第24場 二人

「さあ、どうぞ」

 山田優衣は若菜へと振り返って言った。

 

 たった一人だけで所属している魔法協会とあまり良好とは言えない関係の国家魔法師の自宅へと簡単に踏み入れても良いのか一瞬だけ迷ってしまった。


 しかし、すでにあの時——シンジが襲われた時に、その怪我の様子を確認するために足を踏み入れていたことを鑑みれば、あの時と比べて麻白が一緒にいたかどうかの違いでしかなく、今回足を踏み入れることを躊躇う必要はない、そう楽観的に結論付けた。


「……お邪魔しまーす」と若菜は国家魔法師——山田優衣の自宅へと足を踏み入れた。 


 すでに、優衣は若菜に背を向けて、居間へと続く廊下を歩き始めていた。急足で、若菜が優衣の後を追うと、優衣の優しげな声が聞こえた。


「今上さんは一緒ではないんですね?」

「麻白ちゃんはシンジくんの魔法の訓練がありますからねー」

「なるほど……だから、屋上の鍵を貸し出してほしい、と言うことですか……」と何かを思い出すようにして、優衣はつぶやいた。


 それから、冷めたような口調で言った。


「赤洲さんには最低限の自衛をしてもらうための力を与えるのですね?」

 

 その後、優衣はチラッと若菜を見て、すぐに正面を向いて居間へと続く扉を開けていた。


 若菜は返事をするタイミングを逃して、閉まりかけた扉を開けて居間へと足を踏み入れた。


「さあ、お座りください」

「あ、はーい」


 そう言って、若菜は誘われるようテーブルへと近づいた。


 テーブルの上には、殺風景な居間に不釣り合いな若者向けのキーホルダーがギラギラとその存在を主張していた。


 若菜は椅子に腰を下ろした。居住まいを正して言った。


「山田優衣様——まずは、ご協力いただきありがとうございます。改めて魔法協会を代表して御礼申し上げます」


「いえ、これも政府の中枢にいる立場——私の職務ですから、あなたが頭を下げる必要なんてありません。ですから顔を上げてください。それに今まで通りに接してください」


「あ、はーい」と若菜は即座に返事をした。


「こほん……それで、本日のご用件は別にあるんですよね?」


「魔法協会の方で聖遺物について、過去の文献を調べ直しましたー。そしたら、なんとびっくりですよ!持ち出された聖遺物はおそらく——」


「指輪ですか?」


「あれやっぱり、気が付いていたんですねー?」


「まあ、なんとなくですがね」


 そう言って、優衣は一瞬何かを思案したようだった。が、すぐに若菜に続きを促すようにこくりと頷いた。


「流石に、私たち——麻白ちゃんだけでは手に余るから、教会にほぼ全てこれまでの経緯を説明したんですよねー。そしたら、頭のお硬いじじ様ばば様連中から、ちょっとお叱りをもらっちゃいましたー。『これ以上、勝手に動くな』って、ははは」


 乾いた笑みを浮かべて、若菜はため息をついた。

 先ほどまで小言をちくちくと言われて、光景がフラッシュバックして辟易とした。


 その光景を打ち消すように、優衣がじっと若菜を見た。


「つまり、今上さんもあなたも動きづらいから、私の方で動いてほしいということですか?」


「さっすが国家魔法師さまー。話が早くて助かりますよー」


「それで、具体的には何をすれば良いのですか?」


「あれー、すんなり話を聞き入れてくれるんですねー」


「はあ」となぜか呆れたように小さくため息をついてから、優衣はクイっとメガネの位置を直した。「誤解があるようなので説明させて頂きます。確かに国家魔法師の中には、魔法協会に対して強い私怨——殺意を抱いている同僚もいます。しかし、何も国家魔法師の全てが魔法協会を敵視しているわけじゃないんですよ」


「そうなんですねー。てっきり、人間界でも魔法界でも迫害された人たちが多いと聞いていましたのでー。悲劇の主人公気取りが多いのかと」


「確かに、迫害されてきた血筋の方が半数ほどいますが、基本的には皆さん友好的なんですよ?」


「そうだったんですねー。安心しましたー」


 呑気な反応をする若菜に毒気がないことがわかり、優衣は調子のずれた返事をしてしまいそうになった。だから、コホン、と小さく咳をしてから静かに言った。


「それで、私——国家魔法師に頼むほどの用事とはなんですか?」


「今まで起こった『昏睡』事件に関連しようなこと、知っている情報を全て教えてくれませんか?」


「それはまるで我々が情報を隠していると言いたげに聞こえるのですが?」


「ハハハ、嫌だなー。ソンアコトナイデスヨ」


「仕方ありませんね……わかりました」


「ですよね。さすがに——え、いいんですかっ!?」


 若菜はダメ元で頼んでいた。


 基本的に、国家魔法師たちは、公益のために行動する。

 それこそ、国家魔法師はその地域の魔法関連の事件や事故から一般市民の命や安全を守るために活動している。だから、当然、国家秘密級の情報も含まれる可能性があるため、簡単に断られると思っていた。


 それに——国家魔法師が一個人の判断で特定の魔法使いや魔法協会と手を組むことはまずない。歴史的にも国家陣営に位置する国家魔法師が、私利私益のために行動するような魔法協会を相手にすることはまずなかった。

 

 しかし、あっけなく肯定的な返答があったため、ポカンとしてしまった。だから、脳内が一瞬受け入れられたことを理解できなかったため、フリーズした後でリアクションを取ってしまった。


 そんな陽気な若菜とは違い、優衣の赤い瞳は真剣みを帯びていた。


「流石に聖遺物の件が出てきたので、お互いに隠れてコソコソ行動するのは非効率でしょう?それにあなたたち若者を守るのも私の仕事です、なんせ他校とはいえ、あなたの教師なのですからね」


「山田優衣さん……いえ、優衣さんっ」


 うるうると猫目を輝かして、若菜は椅子を立ち上がった。そして、すぐさま優衣のふくよかな胸元に飛び込んだ。


「え?——ちょっと!?」

「やばーい、優衣さんまじで神教師っ!」

「こら、離れなさいっ」

「えーいいじゃないですかー」

「ちょっと、胸を揉む必要ないでしょっ!?」

「えー、いいじゃん減るもんじゃないしー」


 しばらくは、二人の百合色に染まった声が室内に反響した。

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