第18話 結局カメラはモブに託される

 ひらりと、視界の片隅で何かが動いた。つられてそちらを見れば、俺の足元近くに落ちていたのは、入り口で貰えるマップ付きのパンフレット。


「あの、落としましたよ」


 俺はすぐさまそれを拾い、落としたであろう人物に声を掛けたが。麦わら帽子を被ったその女性は、俺の声に気づかず歩き去ってしまった。


(丁度いいし貰っちまうか)


 どうせ無料のパンフだ。

 俺が貰っても問題は無いだろう。


「で、さっきの飲み物は……」


 文字通り降って湧いた幸運に縋るように、パンフレットを開けば。夏季限定の欄に、古賀たちが飲みたいと言っていたその飲み物はあった。


 名をトロピカルタピオカミルクティー。

 ちなみに値段は750円と鬼ほど高い。


「で、結局どこ行ったら買えるワケ?」


 ここで古賀たちが撮影を終えてやって来る。

 パンフを開いて説明すれば、安達は当然のごとく言った。


「じゃあ道案内ヨロー」




 * * *




 トロピカルなんちゃらを購入後、班の総意で近くにあったタワ〇ラに行くことに。二時間近く並ばされた末に、俺はあまりの恐怖から大絶叫をかました。


「え……なんかやばいの映ってんだけど」


 その結果、落下直前を撮影した写真を見た古賀たちは、揃いも揃って落胆。遅れて俺も確認すれば、手を挙げる集団の真ん中に、人ならざる何かが写り込んでいた。


「人間がする顔じゃないでしょこれ……」


「写真買う気失せたんですケド……」


「それなー……」


 購買意欲を削ぐほどの絶叫顔。

 化け物にも近いそいつは、見事に写真を台無しにしている。


(……って、ボクですね、これ)


「マジふざけんなシー」


 文句たらたらでタワ〇ラを後にする古賀たち。これに関しては、ごめんなさいという気持ちしかありません、はい。



 * * *



 タワ〇ラを出たところで時計を見る。

 するとデジタル表記で『15:13』とあった。予定では17時に浅草寺集合なので、ぼちぼち土産を買ってディ〇ニーを出たい。


「すまんが、残り時間で土産を買ってもいいか」


 俺がそう尋ねると、三人は顔を見合わせ話し合う。


「どうする? あたしらもお土産タイムにする?」


「それアリ。ウチも家族になんか買いたいシー」


「それなー」


「じゃあ30分後に地球儀前集合で」という古賀の言葉で、俺たちは一旦別行動することに。散り散りになる三人を見送った後、俺は手元のパンフを開いた。


 どーれ、どっから攻めっかなぁ。

 なんて、土産一覧を見ていたその時だった。


「あのさ」


 不意に背中から声が飛んでくる。

 振り返ればそこには別れたはずの古賀が。


「一つ聞きたいんだけどさ」


 そう前置きした古賀は、何やら視線を斜め下へ。

 バツが悪そうな顔をすると、やがてこんなことを。


「幼児向けの可愛いグッズとかない?」


「は」


 照れ顔から放たれたそれに、俺は思わず眉を顰める。

 幼児向けのグッズをご所望って……


「……具体的にはどういう?」


「5歳くらいの女の子に喜んでもらえるやつ」


「予算は?」


「あんまり気にしてない。けど出来るだけ安い方がいい」


「ちなみにだけど、それは自分用?」


「お土産に決まってんでしょ? バカなの?」


 ですよね。

 俺もそうだと思ってました。


「となれば、無難なのはぬいぐるみとかだろうな」


「それってどこのお店に売ってるの」


「割とどこにでもあるが、人気なキャラのだったら」


 そこまで言って、俺はマップを開いて古賀に見せる。

 中でも入り口付近にあるショッピング通りを指さして。


「この辺の店に行けば大抵はあると思う」


 ザックリ説明すれば、古賀は「ふーん」と鼻を鳴らした。そして何事も無かったかのように、そそくさと歩き去って行った。


「そういう趣味があるわけじゃないのか」


 照れながら『幼児向けの可愛いグッズとかない?』とか聞かれたら、そりゃ一瞬疑っちゃうよね。まあ会話の感じからして、おそらくは妹用の土産なんだろうけど。


「俺もぼちぼちお兄ちゃんしますかね」


 なんて呟いた後、俺はとある土産ショップに。

 店に入るなり、ぬいぐるみのコーナーに向かう。


(マ〇クのぬいぐるみは……お、あったあった)


 本日のお目当てはこれ。

 超キュートなマ〇クワゾ〇スキのぬいぐるみ。

 

 ひとまず陽葵には、このマ〇クのぬいぐるみを買って。ついでで葉月には、同じくマ〇クのぬいぐるみキーホルダーを買っていくとしよう。


 ほんで母にはお掃除グッズ。

 父はごめん、金がない。



 * * *



 サクッと買い物を済ませ、体感早めにエントランスへと向かう。


 しかし古賀たちの姿はまだ見えない。

 スマホが使えないので時間もわからない。


(今のうち小便済ませとくか)


 そう思い、俺はトイレへと向かった。

 のだが、そこで思わぬ人物と鉢合わせる。


「あ?」


 目が合うなり、眉を逆立てるそいつ。

 夢の国には似合わない威圧感に溢れたその面。


(そういやこいつも居たんだった……)


