第36場 閉幕
『ブーブー』
——うるさい。
全く……一体全体、誰だよ。
スマホを見ると、まだ4時半にもなっていない。
窓の外を覗くとまだ暗闇が支配している。
誰だよ、こんな朝はやくから、家のベルを鳴らすやつは。
……あーくそ。
めんどくさいが、俺はベッドから腰を上げた。
眠たいまなこを擦って、玄関まで向かう。
くそ。
今日はせっかくの休日だというのに、なんでこんな朝から目を覚まさないといけないんだ。
とにかく、誰だか知らんが、とっとと先ほどから嫌なほど執拗にベルを鳴らすやつにガツンと言ってやらなければならない。
ドアの鍵を外そうとして——やめた。
『やっぱり寝ているんじゃない?』
『確かに、お兄様は朝が弱いので、藍香がいつも起こしていましたからねっ』
『なんで私に自慢するの?』
『別に他意はありませんっ』
この声は——いや、とにかく面倒臭い。
居留守を使って、もう一眠りしよう。
俺は静かに後退り——ゴトン、足をぶつけた。
くっそ。昨夜親父のやつ一度帰ってきたのか。
親父のカバンが無造作に置かれていた。そこから、おそらく着替えだろうが、はみ出していた。書き置きがある。
——転勤で渡米することになった。
マジかよ。
この一枚の書き置きだけ残して、これまでの洗濯物を残して出ていったのか?
いくらなんでも急過ぎるだろ!?
相変わらず、親父の自分勝手な思考は意味わからん。
いや今はそんなことよりも——
『あれ、音したよね?』と麻白の確認するような声が聞こえた。すぐに、『ドンドン』と扉がノックされた。
『お兄様、愛しの藍香が会いに来ましたよっ!早く開けてくださいっ!出ないと、鍵を使って入りますからね?』
ああ、そういえば……芽実——藍香は親父から渡された鍵を持っているんだった。
俺は渋々ドアの鍵を外した。
少し立て付けの悪いドアを開けると、二人が立っていた。
一人はポンコツの魔法使い。
もう一人は自分勝手な妹。
「おはよう」
「おはようございます」
「それで、何の用だよ?」
「この子——」と麻白が話している途中で藍香が遮った。
「藍香です」
「藍香さんを魔法協会でしばらく保護することになったから、その挨拶——」
麻白の頬が若干引きつっている。
しかし、藍香はそんな様子を歯牙にも掛けないで、麻白のことを無視して喋り続ける。
「お兄様、藍香はすぐに戻ってきますから、しばらくはひとりで暮らすことになってしまいますが——お身体に気をつけてくださいね?」
「そういうことだから——」
「あ、でもこれ以上、変な女狐に捕まらないでくださいよ?それに——」
「って、さっきからなんで言葉を被せてくるのよ!?」
麻白はついに痺れを切らして声を荒げた。
すぐに、コホンと誤魔化すようにして、藍香を睨んだ。
「はあ……わかりました静かにします」
渋々といった表情で藍香はため息をついた。
「しばらくは私たちは学校を休むことになりそう」
「そうか……」
「まあ、誰かさんのおかげで、色々と市内の被害状況も確認しないといけないからね」
そう言って、麻白はチラッと藍香を見た。
が、当の本人である藍香はプイッと顔を背けた。
金色の髪が流るようにして、僅かに揺れた。
「わかった。また会えるんだろ?」
「ええ」と麻白は頷いた。
「てか、その藍香……紫苑さんの身体でこれからも生きることになるんだろ?そこはいいのかよ?まあ、藍香の身体はすでに火葬しているから、どうしようもないんだろうけど」
「ふふふ、もう慣れてしまいましたもの。それよりも、お兄様とこれから心置きなくセック——」
「朝から、紫苑の身体で何を言っているのよっ!?」
麻白が咄嗟に藍香の口を塞いだ。
そう、どうやら幻影魔術とやらで、青葉芽実としての容姿を維持していたが、現在は紫苑さんの身体へと完全に戻ったらしい。
と言っても、初めから俺には芽実としか認識していなかった訳で、どうにもわからなかった。
どうやら幻影魔法というのは、かなり都合の良い魔術らしい。
認識する者——観測者に対して、ある種の幻惑のような一定の都合の良い対象を見せるような、視界の中に特定の姿形を投影するような魔法らしい。
詳しいことはよくわからないが、どうやら麻白にはずっと青葉芽実——紫苑さんが、茶髪でしかも茶色の瞳で、薄い顔立ちに見えていたらしい。
しかし俺からすれば、ずっと芽実——紫苑さんそのものに見えていたというおちだ。
エメラルドグリーンの大きな瞳、金髪に染められた長い髪、桜色の唇、全てがいつも通りの芽実——いや、この場合は藍香?違うな、紫苑さんだ。
ややこしいな。
とにかく当然、俺は、紫苑さんが魔法協会から潜入捜査で使うために用意された戸籍をこっそりと持ち出して、青葉芽実という女の子として生活していたなんてことは知らないわけだ。
そもそも、一度だけ、麻白から紫苑さんの写真を見せてもらったことがあったが、あの時の紫苑さんは、どこにでもいる普通の女の子——いたって特徴のない姿だった。
これも幻影魔法の効果だというのだから、なんと都合の良いものだ。
しかしそんな都合の良い魔法には代償がある。
魔力を維持し続けるためには莫大なコスト——魔力が必要だというのだから、おそらく等価交換はちゃんとされていたようだ。
それにしたって、そのような歪な魔法を何年もの間維持し続けようだなんて、思考が飛んでいることだけは明らかだった。
それと一点、麻白が、俺を騙していたことがある。
それは紫苑さんが家出をした時期だ。
麻白はここ最近のような口ぶりだったが、もう何年も帰っていなかったらしい。
最後にしっかりと顔を合わせたのは、2年だか3年以上前のクリスマスだなんていうのだから、馬鹿馬鹿しいうそにも程がある。
ではなぜ、そのような嘘を付いたのか。
問い詰めるとモゴモゴと早口で何かを言った。
『そ、それは……だから、あの時、ジュースをかけちゃった時から——す、き、気になったから、ひとめぼ—』
『はい!そこまでですからねっ!』
なぜか照れたように麻白は頬を朱色に染めて、俺のことを見ていた。
しかし、今度は藍香が咄嗟に麻白の口元を押さえた。
正直、このポンコツ魔法使いの言動の意味はわからなかった。
しかし、如何せん朝っぱらだ。
眠くて、仕方がない。
思考もうまく働いていない。
こっちはほんの数時間前まで、魔法協会とやらのお偉いさんと国家魔法師の優衣先生から根掘り葉掘り質問を強引にさせられて、疲れているんだ。
全くそんな俺の事情など歯牙にも掛けないで、押しかけてくる魔女という人種は、どれだけタフなんだよ。
きゃっきゃとやかましい声が、疲れた身体を攻撃するように脳内に響く。
とりあえず、これだけは言える。
——これは、なんの因果か?
(終)
マジック・イン・ザ・パラダイス〜シスコン復讐者とポンコツ魔法使い〜 渡月鏡花 @togetsu_kyouka
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