第31話 選曲が終わってるモブ

 カラオケの部屋に入るや否や。

 なぜか俺はマイクを握らされていた。


「最初は緊張するから悠にぃよろしくー」


 という陽葵の台詞からするに、どうやら俺をカラオケに連れてきた真の理由は、緊張する一番手を押し付けるためだったらしい。


「地味に俺もカラオケ初なんですけど」


「でもいっつもお風呂で歌ってるじゃん」


「だからってなぜ俺が最初に歌わなきゃならん」


 歌いたくなさからマイクをテーブルに置こうとすると。陽葵は横から俺の手をガッチリと掴み、これを阻止する。


「悠にぃ前に言ってたよね。うちの風呂は実質カラオケだって」


「言ったけど」


「じゃあカラオケ初じゃないじゃん」


 いやいや……なんだよその無茶苦茶な理論は。仮にもうちの風呂がカラオケだったとしたら、俺はすでに何百回ってヒトカラしてることになるぞ。


「悠にぃ別に下手じゃないし、ねっ」


「んん……」


 そう言うと陽葵は、タブレットを差し向けてくる。あまり気が乗らないが、これ以上渋ってもおそらく時間の無駄なので、俺は仕方なくそれを受け取った。


「あ、陽葵が歌いそうなのはダメね」


「多いんだよ、注文がよ……」


 ため息を吐いて、タブレットの画面に目を落とす。そして迷うことなくチョイスしたのは、俺が毎日のようにアカペラで熱唱している十八番。


「えっ、ここでも国家歌うの……?」


「カラオケで、しかも初手から国家歌う奴初めて見たわ……」


「陽葵の兄貴っぽくはあるけど、国家って……」


 そんな周りの声は一切気にせず、俺はいつも通りに国歌を熱唱した。喉を若干締めて、低い声かつビブラートを意識しながら歌うのが、この曲最大のポイントである。


 ちなみに点数は83点。

 みんなの反応からして、多分普通くらいだろう。


「ほれ、一番手歌ってやったぞ」


「あ、うん。じゃあ次は陽葵が歌うね」


 一ミリも盛り上がることなく、俺はマイクを陽葵にパス。何とも言えない微妙な空気の中、陽葵がチョイスしたのは、最近流行りのアイドルソングだった。


「盛り上がっていこぉー!!」


 この一声で、しんみりとした空気が一気に弾けた。ピョンピョン跳ねながら、元気いっぱいに熱唱する陽葵の姿は、まさにアイドル。というか天使。


「だきしめーてー、キスしてー」


「うりゃおいっ!! うりゃおいっ!!」


「あなたをすーきになーるのー」


「超絶可愛い!! ひまりぃぃー!!」


 そりゃ合いの手を挟みたくもなる。

 盛り上げと引き換えに、古賀姉妹からすんごい睨まれてるけど……それでも俺はやめないからね。なんならタンバリン持って、それっぽく踊っちゃったりしてね。




「89点かぁ、あと一点だったのにー」


 採点画面を見て、陽葵は悔しそうに呟いた。

 本人的にはもっと高い予想だったのだろう。


 でも大丈夫だ。

 お兄ちゃんの中では100点満点だからね。


「悠にぃが変な合いの手入れるからぁ」


「お、俺のせいなのっ……!?」


「声大きすぎて、絶対マイクに入ってたもん」

 

 それは……シンプルにごめん。

 俺は陽葵の歌を盛り上げたい一心で……。


「邪魔しないでよもうー」


 陽葵は不満そうに言うと、険しい顔でストローを加えた。いつか陽葵がアイドルになった時の為にと思って、こっそり練習してた合いの手だったのに――。


「でも、盛り上がったからいいよっ」


 ここで陽葵の表情に笑顔が浮かぶ。

 笑って許してくれる陽葵マジ天使。


「一生推します。推させてください」


 俺は今、改めて心に誓った。

 一生この子のファンであると。


「で、次はどうする?」


 陽葵が古賀姉妹に向けて聞くと、二人は困ったように顔を見合わせた。この様子からして、お互い人前で歌うことに苦手意識があるっぽいな。


「いいよ美緒ねぇ。次はうちが歌うから」


「ごめん、ありがとう」


 どうやら妹の夏希が先に歌うらしい。

 歌がめちゃくちゃ上手いというその実力やいかに。


「合いの手とかいらないから」


「あ、うん。わかってる」


 俺に釘を指した後、夏希が選曲したのは、これまた流行りの恋愛ソングだった。俺の記憶が正しければ、この曲はサビがとてつもなく高い曲だった気がする。


(こんな高難易度の曲入れて大丈夫かよ)


