもしれないが、歩くのはかなり楽になる。

「次にカンテラの色について教えるね」

 そう言って、カンテラを渡してきた。

「さっきも言った通り、本が近くにあっても引火しないから大丈夫。色については本にかざした方が早いから、試しに本を探してみて」

「分かりました」

 いざ、探してみろと言われるとなかなか探しづらい。私が求めている本は推理ものや歴史書で他の本屋ではあまりないからだ。ここならあるかと期待してきたわけだが……。

 と思ったら、あった。

「こ、これは絶版になった『アルーサ伝』最終巻! ここにあったなんて」

 思わず大声出してしまった。それに反応したのか、持っていたカンテラが蒼く光り出す。

「おっ、いいね。君へのおすすめだってさ。おすすめだったり、君自身が求めている本は蒼く光るんだ。その本は大きいし、カンテラも大きいからポケットに入るくらい縮小させよう」

 彼はそう言ったので、カンテラを渡す。カンテラに顔を近づけ、小さく何かを唱えるとみるみるうちに手のひらサイズになった。聞いた感じ、エルフ語みたいだ。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 ポケットにそっとしまう。

「ちなみに緑は少し興味のあるもの、黄色はあまり興味がないもの。赤がこれは合わないかなってやつかな。あえて、カンテラの判断に逆らうのもありだよ」

「そうなんですか。丁寧に教えてくださってありがとうございます」

 彼はふっと笑って、「お安い御用さ」と言った。

「言い忘れてたんだけど、図書館も併設しててね。各部屋の右側にドアがあるんだ。そこを開けると図書館だからゆっくり本を読むのもありだよ」

 指で示された方を見ると、玄関と同じような重々しい扉があった。というかどれほどの本があるのだろう。あまりにも多すぎる。

「ここだけでなく他の部屋にも本がある。この本屋、まさに楽園ですね!」

「そう言ってくれて嬉しいよ。君のようなお客さんがいるからこそ、集め甲斐がある」

 彼は腕を組んでドヤ顔していて、なんだか可愛らしかった。でも、その細腕でよく膨大な本を収集していると思うと、敏腕店主なのかも。

「最後に、本とか荷物が多かったら、部屋にあるベルで呼んでね。いつでも駆けつけるから。あと、本のお代は会計の時に話すから」

「分かりました」

 そう言うと、彼の姿は霧となって消えていった。どういう原理かは知らないが、エルフクオリティなのだろう。神秘的だ。

 

 とりあえず、本を探してみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る