第25場 キーホルダー

 いや、今の話だと、まるで若菜と優衣先生が百合の花を咲かせていただけのような気がするが、まあ、他人の性癖はこの際どうでもいいことだ。


 そんなことよりも——どうやっているのか原理はわからないが、スマホの画面を拡張するようにして、ファミレスの窓ガラスに映像を投影している魔法のことの方が気になる。


 いや、正確にはスマホ同士を接続してインカメラで撮影しているのに、物理的にその映像を窓へと投影するなどというおよそプライバシーもコンプライアンスもない魔法を行使している状況なのに、それを良しとしていることだ。


 依然として赤い結界が張られているが、それはあくまでもファミレスの中での話だろうに、このポンコツ魔法使いときたら、外の歩道を歩く人たちからはこちら側が丸見えのはずだ。


「それで、この投影されている映像は、ファミレスの外から認識されることはないんだよな?」


「え……?」と一瞬、ポカンとした表情をして麻白は、俺へと顔を向けた。アーモンド色の瞳が『このバカは何を言っているの?』とでも言いたげだ。

 

 一瞬、口元にニヤッと嫌な笑みを浮かべて、俺のことを小馬鹿にするような声で言った。


「ふふ、問題ないよ。だって——この魔法は一方向からしか捉えることができないからね」


「ああそうかよ」


「そんなに不貞腐れないでよ。でも、そうね……いい気づきだと思うからね?」


「そんな雑なフォローいらねーよ。逆に傷つくからな」

「ふふ」と麻白は口元を隠して笑った。


 くっそ、覚えておけよな。

 素人相手に自分の専門でマウントを取るなどという、およそ大人では到底考えられない幼稚な姿はまじで腹立たしい。


 しかしここはグッと堪えて、とっとと話を促すのが吉だろう。


「それで、若菜や優衣先生たちが気が付いたことっていうのはなんだよ?」


「それは……」と赤い瞳となぜか頬も朱色に染まっていた優衣先生が何かを言い淀んだ。その姿をかき消すように、若菜のニコッと猫目に笑みを浮かべて、何かを画面越しに差し出していた。


「ほら、これ見て」

「……キーホルダーだろ?」

「若菜ちゃ——若菜、どういうことが説明して」


 どうやらお仲間である麻白の方も若菜の真意というのが把握できていないらしい。

 

 ゆらゆらと画面越しに、銀色のハート型のキーホルダーが揺れた。


「まあ見ててよ」と若菜は小さな掌に乗せて、何かしらの魔法を使用したようだ。


 黄色の粒子が舞って、掌に乗っているキーホルダーが徐々に赤色に帯びていき、そして——赤い糸のような細い線が四方からキーホルダーを覆うようにぐるぐると締め付けられていた。


「これは——似ているのか」

「うん、『旧校舎』や『藍香』ちゃんの部屋と同じ系統の魔法の簡易的な術式が使われているみたいだね」


 陽気な声で若菜が言った。



 どうやら、魔法使いというのはポンコツなやつが多いらしい。


 なんでも話をまとめると、教会で回収したキーホルダーは、魔法を完成させるため魔道具ではないかという結論が出た。


 まあ、専門家である三人がそういうのだから、そういうものなのだろう。


 ずっと一方的に話を聞いていたが、急に、若菜から話を振られた。


「ところで、シンジくんに聞きたいことあるんだよねー」

「なんだよ」

「このキーホルダーなんだけど、どこかで見たことないかなーって」

「……いや、以前も優衣先生に聞かれたけど、どこかで見たことはある気がするが、量販店で売られているものだろ?」

「うーん……だよねー」

 若菜は煮え切らない声をあげて、画面越しから離れた。


 そして、黒いローブのどこからか、スマホを取り出した。

 数秒ほど画面をタッチしてから、こちらへとスマホを向けた。


「こないだの集まり——」

「合コンね」とスッと麻白の視線が鋭くなった。


 ……なぜ俺が睨まれなければならない。

 それにわざわざ訂正する意味も不明だが、とりあえず話が進まそうなので、受け流した。


 若菜は画面を白い指で拡大した。

 櫻葉学院の女の子——金色に近い髪をした子が拡大された。


「萌香さんだっけ?」

「うん。そう」

「それがどうしたんだよ?」

「ここを見てー」と言って、人差し指が向けられたのは、カーディガンのポケットから飛び出ている銀色のキーホルダーだった。


「同じものだって言いたいのか?」

「そうー。てか、萌香ちゃんの彼氏の確か——」

「宗吾。相馬宗吾」

「そう、その相馬くんから始めてプレゼントされたって言っていたから、すっごく鮮明に覚えているんだよねー」

「そうか」

「うん」

「それで、それがどうしたって言うんだ?」


「うーん、このキーホルダーって本当に量販店で売られているものなのかなー」


「……」


「確かに、私もクラスの子たちがそんなダサい——ちょっと特徴的なキーホルダー持っているところ見たことないし」

 

 麻白は何かを思い出すように、テーブルに頬杖をしながら、フォローになっていないフォローをした。


「優衣先生はどう思いますか?」

「残念ながら、私も校内でそのようなキーホルダーを持っている生徒は見たことがありませんね」


 おいおい、偶然だろ。

 まさか宗吾が魔法使いのわけでもあるまい。


 あいつは小学生の頃からずっと、俺とサッカーをしていたただの人間だ。


 もちろん、小学生の頃にファンタジー系のゲームで遊んだことはあったが、実際に魔法などという非現実的なものを使っているところ見たこともない。


 そもそもそんな非現実的な力を持っているんだったら、サッカーなどというボールを蹴る遊びに楽しみを見出すのだって難しいだろう。


 俺のことなど歯牙にもかけずに、若菜の間伸びした声がした。


「それでー。私——萌香にさっき確認したんだよねー」

「……」

「このキーホルダーやっぱり、相馬くんからもらったらしいんだよねー」


 なぜか眩暈がするように、視界が霞む。


 グラグラと頭の中が揺れるような違和感が支配し始めた。

 

 どうやら宗吾——相馬宗吾という男に会いに行く必要があるようだ。

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