第19話 卑屈なモブは語りそして嗤う

 ディ○ニーを出た後も変わらず俺は案内役だった。


 集合場所である浅草寺に向かう途中。

 電車内での古賀たちの会話を聞いたところによれば、どうやら今朝、早乙女たちは、俺たちが到着したより1時間も遅く、ディ○ニーに着いたらしい。


「乗り場は合ってたのにビックリしたよ。東京って凄いね」


 ホームは同じ、でも経路が違うあの電車に、まんまと騙されたパターンぽい。あの時は俺が止めたからよかったが、もし知らずに乗ってたらと思うとゾッとした。


 帰りは特に問題もなく、俺の案内で浅草に。スマホ使えない奴に乗り換え案内させるあたり、どうやらこいつらは、俺を奴隷か何かと勘違いしているらしい。


「いやぁ、ようやく気楽になったワー」


 加えて、雷門をくぐるや否やこれだ。

 遠回りかつ確実に『あんた邪魔者だった』宣言をしてくれたのは安達さん。古賀もあれだが、意地の悪さで言ったら、間違いなくこいつが優勝だろう。


「みんなでおみくじヤロー!」


「それなー!」


「せっかくだし僕らも行こうか」


「別にみくじとか興味ねぇが、まあ行くか」


 そう言ってわらわら移動する古賀、早乙女合同班。どこまでも自由で騒がしい、修学旅行というこの舞台の主役たちの背中を、俺はため息と共に見送った。


(もう一生関わりたくねぇ……)


 と、なぜか突っ立ったまま動かない奴が一人。何とも形容しがたい顔でじっとこちらを見ているそいつは、何というか……不気味だった。


「なんだよ……」


「べ、別になんでもないし」


 なんでもないわけないですよね……とは思ったが、俺が声を掛けると、長い黒髪をファサッと揺らした古賀は、足早に去って行った。


「よくわからん奴だな」


 最初から一貫して攻撃的な安達とは違い、今日の午後あたりから古賀の様子が少し変だ。何というか、角が取れて少し丸くなったような、そんな感じ。


 あれだけ三人でいい思い出を作ることに固執していたのに、後半は俺の存在を完全に認知していたし、ましてや写真に入れとまで言ってきた。


 雰囲気を少し悪くしてまで鬼塚に楯突いた理由は謎だが、これらを総括するからして、古賀は古賀なりに俺の働きを認めてくれたってことだろうか。


 まあ、今日の俺めっちゃ頑張ったからね。

 奴隷とて必死に働いてたら、少しは情も湧くよね。


「……って、やっぱ俺は奴隷だったのかよ」


 自分で自分に突っ込みを入れる。

 これこそが新世代型の一人漫才である。


「よっこらしょ……だはぁぁ……」


 境内の隅にあった木陰。

 そこに腰を下ろすと、無意識にくたびれた声が漏れた。


 座った瞬間、全身の疲れがどっと来た。

 あまり意識はしていなかったが、相当気を張っていたんだろうな、俺。


(やべぇ、ねみぃ)


 ついウトウトして目を瞑った。

 その瞬間だった。


「なんだ。もう着いていたのか」


 意識の外からそんな声が飛んできた。

 おもむろに瞼を開けば、そこには立花先生が。


「女子とのディ○ニーはどうだった」


 続けて先生は含みのある顔で尋ねてくる。

 せっかく気持ちよくなってたのに邪魔しやがって。


「そりゃもう最高でしたよ」


 最高に地獄という意味で。


「そういう先生はどうだったんすか」


「ん、私か? 私もまあ、よかったよ」


 俺は先生のご尊顔をじっと拝する。

 が、普段の様子とほとんど差異はない。


「見た感じあんまり酔ってないみたいすけど」


「当たり前だ。私をなんだと思っている」


 大酒飲みのニコチン大好き暴力教師。

 とは、口が裂けても言えない俺である。


「酔っ払うまで飲むわけなかろう。しっぽりだしっぽり」


「しっぽりねぇ」


 どうせこの人のことだ。

 酒を飲んだことがバレないように、意図してしっぽりで抑えたのだろう。この間のタバコといい、相変わらずこの人には、教師である自覚がないらしいな。


「まあでも、五体満足で帰って来れたようで何よりだ」


「俺が今日行ってたのは魔王討伐か何かだったのかよ」


 まあそのぐらいの疲労度ではあるけど。


「今日はたくさん歩いて疲れただろう」


「ご覧の通り」


「明日が最終日だ。宿に戻ったらゆっくり休め」


「言われなくとも、爆速で寝てやりますよ」


 枕投げとか、恋バナとか、そういった修学旅行定番イベントにかまけている時間などない——というよりも、俺にはそれをする相手がいない。


 昨日だって晩飯食って部屋に戻ったら、誰もいなかったし。寝る時だって独りだった。ちなみに言うと朝起きた時も独りだった。


(まあ静かでよかったんですけど)


