第8話 意外にも透明人間は不便である

「行先チョー悩むんですケド」


「それなー」


 とある日のLHR。

 教室の廊下側、その最後方さいこうほうにて、椅子を持ち寄り意見を交わすは、清楚風ギャル――古賀こが美緒みおを班長とした第2班、通称”ビッチ班”の御三方。


「スカ〇ツリーは定番過ぎるっショー?」


「それなー」


「かと言って原宿行っても3秒で飽きる自信あるっショー?」


「マジそれなー」


 その議題は修学旅行3日目の行先。

 班長の古賀ではなく、金髪に腰巻カーディガンの真ギャル――安達あだちが中心になって話し合う様を、俺はすぐ横の掃除用具ロッカーに寄りかかり無言で眺めていた。


「どうせ行くなら楽しいとこがいいじゃんネー」


「それなー」


 なぜ無言なのかは言うまでもない。

 きっと奴らには、同じ班に俺がいるという認識はないのだ。話し合いが始まって数分経ったが、会話どころか、目すら合わせようとしない。


 俺は透明人間かよ。


「ふへっ」


 と、思わず笑いが漏れたその瞬間。

 三人が一斉に振り返り、中でも不快度MAXらしい安達が言った。


「急にキモい笑い方すんナシ」


「す、すまん」


 そこは透明じゃないのかよ。

 意外と不便だな、透明人間。


「ウチらの邪魔すんナ」


 そう吐いては再び話し合いに戻る。

 そんな安達の背中を俺はこっそり睨みつけた。


「つーか、フツーに考えてむずくナイ?」


「それなー?」


「ほら、東京ってちょっと大人向けっていうかサー」


 そう言うと安達は、不服そうに頬杖をついた。


「カラオケがダメとか、マジ遊ぶ場所ないっショー」


 やがて田舎者丸出しのそんな発言を。


「カラ館とか行ってみたかったのにサー」


「マジそれなー」


 東京まで行ってカラオケとか。

 流石にその選択は頭悪すぎるだろ。

 どうせなら観光地行こうぜ観光地。


「パーティールームくそデカいらしいジャン?」


「それなー?」


「マジ一回歌ってみたかったっショ」


「マジそれなー」


 というか、もう一人の方。

 確か加瀬かせとか言ったっけ。


 さっきから『それなー』ばっかりだけど。

 もしかしてこの人、それなbotか何かですか?


「ねぇ、コガミオも黙ってないで何か案出してヨー」


 やがて安達は困り顔で古賀にふった。

 ふられた古賀は「うーん」と喉を鳴らし。


「じゃあみんなで行きたいとこせーのする?」


「いいねソレ! チョー修学旅行っぽいジャン!」


「それなー!」


 どうやらせーので行先を決めるっぽい。

 ちなみにここで言う”みんな”は”俺以外みんな”である。


「みんないい? 決まった?」


 古賀が聞けば、他の二人は揃って頷いた。


「それじゃ行くよ。せーの」


 その掛け声で全員が思い思いの行先を口にする。


「ディ〇ニー」


「ディ〇ニーっショ!」


「それなー!(ディ〇ニー)」


(上野動物園)


 見事なまでの3対1。

 というか、俺は心で呟いただけなので実質全員一致。


「うそっ、みんなディ〇ニー!?」


「ヤバいっショ!? マジ奇跡ジャン!?」


「それなー!」


 思わぬ意気投合に、めちゃくちゃテンアゲしている古賀たち。きゃぴきゃぴ盛り上がるその様子を前に、俺はこれ以上にないほどのドでかいため息を吐いた。


「ちなみにランドとシーどっち?」


「うちはシー派だけど、ちなコガミオは?」


「あたしもシー派。加瀬は?」


「それなー!(シー派)」


 おいおい……

 お前らどんだけ仲良いんだよ。


「じゃあもう決まりっショ!」


 完璧なまでの一致に、安達は満足げに声を張った。

 それに続いて古賀は、パンッと一つ手を鳴らす。


「それじゃあたしらの行先はシーってことで」


「意義ナーシ」


「それなー」


 こうして俺たちの行先は夢の国に決定。


(東京散策なのに千葉行くのダメですよね!?)


