第14話 安価じゃない!

「姉御〜焼きそばパン買って来ました!」

「おう。ありがとうな」

「まぁ。髪型の割に気が利くのね」

「なんでこの女がいるんスか?」


 不満そうに鼻息を鳴らした松野の視線の先には、8年C組・上野里見がいた。


「べ、別に良いじゃない、減るもんじゃないんだし! それにしても驚いたわ〜あなた達全員Cクラスだなんて!」


 里見が焼きそばパンの袋を開けながら応戦する。

 十月。

 窓の外、南風に揺れる木々が赤や黄色に染まり始める頃。月間獲得ポイントによるクラス替えが行われ、小夜子たち4人は皆、Fクラスから一気にCクラスへと昇格したのだった。


 Cクラスになるとそれぞれ個室(マンション型の寮だったが)が与えられ、箒通学も許可される。ニワトリ小屋で雑魚寝していた時とは大違いだ。生活環境が大幅に改善され、何だか世界まで明るくなったような感じ、4人ともしばらくニヤニヤ笑いが抑えられなかった。


「いやぁ〜まさか万年Fランの私らがCクラスだなんて、それもこれも姉御のおかげっスよ!」

 渡り廊下を並んで歩きながら、松野が嬉しそうに顔を綻ばせた。

「何言ってんだ。私には魔力ないんだぞ。お前らの誰一人欠けても、今ここにはいなかったよ」

「姉御!」

「姉御!」

「だけど油断しないことね」


 その隣で、里見が目を光らせた。

 里見もまた、上に行きはしなかったものの、何とかCクラスを維持していた。8年目と1年目だが、4人とはクラスメイトになった形である。


「ここから先、上位100名は、本当に実力のある魔法少女しか生き残れない……弱肉強食の世界なのよ!」

「誰もこんなところで満足してねーよ」

 小夜子が焼きそばパンに喰らい付きながら、ニヤリと嗤った。


「お前も行くんだろ?」

「え?」

「Sクラス。この学校のトップになるって、そのために入学したんだよな?」

「ウチらちょうど5人いるから、ピッタリですね!」

「氷タイプはドラゴンに有効だから、案外良いんじゃないかしら」

「あ、あなた達……」


 盛り上がる4人に、里見が呆れたように顔を引きつらせた。


って……いくら何でも甘く考え過ぎじゃない!? Sクラスって言ったら、それこそトップオブトップ……!」


 何故か憤慨している里見に御構い無しで、小夜子はひょいと残りの焼きそばパンを口に放り込む。窓の外に目をやる。麗らかな午後だった。校庭では紅葉や銀杏が小夜子たちを見上げ、のんびりとその体を左右に振っている。鮮やかに彩られた木々の下、見知った姿を見つけ、小夜子は思わず立ち止まった。


「あれは……」


 木々に身を潜めているのは、千代田秋桜だった。何やらコソコソと周囲を窺い、難しい表情をしている。


「何やってんだあいつ。もしかして、泥棒か?」

「そんなわけないでしょ。確かあの子、警察少女でしょ?」

「少女警察だ」

「違いが分かんない」

「あ、姉御!」


 不意に廊下が騒がしくなり、意識を引き戻される。気がつくと五月雨のような足音が響き、向かいから生徒たちが大勢歩いて来ていた。問題はその格好だった。彼女たちは皆、まるで舞踏会にでも行くかのように、艶やかなドレスに身を包んでいた。小夜子は眉をひそめた。


「何だ、あいつら?」


 まるで大名行列のようだった。

 廊下で、色白の少女が、カボチャの馬車型の神輿に担がれている。ブロンズで、巻き髪の、何十名という少女たちが担ぎ手だ。彼女たちは全員同じ髪型で、全員同じドレスを着ていた。違いがあるとすれば、神輿に担がれた少女が、一番髪を盛っているところだ。

「ソフトクリームかよ」

「さ、小夜子! ダメよ!」

 里見が慌てて小夜子の口を塞ぐ。やがて集団が5人の前で立ち止まった。神輿の上の、何だか一番偉そうな少女。髪の天辺を天井に擦りそうになりながら、少女が小夜子をギロリと睨んだ。


「あらやだ。ソース臭い。鼻がひん曲がりそうだわ」

「あ?」

「姉御! コイツ、丸の内萌香っスよ!」


 松野が驚いたように目をひん剥いた。


「ま、丸の内!?」

「まさか、あの萌香様!? 初めて見た……実在したんだ」

「誰?」

 

