七柱記―それは神々と鬼たちとの戦い。書物では決して語られることのなかった日本の神話の裏面史である―【カクヨムコン8版】
十四、ヤマトへ③―イワレビコの見た不思議な夢とは?そしてオモイカネの厳しい追及!裏切り者がいる!?一体誰が!!?―
十四、ヤマトへ③―イワレビコの見た不思議な夢とは?そしてオモイカネの厳しい追及!裏切り者がいる!?一体誰が!!?―
「もう、準備はできました」
「よし、では出発だ!」
スサノオの言葉を聞いたイワレビコは全体に号令をかける。
それを受けてイワレビコ以下、全ての者がおのおの舟に乗り込む。
昨日のうちに負傷者を含めた兵士の数を調べたところ、すでに百を切っていることがわかった。
昨日の戦闘の前は千人以上はいたはずなので、たった一日で兵士の数は十分の一以下にまで激減したことになる。
このことを知った生き残った者たちは皆、改めて自分たちがいかにとんでもない相手と戦ったのかを思い知らされた。
もっとも昨日のオオクニヌシとスクナビコナが行った“治療”のおかげで兵士はほぼ全員が一人で歩けるまでには回復していた。
高天原の者たちも前鬼と激しく戦ったタヂカラオが多少の傷を負ったくらいで全員ほぼ健康体である。
すでに少し前にサルタヒコとスクナビコナはヤマトに向かって出発していった。
スサノオが彼らにヤマトのことを調べさせるのはなんといってもヤマトのことを少しでも知りたいからである。
特にスサノオが気になっているのは昨日の戦いで敵の士気が異様に高かったことである。
しかも敵全体に“前進勝利”が浸透していたことである。
昨日こちらの軍が敵に
だがそれ以上に大きかったのは敵の士気が非常に高かったこと、さらに人間と鬼が完全に一つにまとまって戦っていたことだ。
人間が鬼と一つになって行動するというのは常識的に考えてあり得ないことと言っていい。
人間から見て
それが一つにまとまっているということは何かがあるに違いないのである。
「では予定通りに」
「はい」
イワレビコとスサノオは昨日事前に相談して、舟でいったん南に向かうことに決めていた。
南に向かうということはいったんヤマトからは遠ざかるということである。
しかしスサノオにはわざわざ遠回りしてでもやりたいことがあった。
それはなんと言っても味方を増やすことである。
昨日の戦いで兵士の大半を失った今の軍には、ヤマトの軍勢に対抗できるだけの者たちを集めることが不可欠である。
幸いなことにスサノオにも一応の当てがあった。
「着きましたな」
「ええ」
イワレビコたちは熊野の地に上陸する。
舟で南に向かってから数日後のことである。
「…しかしこれは…」
「…すごいな…」
舟から降りてあたりを見回して、一行は思わず
地上はどこを見ても木々が生い茂っている。
海が見える場所以外は全て森、森、森である。
このどこまで広がっているとも知れない森はまるで一行が先に進むのを
「…スサノオ殿、あなたに一つ話そうと思っていたことが…」
「ほう、なんです?」
皆が森のあまりの大きさに驚いている中、イワレビコがスサノオに切り出す。
「…今森を見ているときに思い出して…、くだらないと思われるかもしれませんが…」
イワレビコはなぜか話を始めるのを
「いやいや、どんなことでも遠慮なく話してほしい」
「…では…」
スサノオにうながされて、イワレビコはようやく具体的に話し始める。
「…実は昨晩不思議な夢を見たのです」
「ほう、夢…」
「はい…」
イワレビコが見たという夢の話はこんなものだった。
高天原の宮殿でアマテラスを中心にタカギ、オモイカネ、ミカヅチが集まって会議をしていた。
イワレビコたちが戦いで負けたことを受けて今後のことを相談するためである。
会議ではミカヅチが地上に降りるしかないのではないか、という案が出た。
しかしそれに対してそれでは高天原を守るものがいなくなるという意見が出た。
そこでオモイカネがミカヅチの愛刀フツノミタマを舟で地上のイワレビコに届けることに決まったという。
「…ふうむ…」
スサノオはイワレビコの話を聞き終えると、少しの間考えたあと口を開く。
