十八、ヤマトへ⑦―スクナビコナ、宮殿内へと潜入!そこに待つものとは?―

「…うーん、おかしいな…」


 スクナビコナは宮殿の床下の地面で一人あぐらをかいている。

 そして両腕を組みながらウンウンとうなっている。


 ここで待っていればおそらくニギハヤヒに化けたヒルコがすぐにでも現れるに違いない。

 スクナビコナはそう確信していた。

 しかし待てど暮らせど、その気配は皆無である。


 この宮殿に近づく者といえばせいぜいニギハヤヒを見張っていると思われる鬼が数体くらい。

 しかもその鬼たちもあくまで宮殿の門の入り口に立つだけで中に入ることはない。


 そのためスクナビコナがここに来てから数日、宮殿の中には誰も入っていないことになる。

 宮殿の入り口は正面の門しかないため、スクナビコナも宮殿の中に入ることができない。


「…うーん、こんなはずでは…」


 ついにスクナビコナはあたりをグルグル回り始める。


 すでにサルタヒコはヤマトの周辺をほとんど調べ終わっている。

 加えて一度サルタヒコと落ち合ってお互いに知りえたことを情報交換した。

 そのため今はスクナビコナが宮殿の内部を調べ終わるのを待っている状態である。


 ネズミたちには何度か宮殿の位置は本当にここなのか確認してみた。

 しかしネズミたちによればここで間違いないという。

 宮殿の場所が間違っているわけではないのだ。


 それにしても宮殿を何日もほったらかしにしてヒルコはどこで何をやっているのだろうか?

 さらに何日も宮殿の中に一人きりで閉じ込められているニギハヤヒがどうなっているかも心配である。


「…あー、何がどうなってるんだッ!」


 そう叫ぶと、とうとうスクナビコナは頭を抱えてその場にうずくまる。

 そのときである。


「…ん…?」


 宮殿の正面のあたりで何か動きがあったのか、少しざわざわしている感じがする。

 急いでスクナビコナは宮殿の正面の方に駆け寄る。


「お帰りなさいませ」

「うむ、今帰った」


 鬼たちが一人の男を出迎えており、男はそのあいさつに答えている。


「…あれは!」


 男の外見の特徴はニギハヤヒそのものである。


 スクナビコナは高天原でニギハヤヒと直接話をしたことはないが、ミナカタといっしょにいるのを何度か見かけたことくらいはあった。

 ゆえに外見的な特徴はよく知っている。


「あっ!」

 スクナビコナは思わず小さく声を上げる。

 男が宮殿の門へと続く階段を上り始めたのである。


(…宮殿の中に入るつもりだぞ!)


 スクナビコナはまず鬼たちの様子をうかがう。

 鬼は一体ずつ、宮殿に上がる階段の前の左右にひかえている。

 二体の鬼の注意は完全に男の方へとひきつけられている。


(よし、行ける!)


 そう確信したスクナビコナは素早く床下から抜け出て、階段をよじ登り始める。


 まずは最初の段に飛び上がって手をかける。

 宮殿の階段の一段はスクナビコナの身長よりも高い。

 そのためスクナビコナは高い壁をよじ登って乗り越えるがごとく、階段を一段一段登っていかなければならない。


(…よし、大丈夫だ!)


 さっそく階段の一段目を登ったスクナビコナはすぐに階段を全て登れるという感触をつかむ。


 そして素早く階段を次々と登っていき、ついには最上段、宮殿の床までたどり着く。


(…おっ、扉が開いたぞ!)


 スクナビコナが階段を登り切るとほぼ同時に、男が扉を開け始める。


 スクナビコナは再び鬼たちの様子をチラッと確認する。


 鬼たちの注意は相変わらず男の方に集中している。


(…どうしようかな…?)


 宮殿に確実に入るには男のすぐ後ろについていって、男が中に入るのとほぼ同時に行った方がよさそうだ。

 しかしあまり男に近づきすぎるとひょっとしたら鬼たちに見つかってしまうかもしれない。


 スクナビコナは素早くあたりを見回してみる。


(…おっ!)


 すると階段の手すりの陰がちょうどに二体の鬼から死角になりそうなことに気づく。

 スクナビコナは即座にその陰に隠れることにする。


「…ギギー…」


 スクナビコナが陰に隠れてもしばらく、扉はきしむような音を立てている。

 しかししばらくするとその音はやむ。

 男によって扉が完全に開け放たれたのである。


 男は扉が開けっ放しであることにはかまうことなく、そのまま宮殿の中へと入っていく。


 その直後に二体の鬼たちが階段を上り始める。


(…まずいぞ!)


 このままでは鬼たちによって扉が閉められてしまう。


(行くしかない!)


 そう思うやいなや、スクナビコナは扉に向かって全力疾走を始める。

 ひょっとしたら鬼たちに見つかってしまうかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 鬼たちが自分の姿に気づかないことを祈るのみである。


(…ウオオオオオッー!)


 スクナビコナは心の中で叫び声を上げる。

 途中扉を閉めようとしている鬼たちの足もとを駆け抜ける。


(…やったーッ!)


 そして何とか扉の内側に滑り込むようにして入ることに成功するのだった。



「…ガタン…」


 スクナビコナが宮殿の中に飛び込んだ直後、扉が完全に閉まる音がする。


「…ハア、…ハア…」


 スクナビコナはすぐにあお向けの姿勢で寝転ぶ。


 鬼たちに見つからないようにかなり緊張した状態で全力疾走した。

 さすがのスクナビコナも呼吸がかなり乱れてしまっている。

 少し休んで呼吸を整えないと動けそうもない。


「…ふう…」


 ようやくある程度疲れが取れたスクナビコナは周囲を見回してみる。


「…かなり暗いな…」


 宮殿の中は明かりのようなものが全くつけられていない。

 光といえば板の継ぎ目などからわずかに漏れる程度である。


「…ん…?」


 そのときスクナビコナの耳にギイーという木の扉が開けられるような音が聞こえる。


「…あいつか?」


 スクナビコナは音のする方向へと急行する。


「…やっぱり…」


 スクナビコナがある程度近づくと、わずかな明かりでも男が扉を開けようとしているのがはっきりわかる。


 男は扉を開け終えると、そのまま部屋の中へと入っていく。


「…こりゃあ、ついてるぞ!」


 スクナビコナは思わずほくそ笑む。


 男は扉を開けっ放しにしたまま、部屋の奥へと行ってしまった。

 単に閉め忘れたのか、あるいは宮殿の中に侵入者がいるなどと思わず、油断しているのかはわからない。

 なんにせよこれなら簡単に部屋の中に入ることができる。


「よっしゃー!」


 スクナビコナは迷うことなく、勇んで部屋の中へと入っていくのだった。

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