第9話 やがて二人は買い物に出る

 とある休日。

 俺は葉月に言われるがまま、そこそこデカい商業施設に来ていた。


 その目的は言わずもがな。

 修学旅行の準備くらい一人で出来るが、「買い物はわたしに任せてください!」とか無駄に張り切ったことを言うので、お望み通り全部ぶん投げることにしたのだ。


「そういえばセンパイ」


 アウトドアショップに向かう途中。

 隣を歩く葉月は、思い立ったように言った。


「センパイってディ〇ニー行くんですよね」


 何を言い出すかと思えば、こいつ。

 どっから仕入れやがったその情報。


「わたしお土産はぬいぐるみがいいです」


「そんなに高いものは買えません。なぜなら陽葵にも頼まれているので」


「可愛い後輩とただの妹、どっちを取るんですか?」


「可愛い妹に決まってんだろ。俺の妹のスペック舐めんな」


「うわっ、シスコン乙!」


 必要以上にデカい葉月の声が辺りに響いた。

 おかげさまで俺は今、複数の怪訝な視線に晒されています。


「とにかく、ぬいぐるみは無理だから」


「こんなにわたしが可愛くてもですか?」


 すると葉月は、両手の指でほっぺをぷにっ。

 それはもうあざとさ全開のずるーい笑みを浮かべた。


「25点」


「低っく! 採点基準おかしいですよそれ!」


「当方の採点は俺の独断と偏見によるものです」


 相手が葉月なところでマイナス10点。

 あざと過ぎてウザいからマイナス15点。

 そもそも陽葵じゃないのでマイナス50点。


「もうっ、センパイはホント見る目ないんだから」


「うっせ」


 とは言ったものの。

 やはり葉月は見てくれだけは一丁前だと思う。その証拠に先ほどからちらほらと、葉月のことを見ているであろう男性がいる。


(そりゃ中身知らなかったら美少女に見えるわな)


「今の子可愛くね?」


「マジそれな! 超可愛かった!」


 と、すれ違いざまにそんな声が。

 それをしっかり耳にしたであろう葉月は。


「センパイ聞きました?」


 これ以上にないしたり顔でそう呟いた。

 その勝ち誇ってる感じがマジムカつく。


「節穴なんだろ。目が」


「シスコンは黙ってください」


「シスコンは今関係ないだろ」


「あと倒置法やめてください。余計にムカつくんで」




 * * *

 



 やがて目的のアウトドアショップに到着。


 お目当ては2日目の選択コースの釣りで着る、動きやすくて汚れてもいい服。あとはリュックとか、歩きやすい靴とか、その辺。


「センパイこれとかどうですか」


 葉月がそう言って手に取ったのは、麦わら帽子だった。


「いや、普通にいらないけど」


「でもこれ、結構可愛いですよ?」


 すると葉月は試しにそれを被ってみせる。

 実際に被ってみると確かにデザインはよさげだ。

 というか、あまりにもしっくり来過ぎててビビる。


「お前無駄に麦わら帽子似合うな」


「そ、そうですかね?」


「ああ、マジで似合うわ」


 このままスポドリのCMに出ててもおかしくないレベル。


 やはり見てくれがいいからだろうか。

 今なら10点増しで35点をくれてやらんでもない。


「せ、センパイこそ。これとか似合うんじゃないですか」


 何やら頬を赤らめている葉月。

 慌てた様子で麦わら帽子を脱いだかと思えば、それに代わって、上半身がすっぽり収まってしまうくらいの網を手にした。


「どういう理屈で俺にこれが似合うと思った」


「なんとなく?」


「なんとなくって……いらねぇよこんなデケェ網」


 ちなみに値段は5600円+税。

 デカいだけあって値段までビッグだ。


「もしカジキ釣れたらどうするつもりですか?」


「安心しろ。海岸にカジキはいない」


 葉月から奪った網を棚に戻しながら続ける。


「仮にかかったとしても、釣れる前に糸が切れるか竿が折れる」


「もしくはセンパイが海の中に引きずり込まれるかですね」


 引きずりこまれるかって……


「……急に変なこと言うなよ。海で釣りするの怖くなって来ただろ」


「大丈夫ですよ、センパイなら」


 根拠の無い励ましに嘆息する。

 ちなみに俺、泳ぐの苦手だからね。


「もし釣れたら写真送ってくださいね」


「釣れるわけないが、万が一釣れたらカジキに跨った写真送ってやるよ」


「ワー、タノシミー」


 棒読みで言うと、葉月はそそくさと店の中を進んでいった。


(お前今、絶対俺いらないって思ったろ……)