「…イワレビコ殿、そういうことならしばらくここで待ったほうがいい」
「私の夢の内容は本当に高天原で起こったことなのでしょうか?」
イワレビコは当然の疑問をスサノオにぶつける。
「ええ、おそらく。実際にその場にいたわけではないが、こういう話は高天原であってもおかしくない」
スサノオは感心したように話を続ける。
「やはりあなたはヤマトを
「そう言っていただけるのはありがたいですが」
「ただ…」
話をいったん止めると、スサノオはいくらか鋭さを増した目でイワレビコの方を見る。
「全ての者がこのスサノオと同じ見方をするとは限らない。あなたのことを否定的に見る者たちが少なからずいるはずだ」
「…はい…」
「あなたはそういう者たちにも自分の価値を認めさせなければならない。自分こそがヤマトを統べるにふさわしいのだ、と」
「はい」
イワレビコはスサノオの目をしっかりと見返しながら答える。
「…いや、わかっているならこちらからこれ以上言うことはない」
イワレビコの返事を聞いたスサノオは安どの表情を浮かべながら言う。
「それとしばらくはここで待った方がいいでしょう」
「森には入らないのですか?」
「ええ」
スサノオはイワレビコの言葉にうなずく。
「あなたが夢で見たことが本当に起こっているのなら、今ごろオモイカネが舟で我々を追いかけているはず。とりあえずそれが追いつくのを待った方がいい」
「進軍は急がなくていいのですか?」
「進軍を多少遅らせてでも成功できる確率の高い選択をしなければ。もはや我々に失敗は許されません」
スサノオはイワレビコの問いにもよどみなく答える。
「わかりました」
スサノオの言葉にイワレビコは納得する。
そして一行はそのままその地で待つことにするのだった。
「…フン、来おったか…」
スサノオは遠くの海に見えた舟影を見ながら
舟影は少しずつ大きくなっていく。
明らかにこちらに近づいているのである。
もはや日はかなり傾き、海を夕焼け色に染めている。
舟はどんどんこちらに近づき、人影も見え始める距離にまで来ている。
「…そろそろ全員を整列させて出迎えた方がいいかな?」
「わかりました」
こうしてイワレビコたちは整列して舟を出迎えることになった。
やがて舟は地上に着き、その上からオモイカネが降りてくる。
そしてイワレビコと、スサノオ以下高天原から来た面々が並んでいる先まで、ゆっくりと歩いてくる。
「…イワレビコ殿はどなたかな?」
スサノオたちと会話できるくらいの距離まで来ると、オモイカネは口を開く。
「はい、私です」
「そうか、ではこれを」
そう言うと、オモイカネは右手をイワレビコの前に突き出す。
その手には一振りの刀が握られている。
「これこそがフツノミタマである。受け取られよ」
「はっ」
イワレビコは片ひざをついてうやうやしく刀を両手で受け取る。
「それともう一つ伝えたいことがある」
オモイカネは重々しい調子で言う。
「なんでしょう?」
イワレビコは片ひざをついたまま尋ねる。
他の者たちも集中して耳を澄ます。
「実はこの辺りにヤタガラスがいるらしいのだ」
「ヤタガラス?」
イワレビコの言葉にオモイカネは無言でうなずく。
「ヤタガラスはかつて高天原に生息していた鳥だった。しかしあるときいずこかへと飛び去ってしまったのだ」
「そうなのですか?」
イワレビコ以下その場にいる者たちは皆興味深そうにオモイカネの話を聞く。
「うむ、そこでイワレビコ殿には是が非でもヤタガラスを探していただきたいのだ」
「ヤタガラスというのはそれほど重要なものなのですか?」
イワレビコの問いにオモイカネは再度うなずき、そして続ける。
「あなたに与えたフツミタマとヤタガラス。この二つがそろうことが極めて重要なのだ。今はそれしか言えぬ」
オモイカネはイワレビコの目を見ながらきっぱりと言う。
そのあとオモイカネはスサノオたちの方を厳しい表情をしながら見つめる。
「…それにしてもスサノオ、他の者たちもだが…」
オモイカネは依然として重々しい口調のまま口を開く。
「地上での最初の戦いは完敗だったそうだな。貴様らがついていながら何というザマだっ!」
