第34場 告白

 私——赤洲藍香はお兄様を愛しています。


 それはきっと生まれた時からの運命だったのでしょう。

 天体上の惑星が意味を持って配置され、何らかの法則性によって支配されているように、私がお兄様——赤洲神治を愛してしまうことは自然のことなのです。


 その感情に気がついたのは一体いつからなのか今ではわかりません。


 気がついた時には、お兄様の全てが愛しいと思えました。


 お兄様の少し目つきの悪いところ。少し面倒臭がりな性格でいてそれでいて、引き受けたら最後まで見てくれる、面倒見の良い性格。


 そして、藍香のことをいつも気にかけてくれるところ。


 お兄様を一人の男性として意識してからは、ずっと苦しかったんです。


 初めの頃は、お母様から『シンジは少し勝手なところだったり、無茶をするところがあるから、そんな時は藍香が止めてあげてね』と頼まれていたから、きっとそれが関係しているんだと思っていました。


 でも違いました。

 決してお母様からの命令でお兄様を気にかけているんではない、それに気がついたのはあの時でした。


 お兄様が初めてお家に女の子——名前はもう忘れてしまいましたが、あの女狐を連れ込んだ時でした。


 嫉妬しました。

 お兄様が取られてしまうんではないかと、心配になりました。


 隣で笑っているのは、私——藍香なんです。

 でも、隣で楽しげに期末試験の勉強をしていたのは、藍香ではない違う女性。


 ううん、違いますね。

 きっと、お兄様の良さを全く理解していない女なんかに、渡したくなかったんです。

 決して隣にずっといることができなくても、お兄様のことを理解している人であれば、藍香だってお兄様のことをその人に頼むことだって認めていたんです。


 でも、結局のところ私——藍香だけが、お兄様を理解しているんです。

 それなのに、お兄様ときたら私のことなんて全く気にしないで、次々に別の女の子と仲良くなるんですもの……嫉妬で殺したくなることが何度もあったんですからね。


 本当に次々とお兄様を誘惑する女狐を殺してしまおうかと何度も思いました。


 ふふふ、冗談ではありません。


 実際、何人かの女の子には、少し痛い目に遭ってもらいましたからね。

 だって、お兄様のことを顔だけのバカだっておっしゃられたんですもの……ふふふ、綺麗なお顔が台無しになってしまうようなことはしたくなかったのですが、自業自得ですよね。


 お兄様もお兄様ですよ?

 あんなアバズレたちに騙されてしまうだなんて……失望しました。

 でも同時に、やはり藍香が最も近くで、お兄様をしっかりと管理しなければならないと思いました。


 そんなある日のことです。

 

 この世界の秘密を知ってしまいました。


 藍香とお兄様の結ばれる方法が存在すること——魔法という存在。


 薄い紫色の髪が特徴的で、それでいて少し儚げな女の子は、その日、具合の悪そうな顔で、ショッピングモールのベンチに腰掛けていたんです。


『その……大丈夫ですか?』

『はい、大丈夫ですから——』


 そう言って、何かを誤魔化すように藍香と同じくらいの女の子は、立ち上がりました。でも、ふらふらでした。


 だから、強引に引き止めました。


『——っ!?』

『少しお休みになってください』


 こくりと小さく首を縦に振ってベンチに腰を下ろしました。

 それから、時間が経つに連れて、段々と紫苑さんの顔色が良くなっていったんです。


『今上紫苑さんというのですか?すごく綺麗なお名前ですね?』

『う、うん。ありがとうっ』


 そこから、たまにショッピングモールで顔を合わせるようになって、お互いのことをお話するような仲になっていきました。


 ああ、そうでした。

 確か紫苑さんには『お姉さまがいる』と言うお話から私にも『お兄様がいる』という話をしたんでした。それがきっかけだったと思います。


 紫苑さんと意気投合したとでも言うのでしょうか。

 藍香がお兄様を愛しているように、紫苑さんもまた麻白さんを愛しているようでした。

 

 そこからは簡単でした。

 紫苑さんが魔法使いであること、そして紫苑さんの魔力が枯渇しており、呼応するようにして寿命が縮んでおり、現代の魔法界でも治ることのない病を患っていること——すでに手の施しようのないことを知りました。

