第33話 時にギャルたちはその仲を拗らせる

 気分転換のはずが、しっかり2時間カラオケを楽しんでしまった。とはいえ後半は、陽葵と夏希が交互に歌う様を、側から眺めていただけなのだけど。


 どうやら古賀は、この後バイトがあるらしく、これにて本日は解散。俺たちは今、受付横の座椅子に腰を下ろして、古賀の会計が終わるのを待っているところである。


「あれっ? コガミオ?」


 ぼーっとスマホをいじっていたところ。妹たちの歌で癒された俺の耳に、聞き覚えのある甲高い声が飛び込んできた。


 ふと店の入り口の方を見れば。

 現れたのは陽キャ満載の二人組。


「やっぱコガミオじゃんネ!」


「それなー」


「安達に加瀬? 偶然じゃんどうしたの?」


 入店するなり、すぐさま古賀の方へと歩み寄ったそいつらは、それはもうギャルぽい、露出多めのカジュアルな服で、全身を派手に着飾っていた。


 うぇぇぇぇい!!


 と、ハイテンションでハイタッチを交わす三人。部外者にとって、ただただめんどくさいだけの偶然を前に、思わずドデカいため息がこぼれる。


「ウチら勉強会しててサ。飽きたし気分転換にカラオケ行っちゃおっテ!」


「それなー」


「へぇー、二人が勉強会ね」


 今のところ俺の存在には、気付いていなさそうではある。もしバレたら確実に面倒事になるので、どうかそのまま気づかないでいてくれ。


 なんて、俺が願ったのも束の間。


「てかコガミオは一人でカラオケ来てたワケ?」


 高速フラグ回収にもってこいの質問を投げたのは、肩出し、へそ出し、ビッチ丸出しの安達さん。これにより古賀の視線は、流されるように俺たちの方へ。


「い、一応妹たちと一緒ではあるけど」


 バレたくないと願ってから、ここまでほんの数秒の出来事である。これぞ高速フラグ回収と言わんばかりに、俺を視認した安達と加瀬は、揃って眉を顰めた。


「え、なんでアイツ?」


「それなー」


「コガミオ、もしかしてあいつとデキてル?」


「はぁっ!? そそ、そんなわけないじゃんっ!!」


 やがて安達が口にしたのは、陽キャマインド特有のそんな台詞だった。素直に受け入れて赤面する古賀も相まって、俺は呆れて苦笑いをするほかない。


「あたしらもここに来る前は勉強会してたの」


「てことはやっぱりそういうことジャン?」


「だから違うってば……」


 バカでも想像力だけは一丁前な安達に、流石の古賀も呆れているよう。こんなIQ3レベルの会話が日常的に展開されるなら、俺は一生陰キャのままでいい。


「勉強会ならウチらに混ざればよかったっショ」


「それなー」


「そしたらもっと盛り上がったのにサー」


「勉強会に盛り上がりとかないから……」


 話を聞いた感じからするに、どうやら安達たちは、勉強会という名の談笑をしていたらしいな。そりゃいくら情に厚い古賀とてバカ認定するわ。


「今日はあたしが井口を勉強会に呼んだの」


「それってやっぱりそういうことジャン?」


「だから違うって……なんでそうなるかな」


 これぞ三歩進んで二歩下がるの典型。

 いよいよ古賀は、ため息を吐いて言う。


「妹が受験生だから、井口にはその勉強を見てもらってたの」


「それであいつに頼むって全然意味わかんないんですケド」


「それなー」


「ああ見えて勉強だけは出来んのよ」


 勉強だけしか取り柄の無い人間で悪かったですね。


「てことは、あの子らがコガミオの妹ってコト?」


「右の天使はそうだけど、左の子は井口の妹」


 と、ここで奴らの視線がこちらに集まる。


 今のはうっかりなのか。

 古賀からシスコンの片鱗が。


「美緒ねぇ……」


 これには夏希も頭を抱えていた。

 古賀は普段シスコンを隠していると言っていたはずだが、ものの見事にダダ洩れである。こりゃあいつのシスコンがバレるのも時間の問題だな。


「へぇー、あいつの妹」


 それはさておき。何やら興味深そうな顔を浮かべた安達は、俺と陽葵の間で何度か視線を反復させた。やがて唇をプルプル震わせたかと思えば。


「兄妹なのに似てなすぎっショ!」


 それはもう、思いっきり噴き出したのでした。


「遺伝子ぜったい違うってアレ!」


 腹を抱えての大爆笑。

 顔が似てないだけでそんな笑えるって、君の人生幸せそうだね。そりゃ俺と陽葵は実の兄妹だが、俺とは違い、陽葵は天使の生まれ変わりだ。似てるわけがない。


「陽葵たちってそんなに似てないかな……」


「まあ、似てはないわな」


 ゲラゲラ笑い止めない安達を前に、陽葵は引きつった笑みを浮かべていた。その裏で申し訳なさそうに手を合わせる古賀は、やはりいい奴なのだろう。


「はぁぁ、笑い死ぬとこだったワ」


 そのままくたばればよかったのに。


「それでどうスル? ウチら今からだケド?」


 流れでカラオケに誘う安達。

 流石は陽キャ。ノリが軽い。


「ごめん、今日は無理。あたしこれからバイトだし」


「テスト前なのにシフト入れてんのマジ? 働きすぎジャン?」


「そうでもないよ。勤務時間はだいぶ短くしてるし」


 すると古賀は繕ったような笑みを浮かべる。


「今日は二人で楽しみなよ」


 やんわりと、丁寧な断り方だった。

 これでようやくこのウザいノリから解放される。


 なんて俺がホッとしたのも束の間。


「なーんか。最近のコガミオ付き合いわるくネ?」


 何やら安達の顔がわかりやすく歪んだ。

 この瞬間、浮ついていたはずの空気が一気に締まる。


「誘ってもぜんぜん乗ってこないジャン」


「それなー」


「こっちは一緒に遊びたくて誘ってんのにサー」


「それなー」


「それは……」


 仲が良いにしては、随分と厭味ったらしい言い方だ。それなbotの加瀬が介入してきたこともあり、やがて三人の間には、らしくもない重く険しい空気が流れる。


「そういやコガミオって歌ちょー下手だったヨネ?」


 ここで安達は思い立ったように言った。


「確か女版ジャ〇アンだっけ」


「それなー」


「バイトとか言うけど、ホントは歌いたくないだけっショ」


「それなー」


 明らかに馬鹿にしたような口調だった。

 これには古賀も嫌悪を顔に出すほかない。


「ウチらに弄られるのが恥ずかしいだけなんじゃネ?」


「べ、別にそういうわけじゃないから」


「えー、ぜったいそうジャン!」


 ニタニタ口元が緩い安達に、露骨に強張った面持ちの古賀。まさにため息が出るほど不毛な争いだった。一度誘ってダメなら、素直に諦めればいいものを。


(これだから陽キャは……)


