第32話 セレスティアの花壇
セレスティアは広場に来ていた。大量の花を籠に入れて。いくつかある花壇のうち、一つは全部枯れてしまっていた。
他の花壇は大丈夫だから、病気に違いないと思っていた。そこで、少しずつ土から全て入れ替えて今日に至る。あとは植えるだけだ。
かつてはこうした作業をベクトールが手伝ってくれていた。セレスティアの孤児院で引き取ることになった時、ベクトールはまだほんの子供だった。セレスティアは立派に育ったベクトールを誇らしく思っていた。あれだけの体験をしたにもかかわらず、そんなことを全く感じさせない朗らかさ。そして、誰に対しても表裏なく接する誠実さ。なにより底抜けに優しかった。孤児院の子供たちの最高のお手本となる先輩だった。
孤児院を出て衛兵として街の警護を始めてからも非番の日には会いに来てくれた。どこからかクワとスコップを持ってきてセレスティアの花壇づくりを日が暮れるまで手伝ってくれた。泥だらけの手で汗をぬぐうから顔も泥だらけ。何事にも一生懸命なベクトールの姿……セレスティアの目にはいつしか涙が浮かんでいた。
──あの子の一生は、幸せだったんだろうかねえ。どう思う? あなたたちが綺麗なようにあの子は心がとっても綺麗だったんだよ。
セレスティアは誇らしげに咲く花に話しかけながら、せっせと植え替えをしていた。夜明けから始めた作業はまだまだ半分も終わっていないが、もう日は高い。
──お日さまをいっぱい浴びて、元気に育つのよ。
最近、この街は暗いニュースが多い。そんな時こそ自分が頑張らなければ。花は人々の心を癒してくれるのだから。
見知らぬ男に話しかけられたのは、花壇の前のベンチで一休みしていた時のことだ。男はのばしっぱなしの髪に髭、ボロボロの服。セレスティアは最初、物乞いかと思った。
「ご婦人、これも一緒に植えてくれないかい?」
差し出してきたのは蕾が黄色くなった植物だった。
「あら、珍しい花ねえ」
セレスティアはその花を見たことがなかった。葉っぱがギザギザで少し物々しいイメージだが、大きな蕾が鮮やかな黄色に色づいているところを見ると、見事な花に違いない。咲くのが楽しみだ。
「俺の故郷の花なんだ」
「きれいなお花は大歓迎よ」
「ありがとう」
「任せて。大切にお世話するわ」
その男はセレスティアがしばらく植えるのをニコニコしながら見ていたが、やがてヨロヨロをしながら歩いて行った。
セレスティアはその頼りない背中に声をかけた。
「あなた、ろくに食事もしてないんじゃない? ウチに寄って何か食べていきなさいよ。私の家はすぐそこよ」
「ご親切にどうも。でも、大丈夫」
「そうかい。じゃ、お花が咲いたら見に来てよね。今度はサンドイッチと紅茶を用意しておくわ」
男は手を振って応えた。しかし、目が悪いセレスティアはその手首から先がないことに、気づかなかった。
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