第29話 追跡の果てに

「エレメナちゃん、ここは何なんだ?」ネイピアが言った。


「大聖堂の隠し通路です。ストラナ広場に大聖堂があるでしょ。そこから続く抜け道がここに続いているんですよ。ドレア人が地下街を建設する前からこの通路は存在したと聞いています」


「ドレア人たちが地下を掘り続けた結果、この地下通路に行き当たったっていうわけか」ジューゴが言った。


「昔、大聖堂にいた司祭がつくらせたそうです。その当時は宗教対立が激しくて命を狙われていたでしょうから」


「なぜ立ち入り禁止にしてあるんだ? エレメナちゃん」


「忘れてないですか? 私たちドレア人はモウラ・レーラを信仰しているんです。異教徒の神殿に立ち入ることはできません」


「そっか。そりゃそうだな」


 ヒュゥウウウッ。

 穴の中から風が吹き込んでくる。


「めちゃくちゃ風が吹いてくるんだが」ネイピアが聞いた。


「通路としては機能していませんが、通気口の役割を担っているんです」


 子供は有刺鉄線のほつれた部分から中に入ろうとしている。


「さすが、子供は無敵だな」


「ちょっと、アンタ何してんの‼︎」


 エレメナは子供の襟を引っ張って阻止。子供はもがいている。


「行ったらダメ‼︎」


 ネイピアは、子供の頭を撫でて聞いた。


「この先にいるのか?」


 エレメナの通訳を介して、子供がうなずく。


「なるほど。地上の人間からは知られず、ドレア人は立ち入らない。最高の隠れ場所だな」ジューゴが言った。


「この先、私は一緒に行けません」


「ああ。助かったよ。なあ、エレメナちゃん、百ステア貸してくんねえか?」


「いいけですど。なんで?」


「このガキに渡してやってくれ。ここまでの案内料だ。払わねえと、契約じゃなくなるだろ?」


「わかりました」


「俺もおっさんも相次ぐ出費でスッカラカンのスッテンテンなんだ。すまねえ」


「じゃ、気をつけて」


「ああ」


 ネイピアとジューゴは有刺鉄線をくぐって洞窟の中へと入って行った。足元は悪い。思わず、足を取られてくじきそうだ。


 ネイピアは、ランタンの明かりを下に向けた。


「なんじゃ、こりゃ」


 骨が散乱していた。人間の頭蓋骨も見えるから、全て人間のものに違いない。服から察するに全て聖職者だ。ホコリをかぶり蜘蛛の巣が何重にも張り巡らされている。おそらくは何百年も経過しているだろう。不気味なことにその骸骨の間を巨大なムカデが這っている。


「ひでえもんだ。何人死んでる?」ネイピアは顔をしかめた。


「わからん。十や二十じゃきかないだろう」


「こんだけの人間がこの通路で死ぬってどんな状況なんだよ? おっさん」


「知るかよ」


 さらに進むと行く手が明るくなってきた。風も強くなってきている。開けた場所に出た。そこはホテルが一つ建つほど広い空間だった。真上は抜けていて太陽の光が差し込んでいる。目の前には岩肌から滝が流れ落ち、ネイピアの足元からさらに深い穴が口を開けており、滝壺になっていた。


「これは……おっさん、トロヤン川の地下水脈か?」


「まあ、そうなんだろうが。これは、広場の願いごとの井戸だ。見ろ、銀貨が散らばってる」


「ああ、願いを込めて井戸に硬貨を投げ入れれば、願いが叶うってやつね。そういやラブローもやってたな。アイツ、何を願ってたんだか」


「見ろ、扉がある」


 ジューゴの言われて振り返ると、扉が等間隔にいくつも並んでいる。


ネイピアはその一つを開けてみると、そこには貴金属が山ほど積まれていた。


「随分と、貯め込んだもんだ」


 次のドアを開けると、そこは古めかしい鎧や剣、槍が棚に整理して置かれていた。


「ここが大聖堂の地下だなんて信じられるか?」ネイピアが言った。


「改革が行われる前の司祭たちの腐敗は、相当なものだったと聞いている。だから、納得だな」


 埃をかぶっているから、長い間ずっと使われていないのだろう。


「今の司祭は地下道のことを知っているのかな?」


「知らないだろうな。知っていれば、ここにある金銀財宝は全て寄付するだろう。俺は司祭を子供のころから知っている。腐敗とは一番遠いところにいる存在だ」


「ちょっと待て」ネイピアが立ち止まった。


「なんだ?」


 ジューゴの言葉を制するように、ネイピアはシーッと人差し指を口元に持って行った。そして、先をランタンで照らすと小声で話し始めた。


「新しい足跡だ」


「ロマのか?」


「分からないが、その可能性は高いだろうな」


 足跡は棚に沿って奥へと続いている。


 二人は物音を立てないよう、ゆっくりと歩いて行った。突き当たり、角を曲がる。すると、苗のようなものが無数に置かれていた。


 ネイピアは一つとってよく見てみた。


「花?」


 植木鉢に植えられているのは、ノコギリのようにギザギザの葉っぱで、先についた黄色い花は全てしぼんでいる。


「おっさん、これはロマがベルメルンに持ち込んだものだ。アルデラン門の関税台帳で確認している。火事場から持ち出したんだろう」


「確かなのか?」


「ああ、間違いない。ってことはここで……」


 その瞬間、ネイピアの後頭部に衝撃が走った──

 ハンマーで殴られたのだ。はずみでランタンを落としてしまった。


「ロマだ! 追え、おっさん」


 暗闇の中をジューゴが追いかける。


 ロマは棚を倒しながら、障害物をつくって逃げる。ジューゴは怪力でそれを持ち上げて後を追う。 ロマは広い空間に出ると、上へつながる階段を登り始めた。少し遅れてジューゴも追う。


