第26場 戦闘

 あの後——ファミレスでの情報交換会を開いた後、まずは俺だけが宗吾に会うという方針で決まった。


 しかし、待ち合わせ場所はあえて伝えなかった。

 もちろん、いつ会うのかも言っていない。


 どうせ、俺の居場所はバレている。

 まあ、麻白は隠れてコソコソと見張るつもりなのだろう。あの頑固というか一度決めたら曲げない性格が変わることなんてないだろう。


 だからこそ、きっとこっそりと俺の跡を追ってくることは間違いない。


 若菜と優衣先生も付いてくるのかは判然としないが、どちらでも構わない。


 魔女が一人だろうが、それが三人になったところで大した違いではないはずだ。


 そんなことを考えていると、横断歩道を渡ろうとして、信号が点滅し始めた。

 急いで渡る必要もなく、じっと次の青信号へと代わるまで待つことにした。


 待ち合わせの深浅ふかあさ神社まで徒歩で向かっていた。

 初めて聞く神社の名前に何度かGPSのアプリを開いて、確認しながら歩いた。


 あいつ——宗吾から指定された場所。

 あいつの家はここら辺だったのか、今ではもう覚えていないが、確かもっと市内の方だったような気がする。


 すでに午前0時になろうとしていた。


 傍迷惑なことは重々理解していたが、どうしても今日中に確認する必要があった。


 電話をしたとき、宗吾は電話口に眠そうな声で『いいけど、何か奢れよ』と気軽に返事をしてくれた。ただ、なぜかどこかに外出しており、工事音が微かに漏れて聞こえているような気がした。

 

 深夜に近いのに、宗吾が夜の街で遊んでいることなんてありえないはずだ。

 チャラい見た目のくせに、ああ見えてサッカーバカの一筋なのだから。


 まあ、あいつが魔法使いと関係しているわけないことは明らかなのだから、とっとと軽口でも叩いて早く帰るとしよう。



 街の端に位置する森林の中を進むと、やけに古びた境内が見えた。


 どうやらすでに宗吾はいるようだ。


 後ろ姿を見る限り、黒いフードを被っているみたいだ。

 俺の近づく気配を感じたように、振り向いた。


 人懐っこいような笑みを浮かべたようだ。


 俺は、駆け足で砂利道を進んだ。


「すまん、待たせたな」

「いや、いいけど、どうしたんだよ?」

「ああ、いや、ちょっと確認したいことがあってな」

「ふーん、それで?」

「いやこの写真に写っているキーホルダーのことなんだけど——」


 スマホの画面を見せると、宗吾はそこに写っているキーホルダーを見て納得するように呟いた。


「ああ、お前の知り合いが拾ってくれていたのか」

「まあな」

「で、どこにあるの?」

「知り合いが預かっている」

「ふーん、今は持っていないのか……」

「どうした……?」

「…………」


 急に黙り込んで下を向いたかと思ったら、何かをぶつぶつと言っているような気がした。

 宗吾の様子を確かめようと、顔を近づけると——赤い粒子が飛び出して、発光した。

 

「——っ!?」

「いやー。まさかこのタイミングでシンジのことを殺さないといけないとは流石に思っていなかったわー」


 フードから現れた顔は、普段の端正な顔からほど遠く、血走ったような眼が俺を捕らえた。顔全体も青白く不健康そうに見えた。心なしか、足元がふらついているようにも見える。


 ついこないだ映画館で会った時とはまるで別人のようだ。

 それこそ——日に日に死にゆく人間のようなそんな印象が強い。


 いや、そんなことを観察している場合ではない。

 

 なんでこいつが魔法を使えているんだ?


 なぜ宗吾の身体にまとわりつくように赤い粒子が覆っているのか。


 くっそ……だめだ。混乱して頭が働いていない。


「とりあえず……どういうことだ?」

「ああ?殺すことに対してか、それとも魔法使いの正体が俺だったことに対しての疑問かー?」

「どちらもだ」

「ははは、そうだなー」とちっとも面白いことなどないのに、壊れたように笑い声を上げながら、「お前が死んでくれないと俺の愛している『藍香』ちゃんが復活できないからだなー」


「……は?」


 こいつは一体全体何を言っているんだ。

 藍香を復活させる……?

 そんな自然法則を捻じ曲げることなどできるわけがない。


 魔法使いのくせにそんなことも知らないのか、このバカは。


 いや、それよりも——『俺の愛している『藍香』ちゃん』という言葉だ。


「いやいや、これがさー。できちゃうんですよねー。シンジ——お前は知らないかもしれねーけどよー。軽く魔力持ちの人間を1000人くらい生贄として殺せば、死んだ人間を復活するための儀式には十分の魔力が集まるんだよなー」


「それが面白い冗談だと思っているんなら、笑えないからな?」

「相変わらず、お前はクールを気取っているなー。マジでうざいわー」

「……」

「お前のそういうところ心底嫌いだったよ」


 吐き捨てるように、宗吾は言った。

 

 ……くっそ。

 おそらく俺の実力じゃ宗吾と戦っても勝つことはできないだろう。


 先ほどから時間が経つにつれて徐々に、宗吾の身体をまとう魔力の粒子が増えているような気がする。それに伴い、重圧感のようなものが肌でヒシヒシを感じる。


 結局、俺はあいつ——麻白が来るのを待つしかないのか。

 そのためには、できるだけ宗吾から情報を奪い、時間稼ぎをすればいいだけだ。

 

 こいつを出し抜くことなんて容易いことだ。

 伊達に小学生の頃からの付き合いではないんだからな。


「ああ、それと、お前の周りをうろちょろしている魔女——あの子たちならこないぜ?」

「……どう言うことだ」

「ハハハ、そのままの意味に決まってんだろー」とパチパチと大袈裟に手を叩いて笑った。その笑い声と呼応するように、赤い粒子が宗吾の身体から波を打つように広がたり、縮まったりした。


 くっそ、意味がわからない。

 なぜ、麻白たちが魔法使いだと気が付いたのか。

 そもそも、麻白と宗吾は会ったことがあるのか?


 わからない。脳内で情報が整理できそうになかった。 


「宗吾、お前何をした?」

「まだ何もしていないが、今頃は急いで教会にでも向かっているんじゃねーの」

「——俺たちを分断させたのか?」

「いやー。今日はご挨拶程度で済ませようと思っていたんだが、プラン変更だ。こんなに上手く行くチャンスはなかったからなー」

「……」


 どうやら俺はここで殺される運命にあるらしい。

 藍香が生き返るのであれば、俺の命くらい安いのかもしれない。

 

 ただ一つ気になるのは、宗吾とは別の人間——やはり紫苑さんが藍香の部屋で魔法を使用したのだろうが、なぜ藍香の部屋で魔法を使用する必要があったのかその理由が気になる。


 なぜわざわざ魔法を使ってまで藍香を殺す必要があったのか。


 その疑問だけは最後くらい解決しなければ——


「なあ、そろそろ死んでくれよ、藍香ちゃんのために」

「そうだな」

「ハハハ、潔い最後だなー。お前と一緒にサッカーできて楽しかったよ。じゃあーな、お兄様?」


 そう言って宗吾の低い声が聞こえた時、空気が震えた。

 気がついた時には、俺の目の前には大きな火の塊が接近していた。

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