 * * *




 アウトドアショップの次は書店へ。

 そこで旅行雑誌を購入して、ひとまず買い物は一段落した。


「センパイセンパイ!」


 目的もなくぶらぶら歩いていたところ。

 何やら興奮した様子の葉月に、服の袖を引っ張られた。


「ワンちゃん見ましょ!」


「わんちゃん?」


 奴が指さした先にはペットショップ。


「お昼までまだ時間ありますし、ねっ!」


「お、おう」


 俺が頷けば、葉月は軽快な足取りで先を行った。

 そのノリノリな背中を、俺は遅れてついていく。


「センパイ見てください! トイプードルです!」


「トイプードルだな」


 真っ先に駆け寄ったのはトイプードル。

 どうやら葉月の一押しはこの子らしく、普段は絶対見せないようなうっとりとした顔で、「きゃわぁぁ」などと漏らしていた。


「あっ、ブルドックだ。ぶっちゃいくー」


 だが隣のブルドックには酷く辛辣だった。

 一目見るなりそれって、失礼にもほどがあるでしょ。


「なんかこの子センパイみたい」


「こんなぶちゃいくと一緒にするな」


 何が何でも自分への批判は許さない俺である。


「てかお前、犬とか好きなのな」


「当り前じゃないですか! わたしは生粋きっすいの犬派です!」


 そう宣言した葉月は、横目でちらりと俺を見た。


「そう言うセンパイはどっち派なんです?」


「どっち派って?」


「犬派か猫派かってことです」


「ああ」


 犬派か猫派か。

 そうだな。多分だけど俺は……。


「強いて言うなら犬派だな」


 別に猫も嫌いではない。

 だがやっぱり飼うとなったら犬でしょうよ。

 柴犬とか、尻尾クルッてなってて超可愛いし。


「まあセンパイって、犬みたいなところありますからね」


「誰が都合のいい犬だよ」


「別にそこまでは言ってませんけど」

 

 自意識過剰でごめんなさいね。


「でもセンパイが犬派でよかったです」


「なんで」


「将来困らなくて済みそうなので」


「将来?」


 突然葉月はそんなことを。


 将来困らなくて済みそうなのでって……まさかこの人、将来俺に自分の犬の世話させようとしてる? 散歩やら何やら面倒事押し付けようとしてる?


「俺は絶対に嫌だからな」


「嫌? それはつまり、ホントは猫派ってことですか?」


「は?」


「は?」


 口をポカンと開けて、顔を見合わせる俺たち。

 こいつの言葉の意味が一ミリも理解できません。


「まあいいですけど」


 投げやりに言った葉月は、再び子犬を見やる。

 やがて横からでもわかる険しい顔を浮かべては。


「譲る気はありませんから」


 と、何かを決意したかのように呟いた。




 * * *




「あれ? 井口いのぐちくん?」


 そろそろ飯でも食いに行こうかと思っていたところ。未だ飽きずに子犬を眺めていた俺たちの背後から、そんな声が飛んできた。


「やっぱり井口くんだ」


「あ、天ケ瀬あまがせ……?」


 振り返るとそこには、見覚えのある美少女が。

 俺だとわかると、視界の中の彼女は小さく微笑んだ。


「うん。こんにちは、井口くん」


 こ、こ、こ、こんにちはっ!


 と、思わずきょどってしまいそうなほど、素敵な笑みを浮かべるのは、同じクラスであり、学校一の美少女とも名高い天ケ瀬あまがせ真冬まふゆだった。


 艶のある黒髪ベリーショートに、愛らしさも感じる大きな目。バレー部らしいスラっと高い身長ながら、モデル顔負けの豊満な胸を兼ね備えているまさに完璧才女。


「こんなところで会うなんて奇遇だね」


「そ、そうだな」


 そんなみんなのヒロイン天ケ瀬と、休日の買い物でバッティング。これは脇役モブの俺とて、テンションが上がるシチュエーションだ。


「そっちの子は知り合い?」


「ああ、こいつは後輩の――」


「葉月結愛って言います!」


 ……って、こいつ。

 急にしゃしゃり出てきやがって。


「私は天ケ瀬真冬です。後輩ってことは1年生かな?」


「そうです! 1年2組!」


 ラメ入りかと思うくらい、瞳を輝かせる葉月。

 こういう時ばっか猫被りやがって、ちきしょう。


「よろしくね、葉月さん」


「わたしの方こそ、よろしくお願いします!」


 優しく微笑む天ケ瀬に、葉月は深々とお辞儀をする。

 こいつにも、こんな礼儀正しい一面があったんだな。


「ねぇセンパイ」


 やがて顔を上げた葉月に、服の袖を引っ張られる。


「なんで天ケ瀬先輩と面識あるんですか?」


「なんでって、一応同じクラスだからな俺ら」


「へぇー、知りませんでした。センパイって1組だったんですね」


「えっ!? そっち!?」


 まさかの俺が何組かを知らなかったパターン……!?


「冗談です」


「いや、つまんねぇからそれ……」


 にひひっと笑う葉月に俺は嘆息する。


「ところで天ケ瀬。お前は何しに来たんだ?」


「あ、そうそう。猫のご飯が切れちゃってね」


 なるほど。

 だからご飯を買いにペットショップに来たと。


「天ケ瀬先輩、猫飼ってるんですか!?」


「え、あ、うん」


「わたし猫大好きなんですよ!」


 またしてもしゃしゃり出てきた葉月。


 猫大好きなんですよ!


 ……って。

 お前さっき犬派って言ってたろ。

 本当に都合良いなこいつ。


「よかったら写真見る?」


「見ます見ます! 見たいです!」


 そうして俺たちは、天ケ瀬が飼っているという猫を見せてもらうことに。


「この子なんだけどね。食べるのも寝るのも大好きだから、太っちゃって」


「きゃあぁぁ! ヤバいです! チョー可愛いです!」


 スマホに表示された写真を一目見るなり、大絶賛の葉月。遅れて俺も見れば、確かにその猫は可愛らしかった。


 何という種類なのだろうか。

 目から尻尾にかけて、背中側は黒毛で、脚やお腹周りは白毛。天ケ瀬が言う通り、一般的な猫よりもちょっとふっくらしているようにも感じるが……


 ……あれ、この猫どっかで。

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