第7話 勇気

 建物1階を奥方向へ伸びる廊下を進んでいた照司の正面に闇人間が現れた。遠目だが入口にいた門番よりも体が大きく見える。下半身に比べて異様にアンバランスな太い上半身。何か機械のようなものを両手で抱えている。

 照司はその闇人間に狙いを定めスコープを覗く。大きな容姿にピントが合い、怪物が抱えているものへ視線を合わせた瞬間、その抱えているものから黒いビームのようなものが発射されたことを確認した。と同時に左肩に激痛が走る。


「ぐああああ!」


 照司の悲鳴に雁斗と弓香が反応する。


「照司くん!? どうした!?」


「照司くん!?」


「う、撃たれた…。」


 大きな闇人間が抱えていたのは、歪で禍々しい造形の不気味な重機関銃のようなものだった。そこからビーム状の「闇の波動」が発射されたのだ。うずくまる照司に大きな怪物が歩み寄る。


「やばい、やばいよ。銃を…支えられない…。逃げなきゃ…、うわ、うわあああ!!」


「照司くん!?」


 照司の声は途切れた。


「応答がないだギ…。」


「照司くん!!どうなってるんだよ!


「闇の波動もエネルギー体だから痛みは感じても体を傷つけることはないだギ。奴らの目的は人間を闇人間にしていくことだギ。光のエネルギーをまとっていることで闇人間にはならなギだけど、より強い闇の波動を受け続けたらどうなるだギか

 …。」


「なら早く助けないと!」


 走り出した弓香は2階へと昇降するエスカレーターが右手と左手に1機ずつ設けられた吹き抜け構造の広間へ出た。

 向かって左側のエスカレーターに目を向けると大きな体躯の闇人間が人を抱えて昇っていくのが見える。


「あ!あれ、照司くん!?2階に連れ去られているわ!」


 言った瞬間、広間入口の物陰から闇人間が襲いかかる。

 とっさに弓を構えようとするが、闇人間の爪が弓香の肩口に到達するのが早かった。


「きゃあああ!!!」


「ねえちゃん!!」


「応答…ないだギ…。」


「ねえちゃん!!ねえちゃん!!!」


 雁斗は何度も呼びかけるが返事はない。


「ねえちゃん!照司くんも!!返事してくれよぉ!!」


「ガント…。」


「どうして…。どうしてこんなことになるんだ…。」


「時間がない…、間もなく闇の波動は溢れ出すだギ…。」


「怖い…、怖いよ…。一人じゃ何もできないよ…。帰りたい。帰りたい!」


「ガント、そんなこと言ってる場合じゃないだギ。」


「お前なんて…、見つけなけりゃ…、こんなことにならなかった…。お前がこんなところに連れてくるから…。」


「ガント!」


「俺がこんな銃なんて買わなければ…。」


「ガント!ショウジとユミカを守ってやれだギ!!」


 無数の化け物が徘徊する暗がりの中に一人取り残され、恐怖と絶望で身動きできない雁斗の頭の中を、昨日と今日の一連の出来事が駆け巡る。どうしてこうなった?何がいけなかった?誰のせいなのか?自分じゃない何かの責任を探そうとでもしているかのように。


 いや、わかってる。俺のせいだ。俺がみんなをここに連れてきたんだ。


しかし身体が動かない。様々な思いを巡らせた思考回路も恐怖に支配されて、もはや考える事もままならない。絶望で覆い尽くされた雁斗は、ついに膝から崩れ落ちる。





「誰かを守ってあげられる強い人間になろうな。」


 父親の言葉をふと思い出す。


 守る…?


 照司と弓香の苦しむ顔が心に浮かぶ。


 ねえちゃん、照司くん…


 そう、守るんだ。


 幼少の頃から目標としてきた想いが雁斗を奮い立たせる。


 照司くんとねえさんはまだ生きているはず。二人を助けられるのは今…、俺しかいないんだ!


「…ガント!ガント!しっかりしろだギ!」


 雁斗の目に輝きが戻る。


「みんなを助けなきゃ!!」


「おおガント!そうだギ!その調子だギ!」


「でも…、二人はどこにいるんだ?」


「奴らはショウジとユミカを闇人間にしようとしているはずだギ。きっと波動生成装置の元へ連れ去られたのではないだギか?」


「よし、所長室へ急ごう!」




 バルコニーを抜け、建物内に入ると1階を見渡せる吹き抜けの空間が広がり、エスカレーターが手前と奥で作動している。


「ここか?さっきねえちゃんが言ってた場所は…。」


 奥のエスカレーター2階側の先から低く不気味な音が微かに響いている。


「あっちか!」


 吹き抜け一帯に蔓延る闇人間達を還元しつつ奥へ通じる扉を開くと、左右に小部屋が並ぶ廊下に出た。

 照明は消えていて薄暗く、壁や扉は蔦が覆うように真っ黒な異物に侵食されている。それは廊下の奥の方から沸々と沸き立つように広がり、急激に成長しているようだ。

 不気味な音は一層大きく響いてくる。


「近い…。」


 ひとつひとつ部屋を覗き、誰もいないことを確認しながら進むと突き当りに他とは違う大きな扉の部屋がある。

 恐る恐る扉を開いて様子を伺うが、更に暗さを増す室内は何も目に映らない。より激しく響く不気味な騒音がこの部屋から発せられていることだけはわかる。


「ここか…。」


 中へ入り暗闇に目が慣れてくるとまず部屋の広さを感じ取れた。かなり広い。

 次に確認できたのは…、部屋の中央の天井から垂れる太く歪な蔓にぶら下がる漆黒の球体と、その周りに群がる数十体の闇人間達だった。


「ひゃああ!」


 怯んだ体が無意識に後ずさり、背後の植木鉢を倒してしまう。

 光のない線香花火-のような-に群がる闇人間達がその物音に気付くと一斉にこちらに目を向ける。暗闇に鈍く輝く無数の赤い目が恐怖を増長させた。

 雁斗はすぐさま闇人間に向け発砲するが、元の体に戻る人間を押しのけて次から次へと闇人間は襲いかかる。


「ダメだ、やりきれないっ!そ、そうだ、フルオートだ!!」


 素早くモードスイッチを切り替えフルオートにする。


「うらああああああ!!!!」


 ダンスフロアのフラッシュライトよろしく暗い室内に光の筋がほとばしる。

 その数発は連射の反動により壁や天井に吸収されるが、必死にリコイルを抑え、襲いかかる闇人間達を殲滅することに成功した。時間にしてわずか数秒であっただろうか。


 還元した人間達はたちまち建物の外へ避難していく。

 そのほとんどの人達は己に起こった事象の記憶はない。そんな中、少しでも身に降りかかった不幸の前後を理解する事ができた男がすれ違いざま雁斗に話しかける。


「あ、ありがとう。きっと君が助けてくれたんだよな?何が起きたかさっぱりわからないが、黒い奴らが装置を運んでいたのを覚えている。多分、この上だ。」


 と、黒い線香花火が垂れる天井を指差した。


「屋上への階段はこの先にある。本当にありがとう。この事は忘れないよ。」


 雁斗は頷く。


「闇の波動は満ちたようだギ。もう猶予はないだギ。」


「装置の場所はわかった。ねえちゃんたちもそこにいるはずだ。すぐに行く!」


 男に示された階段の方向へ走り出そうとするや、行く先から闇人間が現れた。

 膨れ上がった腕、肩、胸。両手に抱えた無骨な得物。照司を襲ったあの化け物だ。





 第7話 了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る