第37話 小悪魔とて母には敵わない(結愛視点)

 センパイに電話を切られた。

 珍しく休日に外出してたって言うから、何をしてたか詳しく聞き出そうと思ったのに。電話で話したあの感じ……間違いなくセンパイは、何かを隠したがってた。


「てことは……やっぱり相手は女の子だよね」


 わたしの知るセンパイは、隠し事をするようなタイプじゃない。そもそも人に隠すようなネタが無いってのもあるけど。


 そんなセンパイが、あんなにも露骨に答えを渋った。しかもそれはスマホを見る暇がないくらい熱中する用事――となれば、女の子とのデート意外あり得ない。


「まさか……あのピンクの先輩!?」


 そういえば昨日、センパイとファミレスで勉強会をした後。お会計の時やけに時間が掛かってた気がする。仮にピンクの先輩と約束したとするなら、きっとあの時。


 センパイと面識のある女子は限られてる。

 これまでのわたしの経験の中で、デートする可能性が一番高いのは……そう考えた時に、真っ先に浮かんだのは、やっぱりあのピンクの先輩だった。


「わたしが誘っても断るくせに……」


 センパイは昔から休日に外出することを嫌っていた。わたしも何度か遊びに誘ったことはあったけど、「だるいから無理」と断られるのがほとんどだった。


 でも今日はそうじゃなかった。


 あのセンパイが――インドアで、めんどくさがりで、ニート予備軍で、陰キャ代表のセンパイが、土曜日に外出した上に、日曜日の明日まで出かけようとしてる。


 しかも相手はあのピンクの先輩。

 わたしとじゃなく、他の女の子とデートをする。


「もう、なんで出てくれないの……」


 居てもたってもいられなくて、また電話を掛けてみたけど。センパイは電話に出てくれない。それどころか、L〇NEを送っても既読すら付かない。


「ダメよわたし。焦っちゃダメ」


 必死に自分に言い聞かせる。

 一度連絡を諦めることにしたわたしは、何となくカメラロールを開いてみた。そしてこの間たまたま撮影した、センパイの下心が満載のあの写真を表示する。


「こんなに鼻の下伸ばしちゃって……」


 こんなスケベ丸出しな顔、わたしに対しては絶対にしてくれないのに。いかにも『ギャルでーす』みたいな人たちの下着には、こうやって欲情するんだ。


「わたしだって可愛い下着くらい持ってるもんっ」


 お腹の底からまたイライラが湧き上がってくる。


 もしかしたらセンパイは、ああ見えてギャルっぽい人がタイプなのかもしれない。ないものねだりで、自分とは正反対の陽キャを好きになっちゃう人なのかも。


「だとしたらわたし脈なさすぎだよ……」


 わたしはがっくりとベッドに突っ伏した。もしわたしの仮説がぜんぶ正しいとするなら、ギャルとは程遠いわたしは、センパイの恋愛対象じゃないことになる。


 これまでたくさんのアピールをしてきたつもりなのに。なんでセンパイはわたしじゃなくて、あんなポッと出の女の子に興味持っちゃってるの。


 わたしが一番近くにいるのに。

 どうして違う子ばかりに目が行くの。


「絶対に負けない……」


 自然とスマホを持つ手に力が入った。

 一番にセンパイの良さに気づいたのはわたしなんだから。ちょっと一緒に旅行いったぐらいで、センパイのこと知った気になっちゃって……。


 やっぱりあのピンクの先輩は油断ならないよ。一見清楚な見た目だけど、中身はきっと相当なやり手なんだ。


「ってことは、あの人が本気出したらセンパイは……」


 いくら奥手でヘタレだからって、センパイだって男の子なわけで。もしあのピンクの先輩に誘惑されたりでもしたら、センパイの初めては……


「あぁぁぁあぁぁぁぁ――!!!!!!」


 それだけは絶対に許しちゃいけない。

 もしセンパイが、あのピンクの先輩と手を繋いだりだとか、キ、キスしたりだとか……そんなことになったら、わたしはもうセンパイの傍には居られなくなる。


 そんなのはイヤだ――




「どうしたの結愛。そんな怖い顔して」


 その声でわたしはふと我に返る。

 顔を上げればそこには、いつの間にか部屋に入って来てたお母さんが。珍しいものを見るような目で、ベッドに横たわるわたしを見下ろしていた。


「何かあった?」


「何でもない。それより勝手に入らないでよ」


「呼んでも返事しなかったのはあんたじゃない」


 わたしはむくっとベッドから起き上がり。

 くしゃくしゃになっていた髪を両手で整える。


「今日の夕飯は?」


「カレーだけど」


 カレーかぁ……。

 ならシチューがよかったなぁ。


「本当どうしたの?」


「だからなんにもないってば」


 わたしはよいしょと起き上がり。

 重い足取りでドアの方へと歩いた。





「さては恋ね」


「はぁっ――!?」


 唐突にそう言われて、わたしはすかさず振り返る。

 するとお母さんはニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべていた。


「図星ね」


「ぐっ……」


 言葉に詰まると、お母さんは更に口角を上げた。


「そういえば最近、あんた色っぽい下着付けてるものね」


「そ、それは高校生だし色っぽい下着くらい付けるよ!」


「えぇー? ちょっと前までは気にもしてなかったのにー?」


「うぅぅ……」


「それって好きな人が出来たってことじゃなーい?」


「だ、だから違うってば!!」


 こういった話題の時のお母さんはすごーくしつこい。


 そりゃ最近は気を引き締めるという意味も込めて、下着には気を遣うようになったけど。別にそれはセンパイのためってわけじゃなくて――。


「ちなみに男子が好きな下着の色って『白』らしいわよ」


「えっ? そうなの?」


 ついつい食いついちゃった。


「それってどこ情報?」


「昔お父さんが言ってた情報」


「じゃあ参考にならないよ……」


 最近わたしが買った下着も白だから期待したのに……どうしてこうお母さんってすぐに適当なこと言うかなぁ。


「とにかく、好きな人がいるなら頑張んなさい」


「だからそういうんじゃない!」


「はいはい」


 こんな感じで、わたしのお母さんは妙に勘がいい。

 そういうところが、ちょっぴり苦手だったりする。

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