第15話 終わりじゃない!

「あれ……おかしいですわね」


 異変はその日の放課後起こった。『お嬢様部』の面々が、部室でアフタヌーン・ティーを嗜んでいると、一人のお嬢様が首を傾げた。


「萌香様。金庫に入れておいたはずの部費が、ありません」

「何ですって?」


 萌香は目を光らせた。ゴシック調の部屋に、少なからぬ動揺が走る。部屋の片隅、黄金でできた金庫の中身は、確かに空になっていた。たかが部費といえども『お嬢様部』の部費は上場企業の年度予算並みにあり、決して軽視できる金額ではない。


 騒ぎ出すお嬢様たちを尻目に、萌香は一度落ち着いてダージリンを飲み干した。

 また、か。

 部費消失事件。毎年良からぬ輩が『お嬢様部』の部費を狙って、あの手この手で揺さぶりをかけてくる。妙齢の怪盗紳士から予告状が送られてきた時もあった。萌香としては、何故『お嬢様』ではなく『お金』の方を狙うのか、女性としての矜持を少なからず擽られもするのだが……。


 やはり人間、『金』なのだ。金がこの世の全て。

 そしてもちろん、大事な金を守るためのシステムも、抜かりはない。


 もし犯人が外部からの侵入者なら、今頃魔法の炎で焼き殺されているか、『全身ギロチン』の餌食になっている事だろう。哀れ肉塊になった犯人の残骸は、飼っているジャガーの餌にするか、爺やに縫い合わせてもらってお庭のお飾りにするか。いずれにせよ、他人の金に手を出すならこちらも容赦はしない。


 だがもし、犯人が内部にいるのなら……。


 萌香は改めて部屋の中を見渡した。ここ数年は外部犯も大分減って来ており、部費の強奪に成功したものはいない。可能性があるとしたら、やはり内部の犯行だろう。そもそもお嬢様メンバー以外が金庫に触れると、魔法の炎で心臓を灼かれることになるのだ。


「全員目をお閉じになって!」


 萌香が叫ぶと、それまでエンヤコラしていたお嬢様方々が、ピタリと動きを止めた。それから両目を閉じ、スカートを指で摘み、「ごめんあそばせ」とお辞儀をする。これがお嬢様部での『待機』のポーズである。


「もし心当たりがあるのなら、黙って手をお挙げなさい」


 シン……と静まり返った室内に、萌香の声が響き渡る。誰も手を挙げない。総勢30名のお嬢様が、全員「ごめんあそばせ」をして、萌香に頭を下げたままだ。萌香はほほ笑んだ。当然ね。自分から『犯人です』と名乗り出るような輩はいない。だが金庫の部費は確かに無くなっている。


 面白い余興ではないか。


「犯人と名乗り出た者には、100万円」

 凛とした声に、ピクリと反応するお嬢様たち。しかしまだ誰も動かない。萌香がクスクスと笑った。

「少なすぎたかしら。金庫には数億以上入ってたものね。それじゃあ……情報提供者には、300万円上げるわ」

 ハイ、と声がして、一人が手を挙げた。それを皮切りに、ハイ、ハイ、と競うように手が挙がる。


 萌香はその様子を眺め、満足そうに2杯目のダージリン・ティーに口をつけた。

 これでいい。そのうち欲しさに、犯人でもないのに名乗り出る不届き者も炙り出されるだろう。裏切り者には死を。大切なのは、この場を私が支配していること。


 萌香は札束をキャンドルの火に浸し、それから燻っていた暖炉へと投げ入れた。これでどう? 少しは明るくなったでしょう? 全く笑っちゃうわ。名探偵さんたちって、どうしてこんな簡単なことに気づかないのかしら。わざわざ頭なんて使わなくても、どんな難事件も、お金さえあればお解決できるじゃない。金金金、金よ。お金で買えないものなど、この世にはないのよ……。


 私の財力で、この学校を、魔法少女界を支配する。我先にと天井に指を伸ばし、爪先立ちするお嬢様の群れを眺め、丸の内萌香はクスクス笑いが止まらなくなった。


「そこまでよ!」


 すると突然、教室の扉が開いて、犬のお面を被った少女が入って来た。


「あら。貴女は……」

「丸の内萌香! 貴女を教師の買収容疑で逮捕するわ!」


 毅然とした態度で萌香を指差したのは、少女警察・千代田秋桜だった。婦人警官の制服に身を包み、手にはちゃんと、魔法裁判所からの逮捕状を携えている。萌香がちょっと目を丸くした。


「あらあら。バレちゃったのねえ」

「呑気なことを……そんな態度取れるのも今のうちよ! 話は後でじっくり……」

「ちょうど良かったわ」


 萌香が椅子から立ち上がり、『蛍光灯傘』を差した。日傘、雨傘、蛍光灯傘、月光傘……全部で26種類ある。逮捕状を前にしても、余裕たっぷりの表情は揺るがない。


「え?」

 萌香がにっこりとほほ笑んだ。

「陪審員も検察も、裁判長も聴衆もメディアも全部買収して、貴女を犯人に仕立ててあげるわ」

 秋桜は逮捕状を掲げたまま固まった。丸の内萌香。この状況で、勝ち誇っている。


「知ってた? 犬のお巡りさん。この学校の地下には、悪いことをした魔法少女を懲らしめるための、懲罰房があるのよ。私が作らせたの」

「な……!?」

 クスクス。

 クスクス。

 お嬢様方々の、「クスクス」の大合唱が始まる。秋桜はゾッとした。萌香の顔がクニャリと歪み、嗤い声は一層、不協和音のように教室全体を包み込んだ。


「警察少女さん、しばらく鉄格子の中で頭を冷やしなさい。 お金の大切さを、よぉぉぉく噛み締めることね……オーホッホッホッホ!」


  オーホッホッホッホ! オーホッホッホッホッホッホ……!