 

 それと同時に——血のつながりのある兄妹でも結婚する方法があることを教えてくれました。

 

 そんなある日、紫苑さんは以前よりも青白い顔となっており、すでに魔力がほぼ枯渇しており、日常の生活でも苦しそうになり始めていました。


『ねえ、藍香ちゃん……もしも大好きなお兄様と結ばれる方法があるとしたら、今の藍香ちゃんの生活を何もかも投げ出したとしても、結ばれたいって思う?』

『それは……分かりません。でも、藍香は、お兄様とずっと一緒にいられるのだったら、結婚にこだわりません』

『そっか』

 

 もちろん、初めは断りました。

 藍香は決してお兄様と結婚などという契約に縛られなくても、兄妹という血のつながりがあるのですから、それだけで満足でした。


 でもある日、お兄様が知らない女性から告白されている場面に遭遇してしまったんです。


 その時でした。

 やっぱり、藍香はお兄様が欲しいんだと思いました。


 お兄様の少し真剣な目つきで考える姿、それでいて照れるような横顔——藍香には決して見せることのない表情。


 気がついたら、紫苑さんに相談していました。


『やっぱり、藍香はお兄様と結婚したいです』

『……うん、わかった。私の魔力——寿命が枯渇する前にしよ』


 紫苑は何かを悟ったように、藍香の申し出を快く引き受けてくれました。

 そこからは、あっという間に時間が過ぎました。


 まず、魂を入れ替えるための儀式の準備に取り掛かり始めました。

 でも単に、私たちの魂を入れ替えても、まず反発してしまいます。

 

 ふふふ、藍香と紫苑とでも背丈も体格も同じくらいです。

 そう言った身体的な意味では、『器』として適合していました。

 

 でも、魂を入れ替えるとなると、問題は魔力の波長がほぼ同じでなければ、魂が『器』に適合出来ずに消滅してしまいます。


 まあそこら辺の知識に関しては、魔法使いである麻白さんに解説する必要はありませんよね。


 あら、麻白さんが、なんでそんなに驚いたお顔をするんですか?


『紫苑はすでに死んでいるのか』と言う質問ですか。


 コホン、紫苑さんはすでに死んでしまっているともいえますし、生きているとも言えます。


 ふふふ、そんな怒った顔をしないでください。

 藍香だって、別に麻白さんを揶揄っているわけではないんですよ。


 そもそも、麻白さんだって、気がついているんではないですか。

 藍香と紫苑さんが単に魂を入れ替えただけではないってことくらい……。


『だったらなんで、藍香さんがこの場にいて紫苑の姿がないのか』


 藍香の部屋で見たではありませんか。

 紫苑さんの最後は、藍香の部屋で藍香の身体——『器』で息を引き取ったんですよ。


 危ないではないですか。

 急に魔法を放ってこないでください。

 ふふふ、でも今の魔法が最後でしょうか。麻白さんの魔力は、もう尽きたようですね。


 でも、これ以上、反抗的な態度を取るようでしたら、分かりますよね?


『紫苑を殺したのね』


 ふふふ……結果的に、死んでしまったという意味ではそうです。

 でも、紫苑はもともと生きるつもりなんてなかったんです。


 そのことに気がついた時には手遅れでした。


 藍香と紫苑は、無事にそれぞれの身体と魂を入れ替えることに成功しました。

 でも、紫苑は一向に目を開けてくれませんでした。


 本来であれば、藍香と紫苑はもう一度魂と身体を入れ替える予定でした。


 なんですか麻白さん?


『魂を一度入れ替えることで、元の身体の構成を変えようとしたってこと?』という質問ですか。


 はい、そうです。

 そのようにすることで、藍香はお兄様と婚前交渉を堂々と出来ますからね。


 でも紫苑さんは元々、私の身体を返すつもりなんてなかった。

 そのことに初めは気が付きませんでした。


 紫苑さんは私の身体を使うことが目的だったんです。

 いえ、正確には、藍香の魂に紐づく大量の魔力です。


 紫苑は麻白さん——あなたに心配をかけたくなくて、最後に藍香の魔力を使うことで居場所を知らせたかったようなんです。


 何もそんな回りくどいことをしなくてもよかったのかもしれません。

 でも、紫苑の性格を知っているとわかるでしょ?

