第30話 地下牢の再会

 ネイピアが城の地下牢に入れられてもう二日が経つ。


「ルーニー・ネイピアを殺せ」


 外では怒号が飛んでいる。リーダーを失った自警団の連中が叫んでいるのだろう。ネイピアは情報漏洩とジューゴに対する殺人の罪で軍法会議にかけられる予定だ。


 今、ネイピアは薄暗い牢屋の格子の中で必死で頭を巡らせていた。松明のゆらめきを見ながら。


 ジューゴはなぜ豹変したのか? あの花が原因に違いない。太陽を浴びてあの花が開き、笑顔を見せて直後、ジューゴはモンスターと化していたのだ。


 あの瞬間何が起きていたのか。黄色い花が原因であるのは間違い無いだろう。どういうメカニズムなのかは分からないが、あの黄色い花は人を錯乱させるのだ。


 ネイピアは毎日行われる事情聴取で担当となったメイレレスに大聖堂の地下を捜査し、黄色い花を分析するよう訴えた。しかし、メイレレスは聞く耳を持たない。


「調べられないことはないですよぉ。でも、巡察隊が公式に大聖堂に足を踏み入れて捜査を行うには、司祭の許可がいるのはお分かりでしょう? あなたみたいな犯罪者の証言だけで、そんな面倒くさい手続きを踏むと思いますかぁ?」


 さらに、ジューゴが錯乱したことに関してもネイピアの証言は覆されてしまった。襲い掛かられた者たちは口を揃えて「事実無根」と言ったそうだ。


 真っ赤な嘘だが、おそらくは自警団の連中の圧力に違いない。連中にとってジューゴは一般人に手を出すようなリーダーではなかった。そして、それは真実なのだが──。


 メイレレスの筋書きだと、捜査に協力しようとしないジューゴと口論になったネイピアが突き落としたということになっている。ネイピアはこの状況では長期にわたる禁固刑を免れないだろうと覚悟していた。


 ギィ──


 久しぶりに地下牢の重い扉が開いたと思ったら、衛兵たちの声が聞こえた。内容からするに、新しい囚人がやってきたのだ。ここは軍法会議にかけられる予定の、処分が決まっていない軍人専用の牢だから、誰かバカな軍人が無銭飲食でも犯したのだろうとネイピアは思った。その囚人はネイピアの向かいの牢に入れられた。


 すると──


「班長! 班長やないですか⁉︎」


 その囚人はなんとラブローだった。


「ラブロー? なんでお前がここに?」


「寄宿舎にも帰らんと、ずっと単独で動いちょったら、捕まっちゃったんです」


「そりゃそうだ。命令違反になるだろうが。そして、命令違反は軍では重罪だ」


「はぁ。まあ分かっちょったんですけどね、アハハ」


「……すまんな。俺が付き合わせちまったな」


「いーえ、そげんことないですよ。初めてやりがいっちゅうもんを感じたんです。捜査に。僕、自分がこげえ夢中になるっち思いませんでした。故郷のデリスタンベリにおった時に初恋の幼馴染にうつつを抜かしちょった時以来です、ハハ」


 ラブローに悲壮感は感じられない。あっけらかんとしていて明るい。そのことがこの状況の中でネイピアにとっては唯一の救いだった。


「何か分かったのか?」


「はい! すごい事実を掴んじょります!」


「マジか⁉︎」


「ベクトールとロマの接点は花やっち思います。ベクトールは自分の元いた孤児院で花を育てちょりました」


「それは、黄色い花か⁉︎」


「いえ、青い花です」


「青……」


「それもただの青い花やないんです。この辺りじゃ見らんような珍しい形しちょって……孤児院のシスターも名前を知らんっち言うちょりました。ベクトールが持ってきて植えたそうです」


「なるほどな。例の黄色い花と関係がありそうな気もするな」


「そうなんです、班長! 黄色い花もベクトールに関わってくるんです」


「どういうことだ?」


「ベクトールはミューロっちゅう村の出身なんですが、子供の頃、ある事件があって村人がみんな死んだそうなんです」


「村人全員? そりゃ悲惨だな」


「状況から見て村人同士が殺し合ったとしか思えん状況やったらしいです。そして、ベクトールは姉と二人で十日間生き延びて、村を訪れた郵便配達人に保護されたそうです」


「黄色い花はどうつながる?」


「ベクトールの書いた絵です。おそらく村人たちの死体を見た時の光景を描いたんやと思うんですが、村中が黄色い花に埋め尽くされちょんのですよ。その中に姉とベクトールが二人で立ち尽くしちょるっちゅう感じです。こりゃ、なにかあるっち思いませんか? 班長」


「最高じゃねえか、ラブロー! これでわかったよ。ロマが何をしようとしているのか」


「マジっすか⁉︎」


「ああ。その黄色い花はな、どうやら麻薬らしいんだ」


「麻薬?」


「エレメナちゃんはそう睨んでるらしい。俺もその線で間違いないと思う」


「ロマはベルメルンで麻薬を売ろうとしちょったんですね」


「それだけじゃないと俺は思う」


「どういうことですか?」


「その黄色い花の実物を俺は見たよ。大聖堂の地下でな。ロマがそこでこっそり育てていた。その黄色い花は人を錯乱させるんだ。ただの麻薬じゃねえ。おそらく品種改良されてより強い幻覚を見るようになってるんだろうな。俺と一緒にいたジューゴがその花の匂いを嗅いだら、狂った。錯乱して、まるでモンスターだ」


「そうやったんですか。班長が自警団長を井戸に突き落としたっちゅう話を聞いて、僕は信じられんかったんです。絶対おかしいと思っちょったんですよ。これで納得しました」


「いいか、ラブローよく聞け」


「はい?」


「ロマはこのベルメルンで大虐殺を行おうとしているんだ」


「大虐殺⁉︎」


「黄色い花を使ってな。あれが大量に用意して市民に匂いを嗅がせることができれば……」


「みんな殺しあう? 地獄絵図やないですか⁉︎」


「ベクトールの村もおそらくロマの仕業だ」


「なんとむごいことを……」


「ベクトールはロマの顔を覚えていたんだろう。ベルメルンの街でたまたま見つけて尾行していたのか……もしくはずっとロマを追い続けていたのか……」


「ベクトールは大量虐殺を阻止しようっち思っちょったんですね」


「宿屋に火を放ったのは、おそらくベクトールだ。黄色い花を燃やすために火をつけたんだろう」


「でも、黄色い花を処分するだけなら、わざわざ放火なんかせんでも他に方法があるんやないですか?」


「ジューゴがイカれちまったのも一瞬だった。あの花の毒はすぐに体にまわっちまう。処分しようにも、その途中で自分がイカれちまう可能性だってある。放火というのは褒められたもんじゃないが、あの花の恐ろしさを十分過ぎるほど知っているベクトールなら、そうせざるをえなかった気持ちも分かる」

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