第3話 順調
「――んぁ」
生まれ落ち、目を覚ます。
暖かい木漏れ日が体にやわらかくふりそそぐ。じわじわとあたたまるその気持ちよさに、開けた目を閉じそうになる。
そのとき、視界に入ったたくさんの使用人たち。見なれた顔。その中の一人、アルメという女性の使用人。茶髪にそばかすの、おとなしく優しい女性だ。そして――アルメの服を必死にひっぱる少女、イリゼ。
その瞬間、今までのことを思い出す。
「すぅ――うわああぁぁぁぁっっっ」
ありったけの声で泣き叫んだ。
部屋内のすべてのものたちの視線が、こちらへ向く。もちろん、アルメとイリゼも例外ではなかった。
イリゼはすぐに、開いていた手を下ろし、こちらへ駆け寄ってくる。
「わぁ、クロード、どうしたの? よしよし~、泣かないで」
「まぁ、イリゼ様。クロード様をなぐさめていらっしゃるのですね。可愛いこと」
「素敵なお姉さんですね」
みなが、幸せそうな笑顔に包まれた。
(よし、一つ目死亡フラグ回避!)
そんな中、俺は一人心の中でガッツポーズ。元とは言えば、イリゼがアルメに炎魔法を見せようとして大きくなってしまったのが原因だった。今回はその少し前に転生しているわけだし、見せようとさせなければいいこと。
スタートダッシュは完ぺきだ。
✂ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー✂
「クロード様。ご朝食の準備ができましたよ」
「あぁ、ありがとう。今行くよ」
いつも通り七時きっかりにベッドから起き上がる。
鏡の前に立ち、真っ白ないい匂いのするシャツに、三歳の時姉からもらった髪の毛と同じ色のブローチをつけた。黒いつりズボンをはき、もう一度鏡を見る。
「あ、寝ぐせ」
ぴょんとはねた赤髪は、母譲りで少し紫がかっている。どこまでも深い青い瞳は、イリゼほど大きくないがきりっとしていて、また味が出ている。
透き通った少年特有の肌に、赤みがかった頬。
なんというか、日本人だった頃の面影もない。まぁ、百回も死んでいて前世の記憶なんぞちりぐらいしか残っとらんが。
そもそも、この姿を見たのも久しぶりな気がする。ここまで成長したことが、数えるくらいしかないからだ。
あれから四年後。俺は、見た目四歳中身うんじゅうねん歳になった。
イリゼの歳は、今日で七歳。七歳というのは、俺の世界で特別な意味を持つ。
がっつり関係あるわけではない俺も、緊張してしまうほど大事な日だ。
ましてや、我ら王族にとっては。
「……悪いことばかり考えてしまうな。はやく行こう」
寒気が背中を走り、少しふるわせた体を押さえるように俺は足を前に出す。
扉を開け、何十人もの肖像画の間を通り抜け、ダイニングのへの扉を押した。
建ってから長いこの城はどこも少し古びていて、扉もまたキイッという耳に
「おはようございます、遅くなりました」
「おはよう、クロード。朝ご飯が冷めてしまう。早く食べよう」
頭を下げた俺に、父様が笑顔で手招きする。隣で母がやわらかく笑った。
「そうですね。あら、可愛い髪の毛がはねていますよ」
「えっ、鏡で確認したのに……」
あわてて頭をさわる俺に、家族や使用人たちが笑いをもらす。幸せな空間だ。
本当にあんな死があったのかと疑問を感じてしまう自分もいる。でも、そんな疑問はすぐ打ち消された。
「ご飯が冷めてしまっているのなら、私がもう一度あたためてあげますよ~」
にこやかにイリゼが浮かべた炎のかけらが、勢い余って床に落ちる。
寸前、水魔法を飛ばし空中で火を消した。じゅわっとかすかな音がし、水と炎がまじってできた水蒸気はすぐさま見えなくなった。
このことに気づいたのは、使用人数人とイリゼだけ。テーブルの反対側にいる両親は「イリゼ、あまり魔法をだしてはいけないよ」とやわらかく注意している。
当の本人は、もうその言葉は頭に入ってないんじゃないかってくらい顔を青くして、俺の方を見ている。使用人たちから苦笑交じりのため息が聞こえた。
最初は、死亡フラグ回避に専念しようと思っていた俺。
でも、育っていくうちにそれだけではダメだと気づいた。
『フラグ』回避は必ずできるものじゃない。よけれなかった場合は、その場でイリゼの魔法を打ち消すか、よけるしかない。
でも……。
(俺がイリゼの魔法を回避しても、回避した先には必ずなにかある。それは時に人、時に土地……すべてよけていたら、他の犠牲者があらわれる)
それだけは、なんとしても避けたかった。人が目の前で亡くなるのは、もうごめんだ。
それに、山など土地も壊してほしくない。実際、この前なんか訓練の一環でイリゼの火球をよけたら、後ろの山が崩れ落ちた。
俺をどうするつもりだったんだろう。
なんにせよ、それに気づいた俺はイリゼの魔法を打ち消すことにも視野を広げた。
イリゼがなにかやらかすたび、すぐさま反応し問題を防ぐ。自分の鍛錬にもなるし、ちょうどよいと考えることにしている。
これを知っているのは、さっき苦笑していた使用人数人とイリゼだけ。両親は、なにも知らない。あまり自分の娘に負担をいだいてほしくないからだ。
「いただきます」
震えるイリゼを横目で流し、俺はパンにかじりつく。やや生ぬるくなったパンは、微妙な感想をいだかせた。
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