十七、ヤマトへ⑥―イワレビコたちをヤマトへと導くものとは?―
「…ファァァァァー…」
スサノオの話を聞き終えると、イタケルは両腕を上に上げながらあくびをする。
気を取り直したスサノオはイタケルにここに来るまでに起こった出来事を全て話した。
最初の戦いのことやイツセの死も含めて全てである。
その話を聞いている間中、イタケルは相変わらずだらけたように木にもたれかかりながら座っていた。
うつむいている上に白い前髪が顔を覆い隠しているため、その表情をうかがい知ることはできない。
しかしその様子からは到底スサノオの話に興味を持っているとは思えず、そもそもちゃんと話を聞いているのかさえ怪しいものだった。
「…とりあえず話はもう終わり…、かな?」
イタケルはまるで独り言のようにつぶやく。
「…そうだ。だからお前にはなんとしても協力してもらいたい」
そう言うと、スサノオは頭を下げる。
「…ヤマトにたどり着くにはお前の道案内がなんとしても必要なのだ。このスサノオの知る限りお前ほどこの森のことを熟知している者はいない。お前ならヤマトへと抜ける道も知っているはず」
スサノオが熱心に話している間も、イタケルはスサノオを見ようとすらしない。
「だから…」
「嫌だね」
イタケルはスサノオの言葉を途中で
「…なっ…」
「…聞こえなかった?嫌だって言ったんだけどね」
言葉を失っているスサノオにかまうことなく、イタケルは言い放つ。
「…お前は話を聞いていなかったのかッ!」
そう怒鳴りながら、スサノオはイタケルに詰め寄ろうとする。
その様子を見たイワレビコとオオクニヌシが
「さっきの間に全て話したはずだぞッ!我々がここに来るまでにいったいどれほどの犠牲を払ったかッ!」
なおもスサノオは興奮しながらまくし立てる。
「お前はこのスサノオのみならずイワレビコ殿を、いやここに来る前に倒れていった全ての者を
「それは違うね」
スサノオの言葉にイタケルは冷たく返す。
その口元がわずかに斜めに
「戦いで死んだ者たちは僕が殺したわけじゃない。だからここで死んだ人間とか持ち出しても意味ないでしょ」
イタケルは相変わらずの冷たい調子でさらに話を続ける。
「だいたい戦いで人が大勢死んだとか、ここに来るまでに苦労したとか、全部あんたらの都合だよね?そんなの僕には何の関係もないことだ」
イタケルの外見上の様子には何の変化もない。
ただ今までにないくらい雄弁に口を動かす。
「まあ、言ってしまえば結局迷惑なんだよね。こんな下らないことに僕を巻き込むなんて…」
「…く、…下らないだと…!」
スサノオは相変わらず二人に背後から押さえられながら言う。
「…うん、そう。…ああっ…!」
イタケルは叫ぶと同時に立ち上がる。
「いいことを思いついたッ!」
イタケルはそれまでとはうって変わって興奮した様子で言い続ける。
「みんなでこの森に住めばいいんだッ!」
イタケルはなおも大声で
そのあまりの変ぼうぶりにスサノオを含む周囲の者たちは皆あ然とする。
「この森ならここにいる者たち全員を養うくらいの食料や住みかぐらい十分にあるぞッ!」
イタケルは周りの様子を一切気にすることなく一人で喋りまくる。
「だからみんなここで…!」
「フン、全員いっしょにこの森の住人か?話にならんなッ!」
スサノオの言葉を聞いた途端、イタケルはその場に座り込む。
「…はあ、なんだよ、…せっかく僕がすごくいい提案をしてやったのに…」
イタケルは以前のようにすっかりやる気をなくした様子で木にもたれかかる。
「…イタケル殿!」
そのとき突然イワレビコがスサノオのそばを離れる。
そしてイタケルのすぐそばまで駆け寄る。
「私たちはなんとしてもヤマトまで行かなければなりません!そのためにはあなたの力が必要なのです!」
イワレビコはイタケルのすぐ目の前にしゃがみ込む。
そうしてイタケルの目をまっすぐに見すえながら訴える。
「…ふむ…」
イタケルはじっとイワレビコの目を見返す。
「…君はなかなかいい目をしているんだねえ…」
しばらくの間イワレビコの目を見ていたイタケルは感心したようにつぶやく。
「…君の目は美しい。そこに純粋でまっすぐな輝きというものがある。こういう目を持つ者はそうそういるものではない」
そう言うと、イタケルはすっくと立ち上がる。