 なんて、最初こそ夏希の実力を疑っていた俺だったが。彼女が発した第一声を聞いたその瞬間、抱いていた疑念は衝撃と変わった。


 まるでプロの歌手が歌っているかと錯覚するレベル。声の透明度が半端じゃない上に、画面上部にある音程バーを、声の波が一ミリのズレなく捉えている。


 上手いだの凄いだの、感想を口にすることすら憚られる。ただただ黙ってその美声を聴いていると、やがて曲は問題のサビに突入した。


 いくら女性とて、この音域を正確に出すのは至難の業。しかしそのサビすらも、夏希は完璧な音程かつ、芯のある力強い美声で歌い切ったのだった。


「上手すぎだろ……」


 これには自然と声が漏れてしまう。

 ふと視界に入った古賀を見れば。エモい映像を眺めながら、感動の涙を流していた。普段のキャラからは想像がつかないくらい、顔がくしゃくしゃになっている。




「さっすがなっちゃん! 感動しちゃった!」


「なつぎぃぃ……ぐすんっ、ぐすんっ」


「えっ、ちょっ……なんで泣いてるの!?」


 文句なしの素晴らしい歌声だった。夏希の歌声は二番になっても衰えることはなく、むしろどんどん乗りに乗って、ラストサビまで駆け抜けていった。


「とにかくほら、ハンカチ貸したげるから」


「ありがどぉぉ……夏希はほんと優しいねぇぇ」


 妹の美声を聴いて、泣きたくなる古賀の気持ちはよーくわかる。でもシスコンって、側から見るとこんな重たい感じなんですね。


(今度から古賀にキレられた時は、夏希呼んで歌ってもらお)


 ちなみに点数は驚異の98点。

 逆にこれで100点じゃないのが意味わからん。


「じゃあ次! 美緒さんいってみよー!」


 夏希の歌で完全にエンジンが掛かった様子の陽葵は、ハイテンションで拳を突き上げた。夏希がこれだけ歌ウマだと、自然と古賀の歌声にも期待が膨らんでしまう。


(意外とめちゃくちゃ下手だったりして)


 なんて、それはそれで面白い展開を想像していると。今の今まで泣いていたはずの古賀は「あたしはいいや」と、冷めた感じでタブレットを俺に差し向けてくる。


「いやいや、せっかく来たんだし一曲くらい歌えよ」


「いいって。あたしは夏希の歌が聴けただけで満足だから」


 何とか歌わせようとしたが、古賀は頑なに曲を入れようとしない。何やら夏希も苦笑いで、俺たちのやり取りを眺めているし……この感じ、まさかね。


「もしかしてお前、歌うの苦手?」


 率直に聞けば、古賀はハッと目を見開いた。

 そして頬を赤く染めると、声を大にして言う。


「そうよ!! わるいっ!?」


 あまりの圧に後ずさりしてしまう俺。

 さっきまで泣いてたくせに急に怒るやん。


「あたしは超が付くほどの歌下手なの!!」


「へ、へぇ……」


「だからカラオケだってほんとは来るつもりなかった!」


 でもまさか本当に歌が下手だったとは。

 案外ノリノリだったから、てっきり歌うのが好きなのかと思っていたが。どうやら妹の歌を聴くためだけに、カラオケに来たらしいな。


「歌わないことが相当寒いことだってのはわかってる。だから今までもカラオケ誘われた時は、適当な理由付けて断るようにしてたの」


 そんなシスコン(重症)の古賀は続ける。


「でもこの間、安達たちと修学旅行の打ち上げでカラオケ行くってなって。あたし断れなくて。一曲だけならと思って歌ったら、みんなに女版ジャ〇アンとか言われるし、採点画面にはボロクソ書かれるし、もう二度と人前では歌わないって誓ったの」


 おいおい……。

 それってどのレベルの歌下手だよ。

 逆に聴いてみたくなっちゃったよ。


「だから今日はぜーったい歌わないから!」


 瞳を小さく震わせながら力強く宣言する古賀からは、歌わないという固い意志が感じられた。こうして明確に理由まで聞かされると、流石に歌えとは言いにくい。


「ま、まあ。歌いたくないなら無理に歌わなくてもいいだろ」


「そ、そうだね。その分陽葵たちが歌えばいいだけだし」


 宥めるように言うと、空気を読んでか、陽葵も精一杯の笑顔で続いてくれた。これにより古賀はポカンとした顔を浮かべ、力抜けたようにソファに腰を下ろす。


「そ、そう」


 小さくそう呟いては、誤魔化すようにストローを咥えた。歌いたくない奴を無理に歌わせるのもあれだし、ひとまず古賀は、聞き専ということでいいだろう。


「ということで悠にぃ。盛り上がる曲よろしく」


「頼む相手を間違えている気もするが、まあ任せとけ」


 こうして順は二週目に突入した。

 陽葵からマイクを託された俺は、タブレットで『ア〇パ〇マンのマーチ』を選曲。変にボケようとしたその結果、場の空気は見事なまでに盛り下がったのだった。

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