第24話 土産とファミレス

「そういえばお前、そのキーホルダー」


 重い足取りでファミレスに向かうその道中。

 俺はずっと気になっていた”それ”を指さした。


「付けてたんだな」


「え、あっ……」


 スクールバックの持ち手に括られているそれは、間違いなく俺があげたマ〇ク。先ほどからちょいちょい視界に入っていたが、話題に出すタイミングがなかった。


「前から付けてたっけ」


「き、今日初めて付けましたけど」


「ほーん」


 ゆらゆら揺れているそれを見やれば、なぜか葉月は頬を赤く染めて俯いた。そして足元で視線を泳がせた後に、明らかに恥じらいながら言う。


「貰ったのに付けないのも悪いかなと思いまして」


「つまりは気に入って付けてるワケではないと」


「そ、そうは言ってません。ちゃんと気に入ってます」


 妙にしおらしい葉月を前に、ふと思う。


「そういやお前って、貰った土産とか素直に使うタイプだったっけ?」


「そ、そりゃ使いますよ。お土産なんですから」


「でも中学ん時、鬼塚に貰った土産他の女子にあげてたよな」


「あれは……他の子が欲しがってたからで」


 他の子が欲しがってたら、人から貰った土産手放すのかよ。あいつ見たまんまプライド高いから、それが発覚した時相当悔しがってたぞ。


「そういうセンパイはどうなんです」


「どうって、何が」


「もしわたしがお土産あげたら、ちゃんと使ってくれますか?」


 そう言うと葉月は、今まであちこち遊ばせていた視線を俺に向けた。上目遣いでこちらを見るその表情からは、未だ若干の火照りが見て取れる。


「まさか使わないとか言わないですよね」


 何かを求めているような、妙に色めき立った姿。普段の葉月にはない、たまに見せる女子っぽいこのしぐさが、俺の本能的な部分に容赦なく刺激を与えてくる。


 これは狙ってやっているのか、それとも無意識か。


 どちらにせよ、やはりこいつはあざとい。普通ならドキッとさせられる場面なのだろうが、相手がクソ生意気な葉月故に、俺はギリギリのところで踏みとどまれた。


(鬼塚が気にかけるのも納得か……)