オモイカネは厳しい調子で
その瞬間スサノオは思わず唇をぐっとかみしめる。
何か反論したい気分だったが、負けたのが事実なだけに言葉が見つからない。
そのあとしばらくの間オモイカネによる敗戦の追及の言葉が続く。
それはほとんどがスサノオに向けられたものだった。
しかしスサノオは最低限のことを説明しつつ、オモイカネの言葉を受け入れる。
そんな状況がしばらく続いたあと、オモイカネは意外な者に言葉を向ける。
「…ところでミナカタよ…」
「…は、…はい…?」
突然話を振られて意表をつかれたミナカタは思わず間の抜けた返事をしてしまう。
その返事はオモイカネをかなりいら立たせるものだったらしい。
オモイカネはチッ、と舌打ちしたあとに相変わらずの厳しい表情で話を続ける。
「高天原では貴様のことが
「…うわさ、…なんで…?」
「…フン、貴様自身が一番わかっているのではないか?」
オモイカネに皮肉っぽく言われて、ミナカタは少しの間考えてみる。
しかしやはり自分が高天原で噂になる理由に思い当たるものなどない。
「…ふう、わからないのか…」
ミナカタの様子を見てオモイカネは
「…ならばはっきり言ってやろう…」
オモイカネは元の厳しい視線をミナカタに対して向けながら言う。
「貴様、裏でニギハヤヒと通じているのではないのか?」
「なっ!」
オモイカネの言葉にミナカタは絶句する。
「なんでそうなるんだよ!」
思わずミナカタはオモイカネの前に進み出て食ってかかる。
「…フン、簡単なことだ」
オモイカネは一切動揺することなく、ミナカタの方を見すえながら説明を始める。
「貴様は高天原ではニギハヤヒと仲が良かったな?」
「それがどうしたんだ!」
「ならば表面的には我々の味方のふりをしながら、ニギハヤヒとも連絡を取り合うこともできるのではないか?」
「なにっ!」
ミナカタは再び言葉を失う。
そんなミナカタの様子を見てオモイカネは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「貴様は表面的には我々の味方を装い、裏ではニギハヤヒと通じて我々の情報を流した。我々が最初の戦いで奇襲攻撃を受け簡単に負けたのも、ようは貴様のおかげで我々の動きが敵に知られていたからだ」
「…くくっ…」
ミナカタは何とかオモイカネの言葉に反論したい。
だがいい言葉が全く浮かんでこない。
「…ふん、貴様の裏切りは完璧に証明されたというわけだな」
「…ううっ…」
ミナカタは周囲を見回してみる。
周りの全ての者の視線がミナカタ一人に注がれている。
その全てが完全に“疑惑”の目である。
黙って見ている者たちの中にはスサノオやオオクニヌシも含まれている。
「…待て、…待ってくれ!」
ミナカタは周囲の者たちに必死になって訴える。
「やってない!やってないんだ!」
ミナカタの訴え方はおおよそうまいとは言えないものだ。
現にミナカタの訴えに対して周囲の者たちはただ
お互いに隣の者と顔を見合せたりする者はいても、ミナカタをかばおうなどという者は一人も現れない。
「…やってない、…俺はやってない…」
ついにミナカタはその場にへたり込んでしまう。
そんなミナカタをオモイカネは冷たい目で見つめる。
「…フン、決まったな。さてこの反逆者をこれからどうしよ…」
「ちょっと、待った!」
オモイカネの言葉に、それまで沈黙を守っていたスサノオが初めて口を開く。
「…なんだ?」
オモイカネはスサノオの方をいらだたしげに見る。
どうやらオモイカネにとってスサノオが割って入ってきたことは意外なことだったらしい。
「貴様は何が何でもミナカタを裏切り者にしたいらしいが…」
「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え」
スサノオとオモイカネはお互いを鋭く
「…貴様が望むというのならはっきり言ってやるが…」
スサノオはいったん言葉を止めたあと再び口を開く。
「貴様はミナカタが裏切り者だという証拠を何一つつかんでいない」
「何だと?」