 古賀は今、明らかに追い込まれている。しかし安達はそれに気づいて身を引くどころか、更に古賀を煽り立てるように言った。


「まあ、あそこまで下手だとそうなっちゃうカ」


 それは仲良い相手にするような面じゃない。嘲笑うような安達の笑みは、部外者の俺から見ても心底不快に映った。


「コガミオがカラオケ嫌いになる気持ちもわからなくないケド」


 わからなくないなら、なぜ無理に古賀を誘おうとする。本当に仲が良いのなら、今の古賀がどんな気持ちなのかを考えてやれよ。


「でもウチらはいくら下手でも気にしないシー」


「それなー」


「だからもうワンカラオケいっちゃうっショ!」


 あまりにも痛々し過ぎて、見ていられない。

 古賀も黙ってないで、何か言い返してやればいいのに。


 止めに行くか。

 そう思ったところで。


「美緒ねぇをいじめんな」


 すぐ隣で夏希は囁いた。


「美緒ねぇをいじめんなっ!」


 やがてその囁き声は、怒りを含んだ大声に変わる。ガタンという音と共に、夏希が立ち上がったその瞬間、古賀たちの視線が一斉にこちらへ向いた。


 まごう事なきマジギレだった。


 元々のキツい顔立ちから繰り出される細く鋭い視線。それを受けてか、加瀬はすぐさまひるんだように身を引いた……が、安達は逆に眉を逆立て応戦する。


「それってウチらに言ってるワケ?」


「あんたら意外に誰がいるし」


 凄まじい圧を纏ったまま、夏希と安達の距離は詰まる。猛虎と大蛇が睨み合っているかの如く、至近距離で視線をぶつけ合う二人。場の空気は当然のように凍った。


「ちょ、ちょっと夏希、やめ――」


「美緒ねぇは黙ってて」


 古賀が止めに入ったが。

 それでもキレた夏希は止まらない。


「美緒ねぇは行きたくないって言ってんの」


「は? 行きたくないなんて言われてないシ」


「無理に誘うのはやめてあげて」


「無理になんて誘ってないんですケド」


 両者ともに一歩も引く様子はなかった。

 俺は大きく息を飲んでその結末を見守る。


「ウチらはただコガミオと久々に遊ぼうと思ったダケ」


「だったら違う日に、違う場所で遊べばいいじゃん」


「なんでわざわざ違う日にしなきゃいけないワケ?」


「それは美緒ねぇがこの後バイトだからだよ」


「そんなのサボればいいだけの話ジャン」


「美緒ねぇはそんな無責任なことしない!」


 すると夏希は、力強く安達に人差し指を突き立てた。


「そもそもあんたらのせいで、美緒ねぇはカラオケ嫌いになったんだよ!?」


「はぁ? ウチらのせいとか全然意味わかんないんですケドー」


 先ほどから夏希は、紛れもない事実だけを口にしている。しかし安達はそれを聞き入れるどころか、終いには両手を広げてしらばっくれた。


「勝手に人のせいにするのやめてくれル?」


 これだけ言ってもダメなのなら。

 このバカに罪の意識は無いのだろう。


 おそらくこれは、ただの水掛け論。

 より発言が強力な方が場を制する。





「てか年上相手にタメ口とか、ちょー生意気ジャン」


「……っっ!!」


「イマドキのJCは敬語も使えないワケ?」


 徐々に語気を強めたのは安達の方だった。


「ちょっとコガミオ。あんたの妹どうなってるシー」


「それは……」


「教育がなってないんですケドー」


 お得意の意地の悪さから繰り出される口撃の数々に、夏希だけではなく、古賀までもが何も言い返せない。明らかにこの場は、安達の独壇場と言えた。


「年上に敬語って常識っショー?」


 空気は文字通り最悪。