 古賀たちのガイドに夢中ですっかり忘れていた。まさか最後の最後で、鬼塚と対面することになるとは……マジでついてない。


「なんでてめぇがいんだよ」


「俺らも今帰りなんだよ」


 まるで尾を踏まれた虎のような顔で、睨みつけてくる鬼塚。しかしその頭には、虎ではない、ネズミと思わしきキャラクターの耳が。


「突っ立ってんじゃねぇ、邪魔だ」


「お、おう」


 慌てて俺が道を開けると、「ちっ」と舌打ちをして鬼塚は去って行く。不機嫌丸出しのその後ろ姿を見送りながら、ふと思った。


(あいつ、ああいうの似合わなすぎだろ)


 髪の毛があまりにもツンツン過ぎて、ハリネズミみたいになってるし。せっかくの耳の可愛さが、鬼塚のキツイ顔立ちで台無しになっている。


「早乙女たちは何も言わなかったのかよ」



 * * *


 

 俺が用をたして戻ると、地球儀の前では古賀たちに加えて、早乙女の班も集合していた。あの感じから察するに、買い物中に偶然合流したってとこだろう。


「鬼塚マジ耳似合わナーイ」


「それなー」


「うっせ」


 案の定、死ぬほど似合わない耳を、安達と加瀬にいじられている鬼塚。わちゃわちゃしているその集団から少し距離を置いて、俺はよいしょと腰を下ろした。


「そうだ! 写真撮るっショ写真!」


 と、思い出したように安達。

 最近のJKはどうしてこう写真を撮りたがるのか。これが俗にいう陽キャのノリというやつなのか。陰キャ代表の俺には、その一切をわかりかねるが。


 まあ、カメラマン役も自分らで適当に見つけるだろうし。俺は今のうちに少しでも疲れた足腰を休めよう。何ならちょーっとだけ目を瞑ったりなんかして……。


「あんたも入れば」


 不意に聞こえたその声で、俺は重い瞼をあげる。視界の真ん中で俺を見降ろしていたのは、長い黒髪を風に揺らす古賀だった。


 ちょうど太陽と重なる彼女を細い目で見やり、俺は答える。


「いや、入らないだろ」


「でも今回は最後だし、キャストさんに撮ってもらうって」

 

 そう言われて他の奴らを見れば。

 手分けしてキャストを探してる最中らしい。


 だが時間も時間なので、そもそもこの付近にキャストが少ない上に、目につくキャストたちは、他の客にカメラマン役として捕まっているようだった。


「耳なら別に無くていいから」


 続けて古賀はそんなことを言うが。

 俺が気にしてるのはそこじゃない。


「とりあえず、あんたも来て」


 言うだけ言って去って行く古賀。

 俺は仕方なく重い腰を上げ、しぶしぶその後を追う。


「こっちはだめそう」


「こっちもムリポー」


 だがやはりキャストが捕まらないらしい。

 そりゃまだ16時前だし、こんなこともあるよね。


(ということで、さっさと帰ろうぜ!)


 なんて、思っていたところ。


井口いのぐち。てめぇが撮れ」


 鬼塚は鋭く俺を睨みそう言った。

 そしてスマホを俺に押し付けてくる。


「時間ねぇんだ、早くしろ」


 はぁ……結局こうなるのかよ。

 まさか古賀の奴、これを見越して俺を呼んだわけじゃあるまいな。


(ったく、めんどくせぇ……)


 でもまあ、言うても最後だし。

 お望み通りカメラ役、引き受けてやりますよ。


「最後だし、どうせなら全員で撮ろうよ」


 俺がスマホを受け取ろうとしたその刹那。

 突然古賀はそんな意外な声を上げ、鬼塚に詰め寄った。


「こいつだって、一応は同じクラスだし」


「じゃあ誰が写真を撮るってんだ」


 これにより睨み合いのようになる二人。

 古賀が輪の意志に反したことで、場には不穏な空気が流れ始めた。それを察した他の奴らは、気まずそうに二人のやりとりを眺めている。


「キャストが捕まらねぇなら、こいつに撮らせるしかねぇだろ」


「そうかもしれないけど、もう少し粘ろうよ」


「んな時間はねぇ。いいからお前もさっさと並べ」


 顔からして古賀は、明らかに不満そうだった。鬼塚も鬼塚で、眉間のしわが凄いことになってるし……このタイミングでの仲間割れ、はぁ、やだやだ。


「まあまあ、二人とも落ち着いて」


 と、ここで早乙女が二人の間に割って入った。


「喧嘩はよくないよ?」


「喧嘩じゃねぇ。ただの話し合いだ」


「じゃあなおさら穏便にやらないと」


「ちっ……」


 流石はイケメン早乙女スマイル。

 一瞬であの鬼塚を黙らせやがった。


「おい井口。さっさ撮れ」


 って、結局こうなるのかよ。

 何だったんだよ今の一連のくだりは。


「ヘタクソだったら承知しねぇ」


 そんな脅しと共に、俺は仕方なく鬼塚からスマホを受け取る。威圧的な奴とは裏腹に、早乙女は申し訳なさそうに言った。


「悪いないぐち、、、。頼んでもいいか?」


 随分と腰が低い。

 愛想に溢れるモノの頼み方だ。


 でもな早乙女。

 お前のそれはお願いじゃない。ただの強要だ。

 この局面で俺に「ノー」という選択肢があると思うか?


 それと俺はいぐち、、、じゃなくていのぐち、、、だ。

 いい加減正しく名前を憶えてくれ。


「みんなー! 準備おっケイ?」


 気づけば場の空気は元通り。

 ノリノリの安達が全体の指揮を執る。


「じゃあいっくヨー! せーのっ!」



 ディ○ニー最高ぉぉぉぉ——!!



 一斉に飛び跳ねたところをパシャリ。

 こうしてカメラマンから始まったディ〇ニーは、カメラマンに終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る