 

 完。











「……クソが! このままで終われるか!」


 同じ頃。地下懲罰房で、小夜子が吠えた。


 校長室に乗り込んだ小夜子は、『部費奪う部』の設立に向け、熱いパトスを迸らせ説得にかかった。校長は、何度も(バールのようなものをじっと見て)頷き、『部費奪う部』の新設を承認してくれた! のだが……。


「うぅ……まさかこの歳で、逮捕されちゃうなんて」


 牢屋の片隅で、里見がシクシク泣いた。

 設立したまでは良かったのだが、『部費奪う部』に恐れをなした茶道部やチアリーディング部など既存の部活動生が、結託し、小夜子たちに襲いかかったのである。哀れ小夜子たち5人は、身ぐるみ剥がされ、一文無しになって、懲罰房に放り込まれた。


「罪名は何だよ!?」

「部費を奪おうとした罪に決まっとろうが!!」

「世の中狂ってるぜ……全く」


 小夜子が看守とごちゃごちゃ言い合ってると、階段上の扉が開き、地下牢に昏い光が差し込む。また誰かが懲罰房に運び込まれてきたようだ。


「あ……お前は」

「アンタたち、こんなところで何やってんの?」


 鉄格子の中に小夜子たちの姿を見つけ、秋桜が呆れたような声を上げた。その傍らには、お縄についた丸の内萌香の姿がある。萌香はブルブルと体を震わせ、その表情は見たこともないほど青ざめていた。


「コイツも逮捕されてるやん!」

「知り合いの課税少女に頼んで、丸の内家の油田を差し押さえたの」

「課税少女……!?」

「どんな少女なんだよ。魔法の力で税金毟り取るんか」

「お金しか解決方法知らないんだから、お金さえ抑えてしまえばこっちのもの。どう? 正々堂々も悪くないでしょう? 未来の魔法少女さん」

「ぐ……」


 ふふん、と胸を張る秋桜に、小夜子は不機嫌そうに舌打ちした。


「何だよ。せっかく油田ごと爆破してやろうと思ってたのに」

「貴女、地球を破壊する気なの?」


 秋桜は呆れたように肩をすくめ、それから逮捕した萌香を懲罰房へと押し込んだ。


「しばらくそこで反省してなさい」

「おい待て! 助けろよ!」

「意味が分からないわ。じゃあ、ね」


 秋桜は笑いながら、ヒラヒラと手を振って地下を後にした。再び光が閉ざされる。暗闇の中に、5人と、それから萌香が残された。


「そんな筈は……私がこんな目に遭うなんて! お金さえあれば……お金さえ……!」

 ボロボロになった萌香が、膝をついて咽び泣く。恐怖と絶望からか、ソフトクリームもすっかり白くなってしまっていた。バニラ・ソフトクリームだ。


「どうやら資金が尽きて、取り巻き連中に見捨てられちゃったみたいね」

「何だよ。『お嬢様部』誰も助けてくれなかったんか。ザマァねえな」

「何よ!」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、萌香が吠える。

「何がお嬢様よ! あんな、金目当ての、××××共が! あんな奴ら、×して、×されて、×××ッ××の、××」

「じゃあ、もらうか」

 小夜子がニヤニヤしながら言った。


「は……?」

「『お嬢様部』。看板、私に寄越せ。どうせ誰もいなくなったんだろ? くれよ」

「『お嬢様部』を……?」

「なぁ、良いだろ? こっちの部活ダメになっちまったんだよ。『お嬢様部』乗っ取ろうぜ」


 小夜子は誰よりもお嬢様に目がなかった。バルーシュの馬車に揺られ、二人目指すは街外れの静かな湖畔。早起きして用意した手作りバウムクーヘンを脇に抱え、小鳥たちの歌と戯れながら、素敵な殿方とピクニック……。


「乗っ取ろうぜ!! なあオイ!!」

「そ、そうね……」

「でも、姉御」


 松野が不安そうに顔を上げた。


「ウチら、マジでもう金ねえっスよ。バウムクーヘンなんて高貴なもの、とても買えません」

「……しょうがねえな。じゃあ、しばらく焼きそばパンで我慢するかあ」

 小夜子が肩をすくめてクスクス笑った。


「な?」

「はい?」

 萌香がぽかんと口を開けた。


「お前も食べるだろ? 焼きそばパン」

「わ、私も……?」

「ったりめえだろ。何てったって、お嬢様なんだからよぉ、お前は」


 それから小夜子たちはシン・お嬢様部の誕生を祝って、みんなで焼きそばパンを食べた。萌香も。多分、口から。

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