 行き止まると、船着場にあったペダルがあった。エレメナが「ちょっとコツがいる」と言っていたものだ。ロマは慣れた様子でペダルを踏んで扉を開けた。そして、地上への抜け道を駆けて行った。


 ジューゴがペダルの場所にやってきた時、扉はちょうど閉まった後だった。ジューゴもペダルを踏むが、うまく開かない。やがてネイピアもやってきた。


「なにやってんだ、おっさん」


 ネイピアが代わりにやってみた。しかし、壁は動かない。


「あの娘は足を押し込んで、腰をひねってなかったか?」


「そうか、エレメナちゃんは腰を入れてたっけか」


 ネイピアが何度かやると、おもむろにガガガという音がして、石扉が開き始めた。


「おっさん、二回ひねらなきゃいけねえんだ」


 出て来たのは大聖堂の聖壇の横にある隠し部屋だった。扉を出ると礼拝中の人が三人いた。ロマを見なかったかと聞くと、皆首を振った。



 ネイピアは、調査のためジューゴと一緒に地下道に戻った。


「なるほどな。井戸があるから水には困らない」


おそらく地下道の中で見つけた食器やコップを使ってロマは生活していたと見られた。食料はどこから調達したのだろうか? 


 ところどころに子供のおもちゃがある。地下街の子供にとっては大人に内緒の遊び場だったのだろう。

地下道へ案内してくれた子供にも聞いたのだが、ロマの荷物はズタ袋一個だったという。では、この無数の花はどうやって持って来た? ズタ袋にはとてもじゃないが入らないだろう。


 元々ここに置いていた? しかし、地下街の人間ですら入らないような場所だ。部外者のロマが知っているとは思えない。子供は自分が連れて来たと言っていた。「秘密基地を教えてくれ」と言われたそうだ。となると、この植物はロマが火事場から逃げ出した後、ここで花を育てたと考えるのが自然だ。ここは地下とはいえ日光は差し込むから可能なはずだ。ロマが火事場から持ち出したズタ袋には花の種子が入っていたのだ。なぜロマはそこまでして花を育てる必要があるのだ? それにしても成長が早くないか? 火事からまだ一週間足らずだ。いずれにしても不気味な花だ。一体、ロマは何をしようとしているのか?


 滝の前で考え事をしていると、一緒に調査していたジューゴが花を持ってきた。


「見ろよ。太陽の光をあてると、花が開くぜ」


 黄色い花は太陽の光を浴びて、ゆっくりと花を開いた。


「綺麗だな」と、似合わない笑顔を見せていたジューゴの様子がおかしくなった。


「どうした? おっさん」


 振り返ったジューゴの目は、まさにモンスターだった。唸り声を上げてネイピアに迫ってくる。


「おっさん、やめろ」


 ネイピアは身をかわす。転がっていた武器をジューゴは拾った。


 ネイピアは地上をめざし、階段を上がって行った。そして、べダルを操作し、扉を開けた。しかし、閉じる前にジューゴも体を滑り込ませた。


 ネイピアが隠し部屋から飛び出してくると、大聖堂の中にいた十人ほどの礼拝者は驚いて見ていた。その後ろから、我を忘れたジューゴが、巨大なハンマーを振り上げて出てくると、礼拝者たちはみな外へ逃げ出した。


 ジューゴは錯乱しているようだ。


「おっさん! 正気になれよ‼︎」


「ぐるるぅ」ジューゴは獣のような唸り声を発している。口からはよだれが垂れ流しだ。


「ダメだ! 完全にどうかしちまったみたいだぜ‼︎」 


 ネイピアは礼拝堂から外に出た。そこは広場の願いごとの井戸の前だ。ジューゴも後を追う。その姿は異様だ。まるで操り人形のように不自然に体を曲げ、カクカクした動きで近づいてくる。


「しまった!」ネイピアは叫んだ。


 そこには騒ぎを聞きつけた人々が集まってきていた。


「グルゥ……グルヌゥウウウ」ジューゴの目が光った。そして、その人だかりに向けてハンマーを振り上げた。


「ぎゃああああ」


 鋭い悲鳴と共に人混みが散らばっていく。


 ジューゴのハンマーは逃げ遅れた人をとらえようとしていた。ネイピアは突進し、肩でタックル。ジューゴはビクともしなかったが、注意をそらすことには成功した。再び対峙する二人。ネイピアは短剣を構えた。


 ジューゴが轟音とともに斬りかかってきた。ネイピアはすんでのところでかわす。そして、井戸のロープを手に取った。素早くジューゴの首に巻き付ける。

自由を失ったジューゴは異様な動きで手足をバタつかせている。まるでグロテスクな虫のようだ。


 ネイピアは井戸の滑車をつかってジューゴの体を引っ張っぱり上げる。動きを封じるためだ。


 しかし、ロープが緩んで──


 井戸の前に立っていたネイピアに飛びかかるジューゴ。ネイピア、かわす。勢いあまったジューゴは井戸に落ちて行った。


「おっさーん‼︎」


 ネイピアは井戸の中を覗き込むが、その下は地下水路の滝だ。すでにジューゴの姿は見えなかった。


 散り散りになっていた人々が再び集まってきた。その中心で呆然としているネイピア。そこに、巡察隊が駆けつけてきた。聞き覚えのあるネチっこい声が聞こえてくる。


「ネイピア大尉、なんてことをしてくれたんですかぁ、アハハ。もう逃がしませんからねぇ」メイレレスがネイピアに手錠をかけた。


 ネイピアは抵抗することなくされるがままだった。


 そして、大司教がやってきてメイレレスに言った。


「神を冒涜する者、重罪に処したまえ」

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