「菊ちゃん一緒に写真トロー!」


 と、ここで先生にお呼びが掛かった。


 その声の主は安達。

 長い金髪を揺らしながらひょいひょい手招きしている。


(マジで写真好きだなあいつ)


 容量オーバーでスマホ爆発しちまえ。

 なんて呪いながら、俺はよいしょと立ち上がる。


 中途半端に休んだせいか、身体が重い。

 が、これ以上座っていたら確実に寝る。


「おみくじでも引くか」


 ボソッと呟いて、俺はおみくじ売り場へ。「うぇぇぇぇい!!」などと騒ぎながら、写真撮影をする安達たちを横目に売り場へ向かうと。


「あれ、井口いのぐちくん?」


「天ヶ瀬。お前もおみくじか?」


「うん、せっかくだし引いておこうと思って」


 売り場には木の筒を抱えた天ヶ瀬が。


「いいのが出るといいけど」


 言うと天ケ瀬は、ガシャガシャと木の筒を振った。その際、彼女の豊満な”それ”が上下に激しく揺れて……それはもう、すんごいことになっていた。


「はい、井口くん」


「お、おう……」


 今の景色は俺だけの宝物にさせてもろて。俺は平静を装い、差し出された木の筒を受け取る。そして100円を支払い、ひとえにそれを振った。


 出てきた番号は4番。

 何となく嫌な予感がしないでもないが……


「……って、凶かよ」


 予感通りの逆神引き。

 結果なんてどうでもいいが、凶て。


「末吉かー。なんかありきたりだなぁ」


 どうやら天ヶ瀬も微妙だったっぽい。

 てっきり大吉とか引く流れかと思ったけど。

 流石の天ヶ瀬とて、運ばかりはどうにもならんか。


「井口くんはどうだった?」


「俺は凶。まあ妥当なとこだな」


「きょ、凶……? それは……残念だね」


 すると天ケ瀬はぎこちない笑顔で言った。


「で、でも大丈夫! これから良くなるってことだから!」


 そんな頑張ってフォローしていただかなくとも。

 おみくじの結果ごときを気にする俺じゃないですよ。


「と、とりあえず括ろうか!」


 やがて天ケ瀬はすぐ横のおみくじ掛けに。


「一番上に括るとご利益あるんだって!」


 なんて言いながら、ググっと背伸びをしていた。

 こうして見ると、マジでスタイル良いな天ケ瀬って。


(どれどれ、凶の内容はいかほどで)


 ひとまず俺はおみくじに目を通すことに。

 上からざっと内容を確認したところ……


 願望:叶いにくいでしょう


 病気:治りにくいでしょう


 失物:見つかりにくいでしょう


 ……うん、さすが凶。

 何一つとして希望が読み取れない。


 と思ったら、その下にあった記述。

『待ち人』のところだけは少し違った。


 待ち人:すぐ傍にあるでしょう


 これは一体どういう意味か。

 仮に言葉通りの意味だとするなら……。


「うぐぅぅ……も、もう……すこし」


 俺はふと目の前で伸びをする天ヶ瀬を見た。

 続けて周りも確認したが、近場には天ケ瀬以外誰もいない。


 ここでもう一度記述を確認する。


 待ち人:すぐ傍にあるでしょう


 すぐ傍。つまりは目の前。

 記述に従えば自然とこうなる。


(天ヶ瀬が俺の待ち人――!?)





 なんて一瞬淡い期待を抱いたが。

 普通に考えてそんなことあり得るわけ――。


 天ヶ瀬はみんなのヒロインだ。誰もが憧れる完璧才女だ。そんな子が俺みたいな凡人以下でしかない男の待ち人であるはずがない。


(これがおみくじのやり口ってか)


 引いた人間をその気にさせ、やがて破滅へと導く。


 もしこれを引いたのが俺じゃなかったら、記述に流されてうっかり天ヶ瀬に惚れて、勢いで告白したその結果、一瞬で玉砕するとこだったぞ。


「ん?」


 と、天ヶ瀬のポケットから何かが落ちた。

 拾って見れば、それは怪獣のキーホルダー。


「落ちたぞ」


「あー、また取れちゃったか」


「随分と年季入ってるなこれ」


「うん。小さい時から付けてるから」


「ほーん」


 この怪獣、何となく見た記憶がある。

 確かウ○トラ○ンに出てきたやつだ。

 まあどのウ○トラ○ンかは知らんけど。


「拾ってくれてありがとね」


 キーホルダーを手渡すと、天ヶ瀬はそれを取り出したポーチにしまった。直でポケットに突っ込まないあたり、相当大事なキーホルダーらしい。


(天ヶ瀬もウ○トラ○ンとか好きなんだな)