「…実を言うと君たちの様子は君たちがこの森に入った瞬間からバッチリ見させてもらったよ。だから例えば父上とオオクニヌシが僕のことを変わり者とかなんとか言っていたことなんかも知っている」
「…フン、だからお前の機嫌はずっと悪かったわけだ」
スサノオは吐き捨てるように言う。
そんなスサノオを無視してイタケルはさらに話を続ける。
「…僕は陰口の
「私たちをヤマトに案内してくれるのですか!」
イワレビコはその口調に熱を帯びながらイタケルに尋ねる。
「…いや、そのつもりはない。ただその代わりに…」
そう言うと、イタケルは自分の左後ろの方に顔を向ける。
「…あっちの方をよく見てごらん…」
イタケルにうながされた方角をイワレビコたちはじっと見る。
「…何かが光っている…?」
イワレビコがつぶやくように言った言葉にイタケルは黙ってうなずく。
「…あそこに君たちが望むものがあるはずだ」
そう言うと、イタケルはクルリ半回転してイワレビコたちに背を向ける。
「…僕ができるのはここまでだ。後は君たちでうまくやるんだね」
そう言いながらイタケルはヒラヒラと右手を振る。
そして次の瞬間―。
「…消えた…?」
「…いったいどこへ…?」
一行は皆、あたりを見回してイタケルの姿を探す。
しかしイタケルが彼らの目の前に現れることは二度となかった。
「あっちだ!」
イワレビコは光の見えるほうにひたすら小走りで向かっていく。
他の者たちもそれに続く。
遠くから見ているときにはわからなかったが、近づいてみると光は小高い山の上から輝いているらしいことがわかる。
イワレビコも他の者たちと共に山を登る。
「…滝…?」
イワレビコたちが光の源と思われる場所までやってくると、そこには滝がある。
「…あ、あれは!」
イワレビコが光を再び見つけて指差す。
それは滝の裏側あたりから輝いているようである。
「…あれがイタケル殿の言っていた…?」
イワレビコは他の者たちと共に、光源になるべく近い所まで近づいてみようとする。
足場の悪い岩場を
「…これはッ!」
ちょうど滝の裏側の光っていたあたりの場所に着いたとき、そこには奥に洞窟があることがわかる。
その洞窟の奥からはまばゆいばかりの輝きが
「この奥か!」
イワレビコは他の者たちと共に洞窟の奥へと急ぐ。
「…これが…!」
洞窟の最深部までたどり着いたとき、ついにイワレビコたちにも光の正体がわかる。
「…カァーッ!」
“光の正体”はイワレビコたちが近づくと鳴き声を上げる。
「…鳥…?」
イワレビコは光の正体、鳥の間近まで近づいてその姿を確認しようとする。
イワレビコが近づくと不思議なことに光が次第に弱くなっていく。
すると鳥は再びカァー、という鳴き声を上げ、飛び立とうとする。
「…なっ!」
イワレビコたちも慌てて鳥の後を追いかける。
鳥はしばらく飛んでいたが、洞窟の入り口のあたりで地面に着地する。
そんな鳥にイワレビコたちもようやく追いつく。
「…カラスか…?」
イワレビコは鳥の姿を確認したあとにつぶやく。
全身が真っ黒の鳥、その外見はどこからどう見てもカラスである。
「…ん…?」
しかしじっくりとそのカラスの姿を観察していたイワレビコはあることに気づく。
「…足が三本…?」
カラスに限らず鳥は普通、足は二本である。
しかしこのカラスは足が三本。
「…ヤタガラスだな」
いつの間にかカラスを見ていたイワレビコのすぐそばにいたスサノオが答える。
「…これがオモイカネ殿の言っていた?」
「ええ、この地上にはめったにいない珍しいカラスです」
その場にいる者全員がヤタガラスをじっと見つめる。
「…あっ!」
しばらくするとまたヤタガラスは飛び立つ。
しかし今度は少しだけ飛んだあと、すぐに地上に着地する。
そしてイワレビコのほうをじっと見ている。
「…このカラスは?」
「…ついて来いと言っているのでしょうか?」
イワレビコはスサノオと語り合う。
そして再びヤタガラスの方へと近づいてみる。
「…やはり…」
するとヤタガラスは先ほどと同じように少し飛び上がってまた着地する。
「…間違いない」
「ついて行きましょう」
こうしてイワレビコたちはヤタガラスの後をひたすらについて行くことにするのだった。
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