 とかなんとか先生に抗議したいところだが、おそらくディ〇ニーは、ルール的にセーフ。


 そもそも3日目の縛りは『17時に浅草寺に集合』以外何もないので、ディ〇ニー行こうと、中華街行こうと、集合時間さえ守れば基本おっけいなのだ。


『生徒の自主性に任せる』


 といううちの学校の基本方針らしい。

 余計なところで生徒想っちゃうのマジやめて。


「じゃああたし、紙に書いちゃうね」


「ほいホーイ」






 やがて話し合いの時間は過ぎ、俺たちは各々の席に戻った。


 教卓で提出された紙に目を通す立花先生。

 時折頷きながら、各班の行先を興味深そうに確認している。


「お、古賀の班はディ〇ニー行くのか」


 不意にそう呟いた先生。


「そうなの! みんな行きたいって意気投合しちゃって!」


「久しく行っていないから羨ましいな」

 

 俺は全然行きたくないけどね。


 と、ここで。

 何やら先生はしたり顔で俺を見た。

 あの口角の上がり方からしておそらくは。


『女子とディ〇ニーなんていいじゃないか』


 とでも言いたいのだろうな。

 俺はこれっぽっちも嬉しくないけど。


「はぁ……」


 深いため息に苦笑いでそのウザい視線を切る。

 そんなに行きたいなら今すぐ俺と代わってくれ。


「古賀さんたちの班もディ〇ニーって本当?」


 続いて、窓際後方からそんな声が上がった。

 つられてそちらを見れば、早乙女が席を立つ。


「マジだけど、なんで?」


 古賀が折り返せば、早乙女は爽やかに笑った。


「実は僕らの行先もディ〇ニーなんだよね」


「えっ!? マジ!?」


 ガタンという音を立てて、今度は左斜め前の安達が立ち上がる。


 早乙女の班もディ〇ニーって、それマ……?


「それってランドとシーどっちケイ?」


「一応シーの予定ではいるかな」


「てことはウチらと一緒ジャン!」


 興奮した様子の安達は、胸元で小さくガッツポーズ。そんな彼女とは裏腹に、俺は開いた口がふさがらなかった。


「偶然過ぎてマジ運命っショ!」


「そうだね、僕もびっくりしたよ」


「もしかして一緒に回っちゃったりしちゃウ!?」


「ど、どうだろう。行きたい場所が合えばいいけど」


「あうあう! てか合わせちゃうっショ!」


 これはちょいとまずい流れだ。

 古賀たちと行動するのでさえ億劫なのに。そこに鬼塚も所属している早乙女の班が合流とか、嫌すぎるにもほどがある。


「ちょっと安達、あんた何勝手に話し進めてんの」


 と、席を立ったのは古賀。

 その表情には若干の怒りも見て取れる。


「あたしら三人で一生の思い出つくるって約束したじゃん」


「それは、そうなんだけどサァー」


 ちなみにだけど君らの班は四人だからね。

 いい加減俺を透明人間扱いするのやめてね。


「早乙女くんの班ならいいっショ?」


「よくないから。そもそもそんな大所帯じゃ他のお客さんの迷惑になるし」


「エー」


 断固とした古賀の態度に、安達は口を尖らせ露骨に拗ねた。


 やがて脱力したように席については。


「わかったよモー」


 と、諦めの一言を。


「まあでも、もしパーク内で会ったら一緒に写真でも撮ろうよ」


「それありっショ! みんなでお揃いの耳付けヨ!」

 

 早乙女の言葉で再び立ち上がる安達。

 立ったり座ったり忙しい奴だなこいつ。


「古賀さんも、それならいいよね?」


「まあ、写真くらいならいいけどさ」


 しぶしぶ納得といった様子の古賀。

 ひとまず早乙女たちとの同行は無しっぽいけど、それでも俺からすれば、鬼塚と行先が被ったというだけで、十分すぎるほどに最悪だった。


「ちっ」


 と、遠くで舌打ちが鳴る。

 視界の隅からは、嫌悪感に満ちた鋭い眼光が。

 その顔からして、奴も俺と同じ気持ちらしいな。


「はぁ……最悪だ……」


 無理やりディ〇ニー連れてかれて、しかもそこにはあの鬼塚もいるとか。これはもはや旅行ではなく、ただの苦行なのでは?

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