 目尻を下げて口ごもる古賀に、ギュッと拳を握りながら俯く夏希。初めこそ安達サイドだったはずの加瀬までもが、どうしていいものかと顔を引きつらせていた。


「悠にぃ……」


 と、横から陽葵に服の袖を引っ張られる。


「ど、どうしよう……」


 その愛らしい顔は、不安の色に侵されていた。

 当事者たちだけでなく、うちの可愛い陽葵にまで不快な思いをさせやがって。どうしてこうバカというのは、感情的になると途端に視野が狭くなるんだ。


「止めないと……」


 そうだよな、わかってる。

 もうあいつらに自己解決する未来はない。


 こういう時こそ第三者。

 つまりは日陰者の出番だよな。


「ふぅぅ」


 ため息とはまた違う、細く長い息を吐いて。

 俺はよいしょと立ち上がり、戦場へと歩み寄った。





「なあ」


 そして場の支配者様に声を掛ける。


「は? いきなり何だシ」


 俺を見るなり、当然顔を顰める安達。

 ファーストコンタクトから中々の圧だ。


「ウチら今、大事な話してんだケド」


「ああ、だから俺も混ぜてもらおうかと思ってな」


 もちろんそんなものには怯まない。

 むしろ俺は馬鹿にする勢いで、ニヤリと笑ってやった。


「古賀を精神的に追い込むんだろ?」


「は?」


「なら俺も微力ながら協力するぞ」


 そして現状を俯瞰的ふかんてきに見た上での、紛れもない事実をそのまま吐き出す。これにより一同の注目は集まり、この場の中心は必然的に俺になった。


 誰もが怪奇なものを見るような顔をしていた。

 俺は視線を全身で感じながら、声を大にして続ける。


「俺も古賀には散々罵倒されてきたからな。ようやくその借りが返せる」


「いきなり出てきてマジ意味わかんないカラ」


「意味がわからないわけがあるかよ。してただろ? 精神攻撃」


「いやいや、ウチがコガミオにそんなことするわけないっショ」


 つまり無自覚であれをやっていたのか。

 だとしたらこいつは、相当な阿呆だな。


「つーか、気安く話しかけんなシ」


 やがて安達は汚物を見るような目に。


「もし陰キャがうつったりでもしたらどうしてくれるワケ?」


 陰キャに感染性はねぇよ……。


「それにあんたが視界に入るとマジ不快だかラ」


「だろうな。お前の目を見ればそれはわかる」


「わかってるならさっさと消えてくんナイ?」


 相も変わらず、意地の悪い言い方だ。

 でもこれで、安達のヘイトが完全に俺に向いた。


(あとはこれをどう処理するか)


 今この場は、古賀姉妹と安達で殴り合っている状態だ。つまりは互いが互いを敵だと認定しているからこそ、ここまで場が拗れてしまっている。


 だったらその認識を壊せばいいのでは?


 共通の敵が現れたとなれば、このつまんねぇ仲間割れをやめて、そいつを殴ることに意識をシフトするかもしれない。


「ふっ、いいぜ。お前がその気なら考えがある」


 勝算なんて微塵もありやしない……が、思いついた時には、身体が勝手に動き出していた。それと同じくして、俺の脳が凄まじい速度で言葉を生む。


「どうやらお前は人を罵倒することが好きらしいからな。そんなに人をサンドバックにしたいなら、もっと手軽でいい方法があるぞ」


 ここまで言って俺は一度恥を捨てた。

 まあ元々恥もプライドも無いのだが。


(いいかよく見とけ。これが脇役モブたる俺の本気だ)


 こいつらの共通の敵となりうる存在。

 その資格を持つのは、この場でたった一人だけ。


「スゥゥゥゥ――」


 肺いっぱいに大きく息を吸い込んで。


「この俺を罵れっ!!」

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