 あの子、少しずれているし、いじっぱりですものね。


 そして、紫苑は目を閉じたまま、藍香にこう言ったんです。


『戸籍はすでに魔法協会から盗んだものがあるから、後は幻影魔術を使って、私の身体を別人——青葉芽実のまま生きれば、お兄様と結ばれるでしょ』って、勝手に一方的に言いました。


 当然、納得なんてできませんでした。


 でも、その時になって気が付きました。

 紫苑から一度も魂の戻し方を聞いていなかったことに——


 それに、この時になって初めて紫苑がお兄様のクラスメイト——青葉芽実として暮らしていることを知りました。


 本当に困りました。

 だって、青葉芽実としてどんな生活を送っていたのか、藍香にはわからないことの方が多かったのですから。でも、気がついてしまったんです。お兄様がこれまで付き合ってきた女狐たちのような格好に近づけることを。


 もちろん、単にお兄様と楽しい学生生活を過ごしていたわけではありません。

 魂を戻すことはできなくても、紫苑の魂が消えてしまわないように、どうにか維持する方法を独学で探し始めました。


 だって、一度くらい文句を言わないとこちらの気が収まらないですから。


『それで大規模魔術を構築するために、魔力を市内でかき集めていたの?』


 はい、麻白さんのご理解の通りです。

 藍香は、どうにか紫苑の魂を入れておくための『器』を造りました。

 でも、やはり素人の魔法使いでは、限界がありました。


 その『器』から紫苑の魂が抜け出してしまわないように維持するためには、大量の魔力が必要だったんです。


 しかも、日に日に魔力の消費量が大きくなっていきました。


 だから、利用することにしたんです。


『シンジくんの友だちも魔力を集めるために巻き込んだのね』ですか?


 宗吾さんのことを指しているんでしたら、そうです。


 まあ、彼の場合は、勝手に藍香のことを好きになってくれたんです。

 彼を動かすのは、簡単でした。

 死んだはずの藍香は蘇ることができること、それに生き返ったら彼を愛するだろう。

 適当なことを言って、適当な魔法を見せたら、すぐに信じてくれました。


 それに、お兄様と結ばれるためにも利用させてもらいました。

 

 でも仕方ないですよね。

 だって、藍香のことを好きだって言っていたのに、もう別の誰かとお付き合いしていらっしゃるんですから……結局、上部だけで藍香のことを好きになったんだなって思います。


 だからこそ、利用されたって仕方ないですよね。


 魔力の供給がしやすい教会や市内で天然の魔力を持つ人たちから魔力を奪ってもらいました。


 ただし、旧校舎——あそこは、任せることはできませんでした。


 だって、国家魔法師が見回りをしていることに気がついたのですから。


 当然、他校の生徒であり、しかも魔法使いとしては、藍香よりも素人である宗吾さんに任せることなんてできるわけがありませんでした。


 ですから、藍香が表立って動くことにしたんです。

 でも、想定外のこともありました。


 まさかお兄様が来るとは思いませんでした。


 その後は、お察しの通りです。

 麻白さん——あなたがお兄様に近づいてきて、そしてベタベタとし始めました。


 それに他の余計な女狐たちもお兄様に近づいてきました。

 

 だから、そこし取り乱してしまいました。

 だって、お兄様にお灸を据える良い機会だと思いました。


 まあ、ちょっとばかり強く当たり過ぎてしまいましたが、そこは反省しています。


 でも、見せつけるようにイチャイチャとしているお兄様もいけないんですからね。


 ふふふ、でも、女狐——麻白さん、あなたは許せない。

 お兄様のお心を奪おうとしたことは、万死に値します。


 ですから、この場で死んでくださいね?


 紫苑はきっと悲しむでしょう。

 でも、安心してくださいね。

 もちろん、麻白さんだけでなく、若菜さんでしたっけ?あの子と優衣先生も後で必ず殺しますので、一緒にしてあげますからね。


 ふふふ、ですから麻白さん……とりあえず大人しく死んでくださいますよね?

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