第15話他の大名たちの反応

 「浅野内匠頭が今では『名君』の如き扱いをされているとは……世も末じゃ」


 「それだけ芝居小屋の影響が大きいのでしょう」


 「武に秀でてはいたが文道には目もくれなかったお人が亡くなった後では『賢君』とさえ世間では言われておるわい」


 女三人寄ればかしましい、というが男三人も十分かしましかった。

 この三人の男達はそこそこ裕福な諸大名である。

 生前、少しばかり浅野内匠頭とも交流があったため彼の死を偲んでいる……はずもなく、江戸市民のに感心していたのであった。


 「まぁ、生真面目で律義者であった事は確かだ。何も全てが嘘で塗り固めてり訳でもないから余計に質が悪い」


 「そこら辺の若者成り上がりのボンクラと違って威張り散らすような真似はしなかった事は事実ですよ」


 「素直な気質だったのだろう。気が小さ過ぎる処が少し気になったが……ただ……」


 「短慮だった」「気が短すぎる」「思慮が足りん」


 三人は同時に同じような事を言い放つや、ん?と顔を見合わせた。


 「そなたらもか」


 「いやいや」


 「考える事は同じのようですな。ははははっ」


 一人が笑うと、他の二人もつられるようにして笑い出した。

 浅野内匠頭と格別親しいという程でもないが知らない仲でもない三人からすれば、赤穂の殿様の評価は「可もなく不可もなく」であった。ただ若いせいかそれとも本人の気質のせいか、人の好き嫌いが異様に激しく感情をコントロールする事が苦手で、人付き合いも下手くそな処が欠点と上げていた。が、「まだ若いのだ。もう少し年嵩になれば世慣れよう」と楽観していた節もあった。

 

 実を言うとこの三人はまだ好意的な評価を下した方である。


 別の大名などはもっと辛口だ。


 「女中の些細な粗相を大罪の如く騒ぎ立て口にするのもおぞましい仕置きをした人物が『お優しき主君』で通っているのだから世間とはいい加減なものだ」

 

 「町民共も当時の浅野内匠頭の非道さは知っているだろうに。それとももう忘れてしまったのか?嘆かわしいかぎりだ。あの時は『赤穂藩のゆく末は暗い』だの『浅野家の若殿はに罹っているのではないか?存続も危ういぞ』と噂しあっていたというのに……」

 

 「癇癪持ちの無骨な気位の高いだけの男が。家臣が仇討ちをしてくれたお陰で評価をひっくり返したのだ。持つべきはじゃ」

 

 「筆頭家老の大石内蔵助がいなければ赤穂の浪人が吉良殿を討つ事など絶対に出来なかっただろうに。吉良殿を討ち、御公儀が全員の切腹を命じた事で彼らは伝説となった。吉良殿には悪いがこれで『武士』の面目が保たれたのは事実。赤穂浪人の『御伽噺』はこれから先も語り継がれてゆく事だろう。そこにどれだけの真実が隠されていようが、がどうだったかは江戸の民衆には興味が無いのであろう。ただ『主君の仇討ちをした義士』の存在に酔っているのだ」



 諸大名たちが懸念した通り、江戸市民の手によって「赤穂の殿様と47人の義士の御伽噺」は数百年経っても人々にとして語り継がれてゆく。

 芝居小屋から始まり、書物にもなった「赤穂義士47名」の御伽噺は、何時しか『忠臣蔵』という名前になった。

 時代が進むにつれ科学も進化し、『忠臣蔵』は映画館で、またテレビ画面で見ることが出来るようになる。全国で最も有名な「忠義の士」の話として。正義の話として知らない者はいない。勿論、ヒーローの存在に不可欠なのが「悪役」である。


 吉良上野介。


 その名も『忠臣蔵』と共に永遠に語り継がれた。


 といて。

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