第2章 期末テスト編

第23話 モブの思い出を擦る小悪魔

 修学旅行から半月ほど経ったある日。


「センパイ、今日バイトですか?」


「いや、今日はないけど」


「じゃあ今からファミレス行きましょ」


「はっ?」


 毎度のごとく下校を共にしていた葉月は、何の前振りもなくそう言った。


「何ですかその反応」


「ああいや、何というか意外だなと」


「そうですかね。別に普通だと思いますけど」


 さも当たり前のような口調だが、こうしてファミレスに誘われたのは今日が初。というのもこいつは前々から、下校時にファミレスに寄る学生を見つける度に。



『学校帰りにファミレス寄る人ってなんか頭悪そうですよね』



 とか、根拠もへったくれもない持論を展開し、それをディスる側の人間だった。にもかかわらず今回のこの誘い。さてはこいつ、ついにJKに目覚めたのか?


「普通に帰りたいんだけど」


「センパイ暇人だし、どうせ帰ってもやることないですよね」


 お前に俺の何がわかるってんだ。

 まあ概ね間違っちゃいないけどさ。


「いつもみたいにコンビニじゃダメなのかよ」


「ダメですよ。だってコンビニじゃ出来ないじゃないですか」


「出来ないって、何が」


 すると葉月はグイっと距離を詰めてきた。

 そして何やら得意げに人差し指を立てて。


「勉強です!」


 と、葉月らしからぬそんな一言を。


「再来週期末テストじゃないですか」

 

