第7話 シスコンバリアは全てを無効化する

 我が家まであと半分といったところ。

 俺のすぐ隣を並んで歩いていた葉月は。


「あっ」


 という声を漏らし、唐突に立ち止まった。


「どした、う〇こでも踏んだのか」


 そう言いつつ振り返ると、奴が指さしていたのは、車道を挟んで向かいにあるロ〇ソン。俺のバイト先だった。


「センパイ、わたしコンビニ寄りたいです」


 この状況から察するからして。

 これはおそらくいつものアレだ。


「今日暑いですし、アイス買って帰りましょ」


「無理」


 俺は葉月の提案に速攻でノーを突きつける。


 その理由は単純明快。

 付き合えば間違いなく奢らされるからだ。


「なんでですかー。買いましょうよアイス」


 しかしそれを口実に断ろうとしても、「えー、そんなつもりないですよー」とかなんとか言って、上手いこと言いくるめられた後、無理やり連行され。


「センパイ今日の午前中ずっとチャック全開でしたよね。クラスの人がセンパイのことネタにしてましたよ」と、自覚のなかったことを暴露された上に。


「妹にバラされたくなかったら新作のプリン奢ってください」と、脅迫を受けることになる。(実体験)


 故に俺はこの状況の対策として、守るべき3か条を設けた。


 一つ、ついて行かない。


 二つ、押しに負けない。


 三つ、奴のペースで話さない。


 これさえ守ればこの状況は回避できる。はず。


「別にアイス好きじゃねぇし」


「いやいや、アイス好きじゃない人類なんていないでしょ」


 それはつまり、俺は人類ではないということですかね。あなたの勝手な偏見で、俺の人権を奪わないで頂きたいのですけど。


「別に嫌いでもいいじゃないですか。暑いんだし」


「暑いんだし、で全てを正当化しようとするそのスタンスやめろ」


 まったく引く様子のない葉月に、俺は本音をぶつける。


「てかシフト無い日までバイト先行きたくねぇ」


「いいじゃないですか、ちょろっとアイス買うだけなんですから」


 そのちょろっとが無駄な出費に繋がるんだよ。


「俺は一刻も早く家に帰って、陽葵ひまりにただいま言いたいの」


 捲し立てるように言うと、急に葉月は黙り込んだ。

 やがてゲテモノを見るかのような目で俺を見ては。


「どんだけシスコンなんですか……」


 と、嫌悪感丸出しでそう呟いたのだった。


「いい加減やめてくださいよ、それ」


「やめるって何を」


「シスコンアピです」


 シスコンアピも何も、俺がシスコンなのは紛れもない事実なんだが。天使のように愛らしい我が妹を、俺は心の底から愛しているんだが。


「キモいこと言ってる自覚ないんですか?」


「あるわけないだろ。これのどこがキモいってんだ」


「逆にどこがキモくないのか知りたいくらいですよ……」


 そう言うと葉月は呆れた顔でため息を吐いた。


「さすがのわたしもドン引きです……」


「お前に引かれたところで痛くも痒くもないわ」


 嫌悪感丸出しの葉月を前に、俺は断言する。


「俺は陽葵にさえ嫌われなければそれでいいの」


 俺は妹が好きだ。

 この世界の誰よりも。

 それこそ嫁にもらってやりたいくらいに。


 俺にとっての一番が陽葵だからこそ、シスコンアピはガンガンするし、それでどれだけ葉月に引かれようとも、俺が受けるメンタルダメージはほぼ皆無に等しいのだ。


 これぞまさにシスコンバリア。

 全ての雑音を無効化する最強の盾。

 俺と陽葵の愛の障壁を舐めないでいただきたい。


「だったらなおさら手遅れかもですね」


 やがて葉月は冷たい声音でそう言った。

『手遅れ』という不穏な言葉が気になり、俺は即折り返す。


「何だよ、手遅れって」


「多分ですけどあの子――」





「えっ……」


 言葉の真意を聞いたその瞬間、俺の頭の中は真っ白。今まで前のめりだったはずの気持ちが、一気にどん底へと落ちた。


「す、すまん。もっかい言ってくれん?」


「だーかーらー。あの子センパイのそういうところウザがってますって」


 どうやら聞き間違えじゃない。

 冗談……とかでもないっぽい。


 ひ、陽葵が……?

