第4話 七歳の能力

 朝食を食べ終えた後、俺たち家族と使用人の何人かは教会に来ていた。


 さすがは国で一番大きな教会なほどあって、首が痛くなるほど高い天井と、いくつものシャンデリア。真っ正面のステンドグラスからもれる色とりどりの日光が、教会内で反射し、きらびやかに彩っている。


 朝食前に、「七歳はこの世界で特別な意味をもつ」といったのを覚えているだろうか。七歳というのは、自分のステータス、いわゆる能力を教会で調べることができる歳なのだ。どうして七歳なのかというのは、難しいことはわからないが、肉体や能力が安定し始める歳だからなんだとか。


(……今朝のあれといい、イリゼの能力のどこが安定しているのかと疑問をもつが)


 いつになくおごそかな服をまとい、イリゼが教皇様の前に両手をあわせながら、ひざまずいた。その様子を、両親はわずかにこわばった顔で見つめている。その理由はだいたい察せられる。


 能力があまりによくないと、今後に大きく影響が出てくるからだ。農民や庶民ならまだしも、貴族やその上の王族なんかは優秀でなければいけない。優秀でないと、学校や社交界で仲間はずれにされたり、見下されたりする。その影響が、本人だけでなく家族にもでてしまう。

 ましてや王族となれば、みなを引っ張ることができるような能力値を持ち合わせていないと、信頼が得られない。継承権にも関わってくるのだ。


 つまり、俺も必ずしも無関係というわけでない。現在イリゼに第一継承権があるが、それがなくなった場合今度は俺にまわってくるのだ。


(まあ、能力値が低いというのはイリゼに限ってないだろ。そもそも魔力がずばぬけてる。いい、なんてもんじゃあない。ありゃバケもんだ……)


 これまでのイリゼの魔法を思い出しながら、俺はぶるっと震える。


「イリゼ様のステータスがわかりました」


 教皇様の言葉に、両親は身をのりだす。


「イリゼ様、ステータスの公開をお願いいたします」

「はい」




 イリゼの化け物ステータスがわかった後、俺は城の野外訓練場に来ていた。

 イリゼのステータスは、ハッキリ言って最高値だった。体力や運動神経は平均並みなものの、魔力や取得魔法については上の上。過去最高値といっても過言ではないだろう。

 イリゼのおそろしさを改めて知った俺は、いつも以上に訓練に身を投じようと考えたのだ。


(神からもらったはずの『レアスキル』……。どんなものかわからない限り、使いようがないしな)


 別に後三年したらスキルもわかるのだが、あの化け物スキルこのまま三年も耐えられる気がしない。今まで押さえ込めてきたのは、何度も死んだ経験を生かした結果だ。

 そもそも七歳まで言ったことがないので、あと一年くらいしたら未知の領域だ。

 少しでも、自分の能力を把握し上げておかないと……。


「有名なレアスキルといったら……魔力強化、瞬間移動、魔法転送なんかだけど……」


 魔力強化はないだろう。イリゼの魔法を相殺するため、何度も使ってきたからわかる。瞬間移動は……考えたことなかったな。よし、やってみるか。


 俺はぎゅっと両手を握り、「ふんっ」とはたからみたらふんばっているような姿勢を通る。瞬間移動なんてやったことないから、とりあえず足に力を集中させてみたのだ。


(瞬間移動しろ、瞬間移動しろ、瞬間移動、瞬間移動瞬間いどうしゅんかんいどうしゅんかんいどう…………)


 もはや頭の中で唱える呪文のような言葉が、ただの音になりかけているとき、


「あら、クロード~! 昼間から訓練場なんて、えらいわね~」


 のほほんとした声が耳に入る。その瞬間、頭の中の音が一瞬でちりぢりになった。

 顔を上げると、ふわふわと赤髪をゆらしながら、にこやかな笑顔を浮かべ、こちらに小走りで駆けてくるイリゼが目に入る。

 俺は奇妙奇天烈なかっこうをやめ、あわてて背筋をのばし、同じようににこやかな笑みをうかべる。


「ね、姉様。どうも」

「こんにちは。わたしもステータスがわかったことだし、魔法の練習でもしようかしら」

「えっ! あ、いや、それは……具体的にどのような……?」


 無鉄砲にあの魔法をバンバンなげられると、訓練場どころか国の身がもたない。

 おずおずとたずねると、そうねぇ、と少し考えてからイリゼはパアッと輝かしい笑みを浮かべる。


「今日のステータス調べで、魔力が多いからコントロールできるようになりなさい……といわれたの。だから、思い通りの魔法が出せるようにまずは火球から練習してみようかしら」

「火球……ですか」


 火球。炎魔法の基本中の基本技。だから威力も、たいしたものではない。ただ、イリゼの膨大な魔力が加わると、その威力は一変する。本来、暖炉に小さな火をともすことなどに使われるような『火球』だが、イリゼが使うとくべてある木が一瞬で灰になり、暖炉に使われるレンガさえもどろどろに溶け出す始末。実話だ。


 火球は初歩の初歩だけあって、色々なところで使うので練習してもらえるのはありがたいが……。訓練場をぶっこわしてしまわないか心配だ。

 そもそも、あの魔力の多さを『多い』の一言で片付けてしまっている時点で、あまり自分のおそろしさを理解していない気がする。


「……でしたら、僕もご一緒してよろしいですか? 僕も炎魔法は得意ですし、教えられることも多少はあるかと」

「あら! それは嬉しいわぁ。お願いします」


 花のような笑顔を浮かべるイリゼは、いつ見ても可愛い。天使のようだ。

 何度もイリゼが原因で天に召されてきたにもかかわらず、トラウマとなっていない理由にはこれが大きい。

 イリゼはかわいいのだ。とてつもなく。


「じゃあ、さっそくはじめようかしら。まず一発撃ってみるわね」

「軽く、で大丈夫ですからね」

「軽く……かるく、ね……」


 イリゼの手のひらから、ぽわっと小さな火の玉が飛び出し、的に向かっていく。

 これは良い感じかもしれない。

 コントロールはいまいちなのか、そっと地面に着地。

 一瞬の無音。強いて言えば、小鳥のやわらかなさえずりがのどかに響く。


 次の瞬間。

 爆音がとどろいた。


 小鳥のさえずりは一瞬で消え去り、的は灰になる。巨大な炎のドームが半径三メートルほど広がり、周りの草木や的を巻き込んでいく。

 十メートルほど離れた位置にいるはずの俺にも、顔をそらしたくなるような熱風と明らかになにかが焦げた匂いが届く。

 残ったのは、えぐりとられた地面だけ。


 …………火球って言うのは、初歩の初歩魔法で、威力はそこまでなくて。小さな火をともす程度の…………魔法、で。




 うーん、どういうことだ。


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人生百回目、もう死にたくないので姉を見守りつつ人生まっとうします。 ヒペリ @hiperi

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