第33話 ロマの死

 ロキ大橋で男の死体が見つかったのは、早朝のことだった。


 アルデラン門に交代要員として向かう衛兵が見つけた。すぐさま、巡察隊が呼ばれ、宿屋に泊まっていた行商たちの証言からロマだと判明した。他殺の痕跡はなく、衰弱死と断定された。


 巡察隊隊長ビールズは、宿屋の放火をロマの仕業だと正式に認め、容疑者死亡にて一件落着だと発表した。


 エレメナはそのトップニュースの執筆を断った。代わりに先輩記者のコスマトス・サドラーが執筆したが、お上の発表をそのまま書いただけならまだしも、ロマを追い込んだという体でビールズやメイレレスの働きを手放しに称賛していた。


 彼らが何をやったというのだ。エレメナは憤慨していた。固く閉ざされたドアをこじ開けてきたのはネイピアだ。巡察隊お抱えの広報機関かと思うような提灯記事で得意げになっている新聞に心底嫌気が差した。


 ホイヘンス日報の編集部には今、タッカー・ヴォルドゥが来ていた。火事になった宿屋の主人だ。応接室でサドラーが話を聞いている。どうせ、ビールズたち巡察隊の面々への感謝の言葉を引き出しているに違いない。明日の記事には〈事件解決に被害者も安堵の声〉なとど見出しをつけて、巡察隊へのヨイショを続けるのだ。


 そんなことをして何の意味があるというのか。エレメナには分からないがきっとメリットがあるに決まっている。金か出世か何か便宜をはかってもらうのか。本当にくだらない。


 それにしても、タッカーが少し元気を取り戻したようでホッとした。さっきお茶を出した時に軽く挨拶したが、いつものような軽やかで気さくな雰囲気が戻っていた。事件直後に話を聞いた時は、顔面蒼白でまるで生ける屍だった。重体だった妻のディアナは一命をとりとめ、容態は安定しているという。それも数少ないグッドニュースだ。


 エレメナは街の最新情報を扱うコラムを担当することも多く、タッカーの元に話を聞きに行くこともしばしばだった。外国から珍しい品物をもってくる行商が彼の宿に泊まっていたし、なにしろ、彼は街の情報通だった。タッカーのところには自然といろんな情報が集まってくるのだ。それはきっと彼の誠実で人当たりの良い人柄がそうさせるのだろう。言っては悪いが、「うるせえ!」で一喝する偏屈なジューゴとは大違いだ。


 バタン! 


 編集部のドアが乱暴に開いた。同僚記者たちが取材から帰ってきた。いろいろとイチャモンをつけられる前にここから出なければ。エレメナは急いで荷物をカバンに入れて机を後にした。


 すれ違いざま、「外から帰ってきたんだ。茶ぐらい入れろや」「お前のおっぱい吸わせてくれてもいいぜ」などと馬鹿な男たちがニヤニヤ笑っていたが、無視した。どこまでも腐り切った報道機関だ。



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 エレメナはロマの遺体を発見した衛兵に話を聞きにアルデラン門にやって来た。昼休憩を待って、話を聞く。


「ロマは笑っていたよ」


「笑っていた?」


「まるで楽しい夢を見ているようだった」


「そんな死に顔、今まで見たことありますか?」


「うーん、そうだねえ。ないわけじゃないよ」


「どんな死体ですか? 詳しく教えてください」


「外地で戦っていた時に、占領した街で見たことある。麻薬を打ちすぎて死んでしまった人の遺体をね。ベルメルンじゃ見ないが、リューベルの街は大分麻薬が蔓延しているらしいよ。まさに、ロマみたいに幸せそうな顔で死んでいたよ」


「本当に争ったような形跡はなかったんですか?」


「争うもなにも……ロキ大橋の欄干にもたれかかっていてね、旅人が疲れてちょっと休憩してるみたいな、そんな雰囲気だったよ。最初、寝ている人がいるって思ったしね」


「殺された後、その体勢にされたとは考えられませんか?」


「軍医の所見も同じだったろうけど、あれは衰弱死としか考えられないよ。痩せ細っていたからね。逃亡中なにも口にしなかったんだろう。直接死に至るような外傷はなかったし、毒を盛られたのならあんな安らかな表情じゃないだろ? それに……」


「それに?」


「ロマを殺したとすれば、ベクトールだよ。あいつがロマの手首を切り落としたのが致命傷と言えば致命傷なんじゃないか? 大量の血が流れて、体力をだいぶ奪ったはずだ。だから、ベクトールの手柄だよ。あいつはすごいヤツだ。真の英雄だよ」衛兵は誇らしげに言った。


 エレメナは釈然としないものを感じていたが、ベクトールを讃えるその言葉を否定したくなくて、ただ礼を言ってその場を離れた。


 通りには今日もたくさんの行商が行き交っていた。見知った街の人々の笑顔があちらこちらから目に入ってくる。今日はどんな素敵な買い物ができるのだろうと、心を躍らせているのだろう。その平和な風景に心が和みそうになる。


 しかし、それは表面上のことだ。新聞記者である自分はその奥底に隠された闇に目を光らせ、伝えるのが使命だ。今、この街は確実に病に冒されつつあるのをエレメナは感じていた。


 ベルメルンは国王がいち早く禁じたこともあり、麻薬は入ってきていないと言われている。しかし、エレメナはかねてからある疑いを持っていた。地下街に麻薬が入ってきているのではないかと。まさに今、衛兵が言ったようなドレア人の死体がここ最近、相次いで発見されていた。


 やはり、裏には麻薬の存在があるに違いない。そして……


──この事件は終わってない。


 エレメナは確信していた。


 ロマの死も衰弱死と簡単に結論を出されているが、それとて疑わしい。ロマは麻薬の売人だったのだろう。ゆえに殺されたとも考えるのが妥当ではないか。理由はいくらでも考えられる。商売敵に狙われることもあるだろうし、顧客が口封じのために殺すことだってあるだろう。


 いずれにせよ、麻薬売買にはロマ以外の人間が関わっているはずだ。なぜならばロマはベルメルンではその存在を知られていない、つまり顔がきかないのだ。そんなよそ者がこの街で麻薬を捌くなど不可能だ。絶対に地元の人間による麻薬ネットワークがあるはずだ。


 それを突き止めることが事件の全容を解き明かすことにつながる。ネイピアが投獄されてしまった今、それができるのは自分しかいない。

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