第36話 中辛派なモブと甘口派の天使

 帰宅するなりリビングのソファに直行。

 あまりの疲れから横になり、俺がのんびりとテレビを観ている最中。我が家の料理担当である陽葵はというと、すぐ隣の台所でせっせこ晩御飯の支度をしていた。


「ねぇ悠にぃ」


「んー?」


「カレーさ、甘口と中辛どっちがいいかな?」


 不意にそんな二択が飛んでくる。

 俺はよいしょと身体を起こし、迷うことなく言った。


「それはもちろん中辛で」


「甘口ね、おっけーい」


「……」


 いやいや、おっけーいって。

 ナニ……? 今の会話……?


「あの、俺の意思は……?」


「だって陽葵もママも辛いの苦手だし」


「じゃあ最初っから俺に聞くなよ……」


 露骨に眉を寄せたが、陽葵は俺を見ぬ気もせず。


「ここで隠し味! ちょこっとチョコレート!」


 とか何とか言って、容赦なく鍋にチョコをぶち込んでいた。どうやら今日の晩御飯は、カスタマイズ必須の超激甘カレーらしい。


(父よ。おそらく今日は酒が進まんぞ)


 端から甘口にするつもりなら黙ってやってほしかった。まあ、仕事で忙しい母の代わりに、晩御飯を作ってくれるだけ有難いのだが。


 ブゥゥ――


 と、ここで。

 ポケットに入れたままだったスマホが鳴った。


 すぐさま取り出し通知を見れば――その送り主は葉月。


 しかも一通だけではなく、俺がスマホを確認していなかったこの数時間の間に、奴は複数回のL〇NEメッセをよこしていた。




『今部活終わったんですけど暇ですか』16:06


『また勉強を教えてもらおうと思って』16:07


『おーい。無視しないでくださいよー』17:20


『ちょっと。なんで返信くれないんですか』17:31


『まさか寝てるわけじゃないですよね』17:39


『不在着信』17:41


『わたしのことブロックしてます?』17:42


『不在着信』17:43


『なんで電話に出てくれないんですか』17:44


『そういうのいいんで今すぐ返信ください』17:45


『もう! いい加減にしてくださいよ!』17:51←今ココ




「しつこいなこいつ……」


 ずっとマナーモードにしたままだったから全然気づかなかった。ちょっとスマホを放置した隙に、こんな面倒なことになっていたとは。


(だるいし明日返せばいいか)


 そう思い俺がスマホを閉じた瞬間――


「げっ……」

 

 タイミング悪く電話が。

 当然その相手は葉月だった。


 一瞬出るか迷ったが、おそらくこれを無視すると、後々もっと面倒なことになるだろう。それだけは嫌なので、俺はしぶしぶ通話ボタンを押した。




『あ、やっと繋がった。どうして無視するんですかもう』


 案の定、葉月の第一声は不満げだった。

 思わずため息が出そうになったが、ここはグッと堪える。


「いや、無視してたわけじゃないんだけどな」


『じゃあ何ですか。ニート予備軍らしく今起きたんですか』


「んなわけあるか。今日は用があって外出してたんだよ」


『外出? あのニート予備軍のセンパイが?』


 予備軍予備軍うるせぇなこいつ。


『ちなみに何の用事だったんですか?』


「別にいいだろ。何でも」


『よくないです。そこはちゃんと教えてもらわないと』


「なんでお前に教える必要がある」


 教えたら面倒なことになるのは目に見えてる。

 例え口が裂けても勉強会のことは教えてやらん。


「そもそも俺に何の用だよ」


『何って、センパイに勉強を教えてもらおうと思いまして』


「勉強なら昨日教えただろ」


『はい、なので今日もお願いしよーって』


 すっかりいつもの調子を取り戻した葉月は続ける。


『センパイ、明日は暇ですよね』


「暇じゃない」


『えっ!? 暇じゃないんですかっ!?』


「うっさ……!! 急にでけぇ声出すな! 耳壊れるわ!」


 おかげで耳がキーンってなってるよ。

 鼓膜が破れたりでもしたらどうしてくれる。


『もしかしてですけど、また外出ですか?』


「もしかしなくても外出だろ」


『外出なんですかぁっ!?』


「……っっ!!」


 こいつ……わざとやってんだろ。

 マジで耳聞こえなくなるっつーの。


『それって女の子と会うとかじゃないですよね!?』


 しかもこういう時ばかり勘が鋭いのも厄介だ。


『正直に答えてください!』


「嫌だ」


『なんでですか!』


「正直に答えてやる義理がない」


『誤魔化すってことはそういうことなんですね!?』


「仮にそうだとして、お前には関係ないだろ」


『関係なくないです! 今すぐ答えてください!』


 明らかに葉月はヒートアップしていた。

 これ以上の通話は不毛。早くこの通話を切りたい、そう思い始めたところで「悠にぃ、ご飯だよー」と、陽葵から救いの声が掛かった。これを逃す手はない。


「飯だしもう切るぞー」


『ちょ、センパ――!」


 俺は躊躇いなく電話をブチ切り。

 よいしょと立ち上がって、カレーの並んだ食卓へ。


「今の電話って葉月先輩?」


「ああ。全く意味がわからなかった」


「ふーん」


 俺がため息と共に椅子に腰を下ろすと。

 何やら陽葵は含みのある笑顔で俺を見た。


「なんだよ」


「べっつにー」


 そういう割には向けられる視線が痛い。


 何だろう……この居心地が悪い感じ。

 陽葵におちょくられてる気がしてならない。


「ただ悠にぃも隅に置けないなーと思って」


「どういう意味だよ、それ」


「知らなーい」


 そう言うと遅れて席に着いた陽葵。


「それじゃ食べよっか」


「お、おう」


 若干の後味の悪さを感じながら、俺はひとまず両手を合わせる。そして陽葵特製のチョコレート入りカレーを口にしたのだが。


「うんめっ!!」


 その味は想像の100億倍美味。


「美味しいでしょー」


「コクっていうの? なんかもうすんごいわ」


「チョコレート入れるとこんな風にコクが出るんだー」


 さてはうちの妹は天才か?


「味変する気満々だった俺を殴ってくれ」


「イヤだよ。陽葵が殴ったら悠にぃ喜ぶもん」


「それはそう」


 そんなくだらない兄妹トークを交えながら、俺はカスタマイズすることなく、ものの数分でカレーを平らげたのだった。

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