「そういやそうだな」


「てことは、もうそろそろテスト勉強を始めないとまずい状況なわけですよ」


 もうそろそろも何も。今それを言っている時点で、君は十分まずい状況にあると思うのですが。その辺大丈夫なんですかね。


「でも家で勉強するってなると、イマイチやる気が起きなくてですね」


「それ場所関係ねぇから。お前の心持ち次第だから」


「なのでたまには家じゃない場所で勉強してみようと思いまして」


「話を聞け……」


 相変わらずのマイペースにため息が漏れる。


「てかお前、あれこれ言ってっけど、テスト前はいつもそうだろ」


「あはは、バレちゃいました?」


 俺が指摘すれば葉月はペロッと舌を出した。

 そのあざとさから滲み出る謎の余裕は一体。


「このままだと間違いなく補習だぞ、お前」


「そうなんですよ。だから今回は頑張ろって」


「今やってない時点で全然頑張ってないけどね」


「これから頑張るんです。これから」


 こいつの成績は見たまんま。中学の時から成績が悪いで有名で、長期休暇前になると当然のように補習くらって、遅れて部活に参加していた。


 とはいえ、自頭が悪いわけでもない。

 そもそもうちの高校に一般入試で入っているからして、やればそれなりには出来るはずなのだ。にもかかわらず成績不振なのは、勉強嫌いなその性格故にだろう。


「で、モノは相談なんですけど」


「無理」


 そんな学生の本分である勉強を疎かにしている人間の話など、当然聞くわけもなく。俺は葉月から出た『相談』の一言に、速攻でノーを言い渡した。


「まだ何も言ってないじゃないですか」


「だってお前の相談って大抵ろくなことにならないんだもん」


「そんなことないです。で、相談なんですけど」


 だがしかし、ここで折れないのが葉月。

 あくまで自分の話を突き通すつもりらしい。


「センパイって確か、そこそこ成績よかったですよね?」


 その上から目線の物言い、なんか腹立つな。


「まあ少なくともお前よりはな」


「うわっ、何ですかその言い方。感じわるっ」


 お前にだけは言われたくねぇよ……。


「とにかく、そういうことなんで」


「どういうことだよ」


 すると葉月はパタパタと駆け足で先を行く。

 やがて俺の前に立ち塞がったかと思えば。


「わたしに勉強を教えてください」


 意外にも綺麗なお辞儀を披露してそう言った。


「なんでわざわざお前に勉強を教えなきゃならん」


「わたし次の期末で頑張らないと、成績かなりやばいんです」


「だったら自分で何とかしたらいいだろ」


「それが無理だから頼んでるんですよ」


 ここで葉月は伏せていた顔を上げる。

 そして何やらバツが悪そうに明後日の方を見た。


「それにお母さんとも約束しちゃいましたし」


「約束?」


「この間わたし学校休んで東京行ったじゃないですか」


「ああ、そういえばそうだったな」


「それを許してもらう代わりに宣言したんですよ」


「なんて」


「期末では絶対に赤点取らないって」


 だったらなおさら自分でやるべきだと思うのですが。ろくに勉強もせず、ピンチになったら俺を頼るって、ほんっと都合いいなこいつ。


「このままじゃわたしお母さんに殺されちゃいます」


「知るか。親子間の約束に部外者の俺を巻き込むな」


「そこを何とか。アイス……いや、ドリンクバー奢りますから!」


「たかが300円かそこらじゃねぇか。労働基準法に目を通してから出直してこい」


 確固たる意志で俺が断り続けると、やがて葉月はムスッと顔を顰め俺を睨んだ。と思ったら、何やら思い立ったように胸ポケットからスマホを取り出し。


「これを見てもまだ同じことが言えますか」


 と、俺に画面を突き付けながら言った。

 目を細めて見れば、画面にあったのはとある写真。


「えっ……」


 一目で俺の思考を停止させたそれは、半月経った今でも俺の脳裏にハッキリと刻まれている。言ってしまえば、修学旅行で唯一の”良い思い出”だった。


「覚えてないとは言わせませんよ」


 時は修学旅行3日目の駅のホームにて。

 風に靡くスカートを必死に抑えるギャル三人衆と、隠しきれず公となった色とりどりの布を、必死に目に焼き付けようとする、一人の思春期男子――つまり俺。


 男なら誰しも期待する珍事、俺が偶然にも居合わせた”ラッキースケベ”の現場そのものを、この写真は見事なまでに抑えていた。


(というかこん時の俺、こんなキモい顔してたのね……)


「センパイが勉強を教えてくれないなら、この写真を当人たちに公開します」


 決定的証拠に加えてこのシンプルな脅し。

 これでは俺も言い逃れのしようがありません。


「ひ、一つ確認させてもらっていい?」


「はい、なんでしょう」


「君は何故そんなピンポイントな写真持ってるの……?」


 これは当然の疑問である。


「流石にこの画は出来すぎじゃない……?」


「出来すぎも何も。偶然現場に居合わせたので撮っただけです」


「いやそれ普通に盗撮だから! アウトだから!」


「同性なんでセーフです」


 声を大にする俺に対し、葉月はあくまで平静だった。

 やがて奴は真顔で写真の中の俺を指さして。


「それよりここで悪びれもせずに、堂々と鼻の下伸ばしてる人はどうなんですかね」


 と、見事なまでのカウンターを繰り出した。


「こっちの方がよっぽどアウトだと思いますけど」


 それを言われるとぐうの音も出ません。


「これを見せたら、この人たちどんな反応するでしょう」


「……」


「センパイが無事で済めばいいですけど」


 もしこれをあいつらに公開されたら……想像するだけでも生きた心地がしない。


 この事実がバレたが最後。

 その瞬間俺は、間違いなくあいつらに殺される。ナイフで刺されるか、それとも鈍器で頭をかち割られるか。何にせよ、その先に待つのは”死”しかない。


「もう一度言います。わたしに勉強を教えてください」


 この状況を作り上げた上で、再び葉月はそう言った。

 圧倒的優位に立ったからか、お願いする立場という自覚は一切ないようで。先ほど見せたお辞儀などもなく、ただただ真顔で俺からの返事を待っていた。



 まさか断ったりはしないですよね?



 と、その冷たい目が語っている。俺の弱みを握り、それを交渉材料にするなんて……どこまで卑劣で生意気な後輩なんだ。


「わかったよ……教えればいいんだろ、教えれば」


「わかればいいんです」

 

 こうなれば俺に選択肢はない。

 しぶしぶ頷けば、その真顔は満面の笑みに変わった。


「てか教えてやるんだからその写真消せよ」


「嫌ですよ。まだまだ使い道ありそうですし」


 そう言うと葉月はスマホを胸ポケットにしまう。


「わたしが満足するまでは消してあげません」


「お前はどこまで悪魔なの……? 人の心ないの……?」


「失礼ですね。わたしは見ての通り産まれながらの天使です」


 お前みたいなのが天使であってなるものか。

 仮にもその類なら、こいつにふさわしい名称は一つ。


「とんだ堕天使だな」


「今何か言いました?」


「いえ、何も」

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