 俺ごときにそんなあざとアピールしなくとも、人から貰ったもんは基本使うさ。でもまあこいつの場合、常識外れの物をよこす可能性も大いにあり得るからな。


「モノによる」


「うわっ最低。絶対来年買ってきてあげませんから」


「普通の土産なら使うっての」


 本音で言うとその美少女の仮面は崩れた。

 代わって葉月は、怪訝な視線を向けてくる。


「普通って、一体何を渡されると思ったんですか」


 続いて不満そうな声音でそんなことを。

 こいつが土産で買ってきそうなものね。


「そうだな。例えば謎の民族のお守りとか」


「は」


「あるいは現地の珍味とか派手なだけの衣装とか」


 あとは胡散臭い開運グッズとかもありうるな。


「あの、わたしたちの行先普通に関西なんですけど」


 まあ、これらはジョークにしても。どうせこいつのことだから、貰っても困るような、よくわからんモノを買って来るに決まってる。


「どうせなら役に立ちそうなものを頼む」


「何ですかその失礼な上に抽象的な注文」


 俺のつまらんジョークも相まってか。眉間にしわを寄せた葉月は、「はぁ……」と長いため息を吐いた。


「でもそうですね。一応は考えといてあげます」


「一応、ね」


「もし土下座して頼むようなら、要望に応えてあげなくもないですけど」


「たかが土産一つのために平伏すほど、俺のプライドは腐っちゃいねぇ」



 * * *



 だべっているうちにファミレスに到着。

 窓越しに中を覗いた感じ、平日の日中ということもあって、客はほとんど居ないようだった。これなら周りの目も気にせず、思う存分勉強に集中できそう……


「……えっ?」


「はっ……!?」


 店に入るなり、俺の視界には意外な人物が飛び込んできた。目が合うなり驚き固まるそいつは、艶のある長い黒髪によく似合う、清楚で上品な服を身に纏っている。


「え、何。お前ここでバイトしてたの?」


「そういうあんたは……」


 やがてパチクリと瞬きをしたそいつ――黒髪ロング色白清楚風ツンデレギャルもどき(俺称)の古賀さんは、俺と葉月を交互に見やり言った。


「もしかしてデート?」


 一体絶対どこをどう見たらデートに見えるのか。

 流石は青春真っ盛りのJK様だ。その思考の飛躍っぷりが半端じゃない。おそらく男女が一緒に居るだけで、そう思っちゃう病気なんでしょうね。


「ちげぇよ。俺はこいつの勉強見るために強制連行されただけだ」


「だよね。あんたに限ってそれはないと思った」


 って……納得すんの早すぎだろ。

 それはそれでなんか傷つくじゃんか。


「あのあの、センパイちょっと」


「ん」


 横から服の袖を引っ張られた。

 何事かと思い耳を貸せば。


「この人ってもしかして、あのピンクの?」


「……っっ!!」


 葉月は耳元で爆弾級の単語をポロリ。

 その瞬間、俺の額に冷や汗が浮かぶ。


「バッカお前……! 聞こえたらどうすんだ……!」


 俺は焦りから必然的に古賀を見た。

 が、どうやら聞こえてはいないよう。


「あの写真のことは言わない約束だろ……!」


「えぇ~? そんな約束しましたっけ~?」


 イタズラ心全開のニヤケ顔で、ふざけたことを言う葉月。俺の生死がこんなクソ生意気なガキの一言で決まるとか、やっぱりこの世は理不尽にも程がある。


 と、ここで不意に古賀と目が合った。

 何か物申したげにこちらを見ているが。


「な、なんだよ」


「そういやその子、この間も居た子だよね」


 どうやら話題はパンツの件ではないよう。

 チラリと葉月を見た古賀は、小さく頷いて続ける。


「うん、やっぱりそうだ」


「まてまて。急に何の話だ」


「何って、修学旅行よ修学旅行」


「修学旅行?」


 俺が首を傾げれば、古賀は葉月を指差し言った。


「その子、修学旅行に居たじゃん」


「ふぁっ!?」


 いきなり何の話をし始めたのかと思えば……なんでこいつ、葉月が修学旅行について来てたこと知ってんの……!?


「え、何。もしかしてお前、神社でのあれ見てた?」


「ていうか。あの日はずっとあたしらについて来てたじゃん」


 そこまで気づいてたんですね。

 さては何も知らなかったの俺だけ?


「気づいてたなら教えろよ」


「あんたの知り合いって知らなかったし」


 すると古賀は露骨に俺から視線を逸らした。

 そして嫌悪感満載のいやーな顔を浮かべて。


「それに盛り上がってる時にあんたと会話したくない」


 と、相変わらず辛辣なそんな台詞を。


 たった一言の会話すら嫌がられるとか。

 どんだけ俺のこと嫌いなんだよこいつ。


「にしても、ちょっと意外かも」


「何が」


「あんたにも仲良い相手がいたなんてね。しかも女子」


「別にこいつはそういうんじゃねぇよ。ただの中学の後輩で――」


 と、葉月との関係を説明しようとしたところ。


「葉月結愛でーす! センパイとは超仲良しでーす!」


 俺の言葉を遮るように葉月がフェードイン。初めまして用に繕った耳障りの良い声音で、それはもう、あざとさ全開のウザーい自己紹介を披露した。


「ところでお二人は一体どんなご関係なんですか~?」


 次いで不気味なほど精巧な笑みを浮かべる。

 この質問に一体何の意味があるというのか。


「どうもこうも、ただのクラスメイトだろ」


「ああ~、そうでした~。た、だ、の、クラスメイトでしたね~」


 俺が答えれば、葉月はそれを繰り返す。

 その煽るような言い方、マジで腹立つ。


「そんなただのクラスメイトさん相手に、誰かさんは欲情してましたけど~」


「っっ……!!」


 やがて葉月はその流れで、超大型爆弾を投下。

 これには全身の血の気が引いて、顔面蒼白の俺である。


「よくじょう? 何の話?」


 しかも今度はバッチリと古賀の耳まで届いている。ウザさ百倍増しの妙なノリと言い、軽はずみな暴露と言い、これ以上こいつを野放しにしておくのはまずい。


「ちょっ! がおいじぇおあえおげほえい!」


 これはあくまで正当防衛。

 死にたくないという生物として当然の感情に従った俺は、減らず口をたたくその口を両手で塞ぎ、暴れる葉月を強引に胸元に引き寄せ、全身を使ってロックした。


「ねぇ、さっきのよくじょうって――」


「なんでもない。それよりどこ座ったらいい」


「え、あ、それじゃあ」


 ふわっと、シャンプーのいい香りがする。

 それに葉月の身体……思ってた以上に細くて、何というかこう、柔らかい。相手がこいつだとしても、やはり女子に触れていると思うと、心が落ち着かなかった。


 が、今はそんなことどうでもいい。

 今こいつの拘束を解けば、間違いなく暴走して俺は死ぬ。


 命あってこその恥じらいだ。

 下着見ただけで死刑とか、割に合わねぇ。


「……ほんとに仲良いね」


「よくない。それより席は」


「空いてるし、あの辺適当に座って」

 

 古賀に指示された通り、俺は足早に窓際のテーブルへと向かった。その時葉月を無理やり引きずるような形になったのだが……


 ……何だろう、先ほどから妙に葉月が大人しい。


 真上からだと表情も見えないので、その理由はわからなかったが。一つ言えたのは、触れていた葉月の口元が高揚して、妙に熱っぽかったこと。


「もしやお前、照れて……」


「……っっ!!」


 うっかり恥ずかしい単語を口ずさんだ瞬間。

 葉月の耳が一瞬にして真っ赤っ赤に染まった。


(さてはこれ……相当はずい構図なのでは……?)


 なんて一瞬冷静になりかけたが。

 今我に返るとまずい気がして、俺は即座にその思考を払った。


 俺が今こうしているのはあくまで緊急事態だから。葉月の顔が熱いのも、俺の胸の鼓動が速いのもただの気のせい――ただの気のせい……ということにしておこう。

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