 俺のことをウザがってる……?


「い、いやいや、そんなまさか」


 陽葵が俺をウザがるとか万に一つもあり得ない。

 あり得な……


「……マジ?」


「マジです」


 葉月の顔は真剣そのものだった。

 いつもの俺をおちょくる雰囲気とは明らかに違う。


「ち、ちなみにどの辺を?」


「ぜんぶです」


「全部……!?」


 些細な事かと思ったら、全部なの……!?


「こんなのが兄ならそりゃそうですよ」


「こんなのって……」


 クリーンヒット。

 無敵だったはずのシスコンバリアがボロボロと崩れ行く音がする。


「だから今日はおとなしく、わたしとコンビニ行きましょう」


「ごめん、ちょっと今ショック過ぎて無理」


 俺は人から嫌悪されることには慣れている。それは『陽葵にさえ嫌われなければいい』というシスコン魂があるからこその慣れ。


 他者が原因で傷つくことはほぼ無いし、自分が腫物である事実に興味も関心もない。飛んでくる罵声やらも全部含めて、俺はそれらを雑音として処理してきた。


 でも、相手が陽葵となったら話は別だ。



 悠にぃ、嫌い。



 とでも言われようものなら。

 その瞬間俺は魂が抜けて植物状態になるだろう。

 何なら心臓が止まってお陀仏の可能性まである。


「ひ、ひまりぃぃ……ゔぅぅ……」


「いや、落ち込みすぎでしょ……」


 気が付けばシスコンバリアの耐久値はゼロ。メンタルズタボロの俺は、近くの電信柱に頬を擦り付けながら泣いていた。


「そんなに好かれたいんですか」


「あだりまえだろぉぉぉぉ……」


 涙目のまま葉月を見る。

 するとそんな俺に同情してかこんな提案を。


「ならお土産の一つでも買って帰ったらどうですかね」


「お土産……?」


「例えばスイーツとか」


 スイーツ……

 そうか、スイーツか……。


「スイーツ買って帰ったら嫌われないで済む?」


「手ぶらよりはマシだと思いますよ。知りませんけど」


 やがて葉月は、何か思い立ったような顔をした。そして流れるように対岸のロ〇ソンを指さしては、「だからセンパイ、行きましょう」と力強く言った。


「そのくらいの気遣い、できる兄なら当然です」


 できる兄なら当然。

 まるで俺を鼓舞するようなその一言で、ボロボロだった俺の心に熱が満ちる。見慣れたはずのその青い看板が、今は驚くほどに神々しく映った。


「これはわたしからの助言です」


「……っっ!!」


 可能性しか感じなかった。

 妹の目線に立ったこの助言。

 これが出来るということはつまり――


「さてはお前、妹だろ!」


「わたしに兄妹はいません。センパイだって知ってるでしょ」


 そう言えばそうでした。

 こいつバチバチに一人っ子でした。


「まあ、妹キャラではありますけど」






 こうして俺たちはコンビニへ。

 葉月の意見も参考にしつつ、クリームがたっぷりと乗ったプリンと、暑いので、ついでにガ〇ガリ君を購入することに。(アイス嫌いは大嘘です)


 それらをレジに持って行った際。

 背後から不審な手が伸びてきた。


「できる兄なら妹にアイス奢るくらい当然です」


 その言葉と共に置かれたのは、超高級アイスのハーゲンさん。


「お前は後輩であって妹ではない」


「じゃあ今だけセンパイの妹ってことで」


「ふざけんな。俺の妹は陽葵ただ一人だ」


 何とか奢りを回避しようとした俺だったが。


「空振りズッコケに胸部観察」


「えっ?」


「アイス奢ってくれないなら、今日の体育でセンパイがポンコツ晒した上に、女子の胸をいやらしい目で見てたことを大好きな妹にチクります」


 などと身に覚えのあり過ぎる脅しを受け。

 結局今日も葉月の手の上で転がされる俺なのでした。

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