 松竹梅は動揺を隠せない。一人ぽかんとしていた小夜子の脇を、里見が肘で小突いた。


「丸の内萌香! Sクラスの生徒、この学校のトップ10よ!」

「こいつが? へえ……じゃあ周りにいるのは」


 小夜子が片眉を上げて驚いた。萌香の両脇で、女子生徒たちが孔雀の羽で丸の内を仰いでいる。足元には真紅の薔薇が撒き菱のように撒かれていた。


「私たちは『お嬢様部』です」

「お嬢様部?」


 先頭にいた巻き髪の一人が丁寧にお辞儀した。


「ええ。お嬢様の、お嬢様による、お嬢様のための課外活動ですわ。そしてそのお嬢様の頂点に立つお方、お嬢様の中のお嬢様が、丸の内萌香様ですの!」

「要は彼女の取り巻きってこと」

「へえ……『お嬢様部』か」


 意外にも、好反応を示したのが小夜子だった。


「面白そうだな。その部活、良かったら私も入れてくれよ」

「え!?」

「ちょっと……小夜子!?」


 小夜子は誰よりもお嬢様に目がなかった。フリフリのドレスを身に纏い、世界の狂乱を遥かなる高みから眺めつつ、パラソルの下で優雅にバウムクーヘンを食み、紅茶を啜る……。


「何時代?」

「姉御、コイツの傘下に入るんスか?」

「フン」

 

 お嬢様の中のお嬢様、丸の内萌香が小夜子を見下ろして、鼻で嗤った。


「いいわよ……」

「え?」

「いいの?」

「……ちゃんと部費が払えるならね」

「ブヒ?」


 萌香が神輿の上で立ち上がる。ソフトクリームが少し潰れた。


「毎月100万! それが『お嬢様部』の部費よ!」

「ひゃ、100万!?」

「ボッタクリじゃん!」

「安いものでしょう? 真のお嬢様になれるのなら。良いこと? 魔法少女は『お金』が全てなのよ!」


 萌香の下から3色のスポットライトが踊り、廊下にクラシック音楽が響き渡る。お嬢様の誰かがBGMをかけたようだ。


「いいえ、魔法少女だけじゃない。人生は、この世界がッ」

 萌香が胸元から大量の諭吉を取り出し、ばら撒く。宙に舞う金金金金金ッ! それに群がるお嬢様方々ッッ

「地獄の沙汰も金次第! お金で買えないものはないのよッ!  みんながお金の言いなり! どんな権力者も、金の前では尻尾を振ってひれ伏すんだから! いい気分だわーッお金持ちってのは! オーッホッホッホッホ!」

「「「「貧乏人には、お嬢様になる資格はないのです」」」」

 従者が声を揃えて大合唱する。里見が小夜子に耳打ちした。


「丸の内家は油田を持ってて……この学校でも、先生を買収して、莫大なポイントをもらってるなんて噂もあるわ」

「なんだよそれ。じゃあこいつの実力じゃなくて、金の力ってことじゃん」

「何が悪いの!? 『金の力』で!」

 萌香が高笑いする。

「お金だって立派な『力』よ! 腕力や権力と変わらない……私は自分の持てる力で戦ってるだけ。悔しかったら、貴女もお金持ちになれば良いんじゃなぁぁぁあい?? そうすれば、そのソースが染みついた制服も、少しはマシになるかもね……クスクス」


 高笑いをしながら、小夜子たちにお構いなく、お嬢様集団が廊下をずんずん突き進んで行く。ようやく大名行列が見えなくなる頃には、5人とも散々薔薇の棘で引っかかれてしまった。


「はー……今時あんなのいるんスねえ」

「悔しいけど、彼女の財力は本物よ」

 まるで嵐が過ぎ去った後である。里見が疲れた顔をして、ぺたんと床に腰を下ろした。彼女からすれば、Sクラスに睨まれて、この程度で済んで良かった、というところである。


「この学校を経営してるのが丸の内家だって話だし……それに、『お嬢様部』の中でポイントを回し合ったり貢いだりしてるから、盤石なの」

「どうします姉御? 彼奴らの後を追って、鼻から焼きそば流し込みますか?」

「いや……」


 小夜子は振り返り、何やら思いついた顔でニヤリと嗤った。


「それより、こっちも部活作ろう」

「部活?」


 里見がやや不安げな顔で小夜子を見上げた。


「何の部活?」

「ああ……『部費奪う部』」

「ブヒ!?」


 里見は危うく鼻からソースを噴射しそうになった。小夜子はというと、早速、新しい部活動を承認してもらうため、校長室へと走って行った。右手にバールのようなものを握りしめて。

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