オモイカネはスサノオをいっそう厳しく睨みつけるが、それに
「だってそうだろう?貴様の話は全てミナカタがニギハヤヒと仲がいいということに
「何っ!」
オモイカネの表情はさらに険しくなっていく。
「貴様はミナカタがニギハヤヒに情報を
スサノオは少し呆れたような顔をしながら言う。
「ちなみにこのスサノオは地上に降りて以来かなりの長い間ミナカタといっしょにいたが、その間にミナカタが
スサノオはオモイカネを見すえながらきっぱりと言い切る。
「…フン、貴様の話など信用でき…」
「お待ちください!」
それまで他の者たち同様、じっと話を聞いていたウズメがオモイカネの言葉を遮り、話に割って入る。
「スサノオ様のことが信用できないというのならこのウズメはどうでしょうか?」
ウズメはオモイカネのほうに一歩進み出て、さらに言葉を続ける。
柔らかい口調とは裏腹に、その目はオモイカネのほうをしっかりと見すえている。
「…ウズメか。貴様は我らに断りもなく勝手に高天原を抜け出した。そのことはなんと申し開きをする?」
オモイカネは“口撃”の矛先をスサノオからウズメへと変える。
「私が無断で高天原から抜け出したのは我が夫サルタヒコに私が地上に降りることを反対されていたからです。そのことについては申し訳なく思っています」
ウズメはしっかりとした口調でオモイカネに対して言う。
「私が地上に行きたかった理由は我が夫とスサノオ様たちのことが心配だったからです。ミナカタ様はスクナビコナ様と共にその思いをくんで、私がここまで来ることに協力してくださいました。そんなミナカタ様が我々を裏切るなどあり得ないことです!そのことは私がはっきり保証できます!」
ウズメはオモイカネに対してきっぱりと言い放つ。
「…ぐぬぬ、貴様までもがあやつをかばうか…」
オモイカネは歯ぎしりしながら悔しがる。
「…ふむ、ウズメ殿やこのスサノオの言葉だけでは足りぬというのなら、ここにいる全ての者にミナカタが怪しい行動を取ったかどうか聞いてみたらどうだ?」
次はスサノオがオモイカネに対して言う。
「言われなくてもそうさせてもらう!」
さっそくオモイカネはミナカタが怪しい動きをしたのを見たことがある者がいないか
だがそんな場面を見たという者は一人も現れなかった。
「…うぬぬぬぬ…!」
オモイカネは顔を真っ赤にして先ほど以上に激しく歯ぎしりしながら悔しがる。
「…いや、今はまだ裏切っていないだけで今後裏切るつもりなのかもしれん!そうだッ、そうに決まっているッ!」
オモイカネはなおも軍の中に裏切り者がいるという“自説”にこだわる。
「…そんなに我々のことをお疑いのようでしたら…」
再びウズメがオモイカネに対して口を開く。
「…今後はあなたも我々と行動を共にされてはいかがでしょう?そうすればあなたが言うところの“裏切り者”もそのうち見つかるじゃないかしら?」
ウズメは肩をすくめながら続ける。
「…ふう、まだミナカタが裏切り者だという根拠があるかな?」
スサノオがさらにたたみかける。
「フンッ、もういいッ!」
オモイカネはスサノオの言葉は無視し、ミナカタの方に肩を怒らせながら近づいていく。
「言っておくが貴様の疑いが完全に晴れたわけではないからなッ!そのことだけは忘れるなよッ!」
オモイカネはミナカタにそう捨て
「…大丈夫?」
オモイカネがある程度遠くに離れてしまったのを確認したあと、心配したウズメがミナカタのすぐそばまで近づいてきて声をかける。
「…ありがとう、ウズメさん。マジで助かった…」
ずっとその場にへたり込んだままだったミナカタはようやく立ち上がり、ウズメに礼を言う。
「…うふふ、アイツはよっぽど私たちといっしょに行くのが嫌だったみたいね」
ウズメはミナカタを安心させるように笑いかけながら言う。
「…それにしてもあいつはこれから一体どこに向かうつもりなんだろうな…」
急激に遠くなっていくオモイカネの背中を見つめながら、スサノオはつぶやくのだった。
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