「じゃあ井口くん。私行くね」


「おう」


 柔らかな笑みを浮かべた天ヶ瀬は、手を振りながら去って行った。俺は彼女を見送った後、凶のおみくじを一番上に括り、人気ひとけのない日陰へ。


 腰を下ろしたその場所からは、浅草寺の境内全体を見渡せた。あちこちで写真を取り合う同級生たちを眺めているうちに……ふと、声が漏れる。


「無駄な努力だったな」と。


 卑屈になっている自覚はあった。でもこうして独りの時間が訪れると、自然と考えてしまうものだ。果たして俺の選択は、正しかったのだろうかと。


 今日を迎えるまでの過程で、俺は葉月に背中を押され、サポートも受け、古賀の本心を知ったという些細な理由に流されて、雑誌をひたすらに読み込んだ。


 全ては邪魔にならないために。


 でもその目標を果たすため、俺がとった行動は正しい努力と呼べるのか? そう自分に問いかけた時に、俺が出せる答えは『わからない』のみだった。


 そもそも俺という存在がいる時点で、古賀たちの思い出に俺はいるわけで。いくらNPCという言葉で誤魔化そうと、三人だけの思い出にはなり得ない。


 それでいて俺は今日、古賀たちの間に深く踏み込んだ。NPCの範疇を大きく超えた観光ガイドとして、奴らの行動を先導する立場にあった。


 これらを全てひっくるめて俺の努力。

 最善だと信じた方法で俺は今日に挑んだ。


 じゃあこれらは果たして正しい努力と呼べるのか?


 もう一度自分に問いかけたその時。

 脳裏に蘇ったのは、安達が放ったあの一言だった。



 いやぁ、ようやく気楽になったワー。



 あの時は特に気にせず聞き流したが。

 よくよく考えれば、あれが全てだったんだと思う。


 そもそもこの問題の回答者は俺じゃない。

 俺の努力が正しいのか、正しくないのか。

 それを決めるのは俺以外の誰か、つまりはあいつらだ。


「となれば、やっぱ無駄だったってことか」


 改めて声に出すと、ようやく実感が湧いた。


 俺の努力が無駄だった。

 そう結論付けると、安達言ったあの一言の説明がつく。


 きっと俺なんかがいなくとも、いやむしろ、俺なんかが居ないほうが、古賀たちは充実した時間を過ごせていたのだと思う。


 乗り換えに迷いながらも現地に着いて、なんやかんやで上手い昼飯を食って、真の意味で三人だけの思い出を作りあげていたはずだった。


 にもかかわらず、俺はそれを書き換えた。

 NPCなどという、自分に都合のいい言葉を使って。


「ふはっ」


 それに気づいた時。

 無意識に乾いた笑いが漏れ、そして消えた。


 上手くやれたと感じたあの手ごたえも。古賀に少しは認められたという感覚も。結局は俺の自己満足が招いた、勘違いでしかなかったわけだ。


「まあ、そうだろうとは思ったよ」


 今日、古賀たちに深く関わってわかった。

 やはり俺は集団の輪の外にいるべき人間だと。


 そして、そんなハズれ者たる俺が担うべきたった一つの役割。古賀の願いを100%叶えられる唯一の方法があったのだとすれば、それはきっと――


「修学旅行に参加しないことが正解だったか」


 答えは初めから出ていた。

 でもどこかで俺は問題の本質を見誤った。


 俺はきっと酔っていたのだろうな。

 誰かのため何かを成そうとしている自分に。


 その結果がこれ。

 頑張ったフリして何も残せず終い。


 全てが終わった後に気づいて後悔する。

 これぞ脇役モブたる俺に相応しい結末だ。




「……ん?」


 視界の隅で怪しい人影が動いた。

 注視すればなぜか慌てて物陰に隠れようとする。


(葉月……?)


 確証はなかった。

 でもなぜだか、そんな気がした。


「葉月……だよな?」


 呟けば視界の中のそいつは、ビクッと肩を振るわせる。


 そして。


「あはは……」


 引きつった笑みでその姿を現した。


「ど、どうもです。センパイ」

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